第六章 その②「急襲」

 一瞬の出来事で、声どころか、思わず息もできないような感覚に陥る成行。二人は練習場から瞬時に移動し、静所家の別荘の目の前にいた。

 長身とはいえ、見事はより背の高い成行を抱えて、一瞬にしてジャンプしたのだ。人間離れした体力を見せつけられて、彼女がの魔法使いではないことを思い知らされた。


「うわっ!」

 見事は脇に抱えた成行を放す。地面に落下した成行。しかし、彼にはお構いなしの見事。そんな彼女に目を向けるが、今は周囲への警戒に最大限神経を集中させている。


「成行君、気をつけて」とだけ言う見事。まるで成行をかばうように、目の前に立っている。

 非常事態が起きていると直感する成行。難しく考えなくてもわかる。御庭番が何かしようとしているに違いない。自分に周囲を感知できる能力がないのを悔やむ成行。こういう場面なら、見事ではなく自分が庇う側の立場でありたい。


 すぐに立ち上がる成行。

「見事さん、僕にできることは?」

 成行の問いかけに、彼を一瞥する見事。

「ない!」と、即答した見事が矢継やつばやに言う。

「わけでもないわ・・・!」

 それを聞いた成行は苦笑した。

「それを聞いて何か安心した」

「本当に?」

 見事も苦笑する。その笑顔は余裕がないのを誤魔化そうとしているように見えた。


「こんな形で実戦になるとは思わなかったけど、仕方ないわ。立夏が何を企んでるか知らないけど、やるしかないわね」

「いいんちょはどこ?」

「あの子はにならない」

 吐き捨てるように言う見事。

 まさか、八千代までが敵なのか。思わず周囲を見渡す成行。彼女の姿が見えないことが、不用意に不安を煽る。


「いいんちょまで敵なの?」

「敵って言うより何もしない気ね。敵対もしないし、援護もしない。これだから執行部だとか、御庭番っていやなのよ」

 見事は不快感を隠さなかった。

 再度、周囲を見渡す成行。八千代も、立夏の姿も見えない。こうなると、誰がどこから現れるか、わからない。


「成行君、私の隣に来て」と言う見事。成行は彼女の右隣に移動する。

 スッと成行の手を握った見事。思わずドキッとしたが、それはロマンチックな理由で手を握られたわけではない。

 握られた瞬間、成行の体内を冷たい感覚がスッと突き抜ける。

 驚く成行だが、その表情を見て見事は微笑む。

「今のは、私の空間魔法の一種よ。これで成行君の感覚も一時的に鋭くなる。耳を澄ますように周囲を観察してみて」

 見事の指示に従う成行。

 周囲の音を聞くことに集中し、それと同時に己が心を落ち着ける。すると、どうだろうか。普段は聞き取れないような草木の揺れる音や虫の音を感じる。


 そして、成行もその気配に気づいた。きっと見事も気づいているであろう、の気配。どこにいるかまではわからないが、確かに感じる。

「見事さん、誰か来る・・・!」

「ええ、いるわ・・・!」

 と言えば陳腐に感じてしまうが、まるで映画『プレデター』の世界に迷い込んだような緊張感がある。

 向こうは狩る側であり、こちらは狩られる側。一切、気の抜けない緊迫感が成行に重くのしかかる。


 どこからでも来いという強がりと、どこから来るのかという恐怖。それが入り混じり成行の集中力を乱そうとする。

「大丈夫よ、成行君」

 成行を一瞥する見事。

「そんなに簡単にやられたりしないわ。私たち」


 成行は自身の魔法を発動する。オンの状態だ。それにすぐ気づく見事。

「成行君、威力の調整はできそう?」

「期待に応えるつもりだよ」

 成行も笑ってみせる。見事と同じく余裕もないが、選択肢もない。

 だが、ここまでやってきた成果を発揮すべきときでもある。

 四月。誘拐されたときに初めて使った魔法。あのときより確実にレベルアップしたはず。それが一〇〇点でなくとも、前回を上回れば上出来だ。やってやる。そんな風に自分を鼓舞したときだ。


 また、フワッと山卸に風が吹いた。その瞬間、成行は地面に叩つけられた。

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