第六章 その④「一騎打ち」

 おやっと思った成行。何故、御庭番は突如、逃げ出したのか。

「逃がさないわ!」と言い残し、見事は御庭番を追う。


「あれ?ちょっと、見事さん!」

 御庭番は練習場方面へ逃げるように移動した。それを見事が追撃する。成行は思いがけず、別荘の前に置き去りにされてしまった。


「あーあっ・・・。行っちゃったよ・・・」

 御庭番との対決を避けられたと喜ぶべきか、置いてきぼりにされたと嘆くべきか。呆然と立ち尽くす成行。


「グフッ!」

 不意に背中へ強い衝撃を受けた成行。

 蹴られたというよりも、車にはねられたような感覚に近い。またも、うつぶせになる形で地面へ叩きつけられた成行。

 と、今度はすぐに肩を掴まれて、仰向けの体勢にさせられる。


「うっ!」

 目の前にあの御庭番の顔が間近に見えた。御庭番と目と目が合う成行。

 その瞬間、恐怖ではなく、驚きを受ける。そこに見えたのは、自分と同い年くらいの女の子の目。まるで猫のような目で、しかと彼の目を見つめている。

 思わず、その視線から目が離せなくなる成行。直感したのだ。先程の自分の勘は、間違っていなかった、と。

 目刺し帽の下に隠れているのは、自分とほぼ同年代の少女の顔だろう。しかも、美人じゃないだろうか。邪念にも似た直感が成行の思考を停止させていた。そのせいで、僅か十数秒の時間が何倍以上にも感じた。


 だが、それも束の間。御庭番に首根っこを掴まれて、そのまま天高く舞い上がる成行の体。

「うわっ!」

 いとも簡単に宙へと舞い上がる成行と御庭番。

 その瞬間、今まで二人がいた場所に大きな岩が激突した。隕石でも降って来たかのような轟音と共に、辺りは土埃で視界を遮られる。


 眼下に埃のカーテンを目視した成行。どうやら想像しているよりも高く舞い上がっている。高所恐怖症というわけではないが、自分の意図しない形で高い場所にいるのは生きた心地がしない。


 すると、今度は急激に降下する成行と御庭番。地面へと真っ逆さまになる。降下しているというよりも、まるで地面に吸い寄せられているかのようだ。

 しかし、それは重力に引き寄せられるのではなく、魔法に引き寄せられているようだった。普通の人間だったならば、そう感じなかっただろう。

 もしや!と、思った瞬間に土埃の中へと落ちる成行。

 その直前、御庭番は土埃のカーテンを避けるように別方向へ飛び去る。

 このままでは地面に激突だ。そう思った矢先、成行の体を誰が受け止めた。


「大丈夫、成行君!」

 それは見事だった。成行はお姫様だっこをされるような体勢で、見事にキャッチされていた。

「怪我はない?」

「大丈夫だよ。今のは、見事さんの空間魔法?」

 よろけながら立ち上がる成行。空間魔法のことは詳しくないが、空間という名だけに物体の移動を自在にできるのではないかと推測したのだ。


「そうよ。私の魔法で成行君と御庭番を吸い寄せたのよ」

 そう答えた見事は、少々機嫌が悪そうだ。それは見ればすぐにわかることだが、彼女の苛立ちの原因は言うまでもなく御庭番だ。


「ちなみに、これも見事さんの技?」

 成行は地面に突き刺さる大きな岩を指さす。土埃が収まり始めて、形もよく見え始める。形状から、先程成行が割った岩のような気がした。


「そうよ」と即答する見事。

 そうだとすれば御庭番だけでなく、成行自身も危なかったことになるが。


 成行は状況を把握しようとする。そうすると、まず解せない点があった。

 見事が御庭番を追撃した直後に襲われた成行。とすると、御庭番は二人いるのか?

 少なくとも、成行を攻撃したのは立夏や八千代ではないことは確か。あの目を見れば、二人ではないことは一目瞭然。


 御庭番が二人いるのか?それとも、これも空間魔法の一種なのか?

「見事さん、御庭番は二人いるの?」

 成行は尋ねてみたが、見事は渋い顔をして答えない。おやっと思った成行。何かあったのか。彼女の様子が少しおかしいと感じる。

「見事さん?」

「あっ!ゴメン、少し考え事をしてたわ・・・」

 取り繕うように笑う見事。彼女の様子を見て、成行は思った。今の状況がこちら側に不利であると。今の様子は、かなり焦っているように思えた。

 単に魔法使いという視点なら見事は実力がある。しかし、戦闘経験となると、やはり御庭番に分があるのだ。


「そうだ・・・」

 成行は目を閉じる。

 先程、見事から空間魔法を分けてもらった。一時的かもしれないが、これを使わない手はない。再度、神経を集中させて、周囲の状況を把握しようと試みる。


「!」

 先程と同じ感覚で空間魔法を使ったときだ。背後から何者かが近づくのを感じた。

 振り返る成行。ちょうど御庭番が見事に襲い掛かろうと、青空高くから急降下している瞬間だった。御庭番の振りかざした右手の拳が、見事の背を狙っている。


 成行は、即座に見事へ飛びかかる。彼女の体を突き飛ばしたことによって、今度は成行が御庭番の拳の的になる。それでも、御庭番は止まらない。

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