第五章 その⑥「来客」
「じゃあ、次は岩を真っ二つにしてみて」
しれっと次のオーダーをする八千代。
「ちょっと!それじゃあ、八千代が成行君の師匠みたいじゃない!」
頬を膨らませる見事。確かに、これでは八千代が成行の師匠のようだ。
「まあ、今の私は師匠擬きよ。いいでしょう?成行君」
「見事さん、岩を割っても大丈夫?」
その点を見事に確認する成行。壊れた岩は、彼女の空間魔法で修復しなくてはならない。それを行う人物の同意は必要なはずだ。
「まあ、いいわよ。岩の修復は難しくないから」
少し不機嫌そうな口調で答える見事。
「じゃあ、決まりね。岩濱君、さっきみたいな感じでよろしく」
成行は先程と同じ位置に立つ。見事と八千代は、再度後方へ退避した。
「岩を真っ二つか・・・」
イメージするのは簡単だが、実際に上手くいくかは保証できない。
どの程度、真っ二つかにもよる。いや、悩んでも仕方ない。すぐに集中する成行。今回は綺麗に真っ二つをイメージする。
「いくよ!」
二人に向かって手を振る成行。
「OK!」
「頑張って、成行君!」
二人の声援を聞いて、少しモチベーションが上がった成行。
先程と同じように目を瞑り、深呼吸した成行。集中力が高まった瞬間、手をかざし岩に向かって衝撃波を放つ。
再び響く轟音。今度は衝撃波が岩に直撃する瞬間に目を閉じなかった。おかげで、大きな岩が真っ二つになる瞬間を、しかと見ることができた。
「これはきた!」
成行の第一声は、それだった。イメージした通り、岩は真ん中の辺りで割れた。
岩に駆け寄る成行。割れた岩の上部は、衝撃波で岩の後部に落ちていた。一部、落ちたときの衝撃で岩が欠けてしまっている。しかし、以前のような、おかき煎餅のように粉々にはなっていない。
見事と八千代も岩にやって来る。二人も割れた岩の様子を確認した。
「綺麗に真っ二つになったわね」
八千代は割れた岩を眺めながら言う。
「割れた方の岩もそんなに損傷はしていないし、これなら及第点ね」
見事も岩を確認しながら言う。
二人の傍らで、残った岩の方に目を向ける成行。
岩が割れた断面を眺めるが、流石に刃物で切ったような綺麗な断面にはなっていなかった。成行としては、漫画やアニメで観たような、それこそ斬鉄剣で斬ったような断面をイメージしていた。
しかし、残念ながら岩は、斬ったのではなく、割れたような断面になっていた。まだまだ修行が足りない。岩にそんな風に言われた気がした。
「じゃあ、見事。岩を元に戻して」
八千代は見事に指図する。
「もう!なんで八千代に仕切られないといけないの?」
「だって、私には修復できないもん」
胸を張って言うことではないことを、どや顔で言う八千代。
そのとき、成行はふと思った。
「そう言えば、いいんちょは変身以外の魔法を使えるの?」
八千代の猫に変身する能力は凄いと思うが、今、こうして自分が使える魔法に比べるとインパクトに欠ける。そんな風に思った成行。まだ、知らない能力を八千代が有しているかもしれないと好奇心を掻き立てられた。
「私?うん、使えるよ」
即答する八千代。
「どんな?」
「それは言えないわね」
八千代はニコッと笑い、キッパリ回答拒否する。
「えっ?教えてくれないの?」
他人の魔法は散々見ておいて、己の魔法を教えてくれないのか。そんな不満があっさり表情に出る成行。
「そんな顔しないでよ」
屈託なく笑う八千代。
「見事さんは知っているの?」
今度は八千代の親戚である師匠に尋ねてみる。
「それは勿論」
これまた見事が即答する。
「じゃあ、教えて」
「それはダメ」
まさかの見事までもが回答拒否してきた。
「えっ!何で?」
まさか猫に変身する以外の魔法は使えなくて、見栄を張るために嘘を吐いているのか。成行にはそんな疑念が浮かんだ。
