第七章 その⑥「立夏との駆け引き」

「マジで?」

 その答えは予期していなかったので、驚きを隠せない成行。一旦、トーストを皿に置いて、彼女に問う。

 「何でまた?」

 「あれ?嬉しくないんですか?」

 キョトンとする立夏。

 「いや、まあ、監視なんてない方がいいに決まっているけどさ。勿論もちろん、転校も不要だよね?」

 「それに関しても不要です」

 「そうなんだ・・・」


 このあっけない幕切れに拍子抜けしてしまう成行。だが、この結末に疑念を抱く。直感的に何か怪しいと思ったのだ。

 成行を見て微笑む立夏。

 「何か考えてますね、岩濱君」

 「例えば、第三の提案があるってわけじゃないよね?」

 転校でもない、監視でもない、次なる要求がくるのではないかと疑った成行。

 立夏はコーヒーカップをテーブルに置く。

 「流石に気づきますよね」

 どうやら成行の予感は的中したようだ。


 「岩濱君には執行部に入ってもらいます」

 「執行部に?僕が?」

 また回答に困る提案がきた。渋い顔をする成行。

 「そんな顔をしないでください」

 「はい、そうですかって答えられないよ」

 成行は聞き逃していなかった。立夏の発言は、『お願い』ではなく、『命令する』ような型だったことを。


 「岩濱君の力を執行部に貸してほしいです」

 立夏の問いかけに対して、すぐ言葉を発さない成行。

 「時間をくれないかな?」

 「ダメです。そうさせないために、今日、ここへ来ました」

 穏やかな笑みで、穏やかでないことを言う立夏。

 「もし、断ったら?」

 「大丈夫です。そんな選択肢は用意していません」


 立夏の言葉に顔が強張る成行。彼女は相変わらず愛想のよい笑顔だが、妥協する気がないのか、一切いっさいこちらから視線を逸らさない。こちらが、『イエス』の回答をするまで許さない気だろう。

 成行が自分のスマホへ手を伸ばした瞬間、立夏の手が先にスマホへ届いた。

 「ダメです。自分で決めてください」

 そのまま、成行のスマートフォンを自らの手元へ持っていく立夏。

 「が二個あるでしょう?男の子なんだから、自分で決めないと」

 立夏の言葉にムッとした表情をする成行。

 「そういう物言いは感心しないな」

 「ごめんなさい。なら、お詫びのキスでもしますか?」

 「気持ちだけで結構」

 短く言い放ち拒絶する成行。


 今、ここで判断しないといけない状況だ。拒否して暴力を受ける可能性は低いかもしれない。だが、立夏はこちらが受諾しないと帰らない気でいる。きっと、居座り続けるに違いない。

