第七章 その⑤「ニチアサと言えば」

 翌日。今日は日曜日。成行は昨日さくじつとは異なり、ゆっくり起床した。


 昨日きのう、静所家で夕食になった成行。そこには八千代も招待されたので、四人で夕食になった。

 雷鳴が宅配寿司を注文したので、ちょっとした寿司パーティーになった。寿司は好物なので、成行にとっては嬉しい歓待かんたいであった。

 帰宅後はすみやかに風呂へ入り、就寝。一日の疲れと眠気には耐えきれなかった。いつもの土曜日より明らかに早く寝た。それプラス、急いで起床する理由もないので、今の時刻は八時半だった。


 スマホで時刻を確認すると、それを片手に自室を離れる。

 「うーん。よく寝たなあ・・・」

 欠伸あくびと背伸びを同時にしながら部屋を出ると、成行はすぐに異変に気づいた。

 「えっ?」

 良い匂いがした。トーストが程よく焼ける匂いだ。コーヒーの匂いもする。

 「どういうことだ・・・」

 思わず急ぎ足になる成行。階段を下りて、ダイニングルームへ向かった。

 「あっ、おはようございます」

 ダイニングルームへ着くと、そこには一人の少女の姿。黒髪ロングヘアをお嬢様縛りにした後ろ姿。

 サッと振り返り、愛らしい笑顔で挨拶してきたのは何と赤鬼あかぎ立夏りっかだった。

 「何で立夏さんがここに?」


 立夏は鼻歌を歌いながら、ご機嫌な様子で朝食の支度をしていた。白いエプロンを身に着けて、その下は体操着とブルマ姿である。

 成行の視線に目ざとく気づく立夏。

 「あっ!もしかして、裸エプロンなんて想像しました?ダメですよ。女の子に対して、そんな想像をしたら。いくら私だってそんな非常識な恰好かっこうはしません」

 成行をたしなめるように言う立夏。

 「じゃあ、体操服で朝食を用意する是非ぜひに関してはどうなの?」

 透かさず問い返す成行。

 「えっ?これは岩濱君の趣味だという報告がありましたが・・・?」

 自身の姿を見ながら答える立夏。

 「それは違う!嘘だ!出鱈目でたらめだ!フェイクニュースだ!撤回しろ!」

 思わず語気が強くなる成行。


 「まあまあ、いいじゃありませんか。運動時だけでなく、料理の際にも動きやすいですよ?」

 のんびりとマイペースに答える立夏。

 「本当かよ・・・」

 「あっ、嘘だと思っている。なら、着てみます?」

 「遠慮します。結構です!」

 ここにも自分のことを誤解している人物がいる。この誤解も何とかしなくてはならないだろう。


 「それはさておき、朝食の用意ができましたので、冷めないうちにどうぞ」

 立夏はテーブルの方へ手招きする。

 「あっ、これはどうも」と、思わずお辞儀をしながらテーブルへ向かう成行。

 「って、立夏さん!何で、キミが僕の家で朝食を作っているの?」

 「だって、岩濱君に美味しい朝食を食べてほしくって・・・」

 寂しそうに答える立夏。その表情を見て、思わずたじろいでしまう成行。

 「そうだったんだね、立夏さん・・・。って、違うでしょう!何で勝手に人の家にいるの?プライバシーって言葉を知らないの?不法侵入って言葉を知らなの?魔法使いは、日本国の法律を遵守じゅんしゅしないの?」

 「もう!そんなにムキにならないでください。文句を言う前に、私の朝ご飯を食べてください。冷めちゃいますよ?」

 「ああ、もう」と言いつつ、ちゃっかり席に着く成行。


 朝食のメニューは、トースト、ハムエッグ、ミニ野菜サラダ、果物入りのヨーグルト。それにホットコーヒーとミルクも用意されている。

 「では、せっかくだし、いただきます・・・」

 納得がいかないことだらけだが、食事には罪はない。まずは食してみよう。

 「はい、どうぞ」

 満面の笑みで答える立夏。


 トーストにマーガリンを塗りながら成行は尋ねる。

 「立夏さん、僕のために朝食を作りに来たわけじゃないよね?」

 すると、立夏は一瞬驚いた表情をして言った。

 「あら、気づきました?」

 「気づくよ。さっきの理由が本当なら、立夏さんは毎日でも僕の家に来そうなきがするから」

 「私はそれでも構いませんよ?」

 嫌な顔ひとつせず答える立夏。


 「それは遠慮するよ。見事さんに悲しい思いをさせる気はないし」

 キッパリ答える成行。

 「あらあら、恐妻家なんですね?」

 からかうように言う立夏。溜息を吐いて成行はマーガリンを塗る手を止めた。

 「で、本当の目的は?」

 「そうですね。じゃあ、お伝えします」

 立夏は自分の分として用意していたコーヒーカップを手にする。

 「岩濱君へ監視をつける件ですが、あれはなかったことにしてください」

 そう言ってコーヒーを口にする立夏。

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