「あっ!言っておくけど、猫にしか変身できなくって、他に魔法が使えないのを誤魔化すために嘘を言っているわけじゃないからね」
ギョッとする成行。八千代は的確に釘を刺してきた。スナイパーではあるまいし、どうしてそんな的確に釘を刺せるのか教えてほしい。
「何で教えてくれないの?」
そこまで隠されると知りたくなるのが人の性というもの。成行はもう一度、八千代に尋ねる。
「私のもう一つの魔法は特殊なのよ。だから、ひ・み・つ!」
「特殊な魔法?」
謎ばかりが深まる。だが、八千代は笑顔で話をはぐらかすばかり。これ以上聞いても教えてくれそうにもないので、ここいらで諦めよう。そう思った成行。
「あっ!特殊って言っても、別にブルマを穿かないと発動しないとか、そういうことじゃないからね」
八千代は冗談っぽく言ったが、その隣では見事の顔が奈良・東大寺の金剛力士像のようになっていた。
「成行君、そんなことを考えていたの・・・」
「違う、違う!今のは出鱈目だ!僕はそんなことを、これぽっちも考えていない!」
普段、学校でそんな冗談を言わない八千代。彼女に思いきり翻弄されてしまっている。何でこんな命懸けで弁明しないといけないのか。
「本当に?」
「本当です!弟子を信じてよ!」
必死に訴えかける成行。
「まあ、許してあげなよ?見事」
「いや、いいんちょのせいでしょう!」
あけっらかんと言う八千代に、思わず語気が強くなる成行。
「まあ、いいわ。ここは成行君を信じます・・・」
見事は眉を顰めながら言った。あの表情で本当に信じてもらえているのか不安だが。
「でも、全く教えないのは意地悪ね。岩濱君には少しヒントをあげるわ」
「ヒント?」
八千代の言葉に怪訝そうな顔をする成行。勿体ぶらずに教えてくれればいいのに。
「私自身が魔法なのよ」
「はっ?」
全くヒントになっていない気がする。むしろ、謎が深まったのではないか。
「見事さん、どういうこと?」
思わず見事にも尋ねてしまう成行。
「まあ、出鱈目は言っていないわね。ただ、ヒントにはなっていない気がするけど」
そう言って見事も結局、具体的な内容に言及しない。
「ダメよ。岩濱君。何でも、かんでも女の子の秘密を知ろうとするのは」
八千代は微笑んだが、成行は釈然としなかった。
そのときだ。フワッと風が吹いた。
「!」
風が吹いた瞬間、見事の様子が変わった。急に周囲をキョロキョロ見渡し始めた。
「おや?」と思う成行。
「どうしたの?見事さん」
「・・・」
何も答えない見事。
どうしたのだろうか。今のやり取りが原因で、ご機嫌な斜めというわけでもなさそうだ。
「見事、お客さんかしら?」
そう言ったのは八千代だった。
「ええ。一人じゃないわね・・・」
「フレンドリーな人たち?」
「そのはず・・・」
急に口数が少なくなった見事。彼女が周囲を警戒していることに気づく成行。
「誰かいるの?」
見事に尋ねるのを八千代が制した。
「岩濱君、今は見事に任せましょう。空間魔法は見事の
八千代はそう言って微笑む。彼女自身はあまり警戒していない。というより、見事のことをしっかり信頼していると言えばいいだろうか。言葉通り、現状の把握を見事に任せている。
「八千代、来るわよ」
見事が指さしたのは練習場の西端。そこは草が生い茂る急斜面の方向だ。
そのとき、またも風が吹いた。今度は強く三人を押し付けるような風だった。思わず目を閉じてしまった成行。
「えっ?」
思わず息を飲む成行。
「こんにちは。皆さん」
愛想の良い笑顔で現れたのは、三人全員が知る少女。赤鬼立夏だった。
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