 「執行部に入ったら、どんなことをするの?」

 「魔法使いのために働いてもらいます」

 「具体的には?」

 「魔法を使って悪さをしようとする魔法使いの取り締まり。魔法に関する事件や事故の捜査。魔法使いの困りごとの解決などですね」

 「魔法使いのお巡りさんってこと?」

 「まあ、それに近いでしょう。少しはお話を聞いていますよね?」

 「うん、雷鳴さんや見事さんからね」

 再度、考える成行。ここでイエスと回答することが今後、どんな影響を与えるだろうか。だが、一番心配なことは見事や雷鳴たちに迷惑がかからないかという点だった。


 「危険な仕事ではないよね?」

 「うーん、そこは一〇〇パーセントの保証はできませんね。ただ、御庭番に比べれば危険度は下がりますが」

 立夏の回答に嘘はないだろう。

 「いいんちょと話がしたい」

 成行は立夏に言う。

 「八千代さんですか?何でまた?」

 八千代の名前が出ることを想定していなかったのか、思わず首を傾げた立夏。

 「いいんちょは、執行部でしょう?いいんちょの意見を聞きたい」

 「私だって執行部ですけどね?」

 「いいんちょに電話をさせてほしい」

 ここは強引にでも粘る成行。

 すると、立夏は自分のスマホを取り出すと、それを操作し始めた。


「どうぞ」と言い、立夏は自分のスマホをテーブルの真中へ置く。スマホはダイヤルされ、発信中の状態。スピーカーモードになっている。

 十秒弱の発信音の後、スピーカーから八千代の声が聞こえた。

『もしもし?おはよう、立夏。何か用?』

「おはよう、いいんちょ。僕だよ、成行です」

 立夏のスマホに向かって叫ぶ成行。

『あれ?何で岩濱君なの?』

「おはようございます、八千代さん。私もいますよ」

 立夏もスマホに向かって喋る。

『二人とも、どうしたの?何か用?』

「突然で、申し訳ないけど、いいんちょに意見を聞きたいんだ」

『意見?何のこと?』


 成行は八千代に経緯を話した。その上で、執行部に入ることで、どんなリスクや、メリットがあるのかを尋ねた。

『なるほど。それで立夏と岩濱君が一緒にいるのね?』

「そういうこと。で、僕が執行部に入ることはどう思う?執行部って忙しいの?」

『そもそも入るか、入らないかは岩濱君次第だけどね。まあ、執行部のリスクって言うと、私的にはいかに魔法がバレないようにするかってことかしら』

「魔法がバレないようにする?」

『そうよ。魔法がバレたら大変だから、自分自身は勿論みちろん、他の魔法使いや魔法の存在を守ることが一番大変かもね。まあ、それを言ったら、執行部でない魔法使いもそうなんだけどね。岩濱君が懸念しているような、命懸けの任務とかは御庭番の仕事よ。まあ、執行部の仕事は全く危険がないわけじゃないけど、あまりにリスクが大きいと管轄が執行部から御庭番に移るの』

「それって、例えばアメリカで事件が重大だと、警察からFBIに指揮権が移るみたいな?」

『そう。そんな感じ』


 八千代からの話を聞いて少し考えの変わる成行。一方的に無茶苦茶むちゃくちゃな難題に挑まないといけないと考えていたが、実際は少し事情が違うようだ。

『岩濱君、執行部も御庭番もチームワークが大切なの。一人で何もかもこなすんじゃなくて、チームで行う。困ったことがあれば、互いに助け合う。それは魔法使いじゃない?一般の人間社会でもいえるはずよ?』

「なるほど・・・」

 ここにきて、成行の考え方はかなりポジティブな方向になりつつあった。

『もしも、岩濱君が執行部に入るのであれば、私もサポートするわ』

「ありがとう、いいんちょ」

 いいんちょの気遣きづかいには頭が下がる。それでも成行には引っ掛かることがあった。


『もしかして、見事や雷鳴さんのことを気にしてる?』

 八千代の指摘に思わずうなずいてしまう成行。

「そうなんだよ。僕が気にしているのは、。あの二人には迷惑をかけたくないんだ。だから、二人には事前に相談したかったんだけど、目の前の執行部員さんにスマホを取り上げられちゃって・・・」

 恨めしそうに立夏を見る成行。

「まあ、私のせいですか?」

 不服な様子の立夏。

『そうね。でも、それは今の段階では心配し過ぎかも。二人のことが心配なら、後で私が二人に説明しても構わないわ。その点は助け舟を出すわよ?』

「うーん・・・」

 ここは決断してもいいのかもしれない。立夏の言い方はしゃくさわったが、逐一ちくいち、見事と雷鳴の指示を仰がないといけないのも考えものだ。

「わかった。ありがとう。助かったよ」

『じゃあ、あとは岩濱君が決めてね。結果は知らせてよね』

「うん。また、後で連絡する」

『じゃあ、連絡を待つから』

 八千代が電話を切った。

 通話が終了して、成行は立夏の顔を見る。彼の表情を見て、立夏は思わず笑みを見せた。


「決まりましたか、答えは?」

「ああ、決めたよ」

 成行は立夏に自分の回答を伝えた。

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