第五章 その④ 「ブル魔女さん」

「お待たせ!」

 成行と見事の前に現れたのは、上下ジャージ姿から体操服とブルマ姿に着替えた八千代だった。

 白地しろじを基調に、襟と袖が紺色の体操服。そして、紺色のブルマ。一応、これは柏餅幸兵衛学園の正式体操着の一つ。もっとも、女子生徒用の体操着の場合、ブルマ以外にもショートパンツとハーフパンツの選択肢もあるのだが。


 「やで・・・」

 八千代を眺めながら思わず呟く成行。

 「えっ?何?何か言った⁉成行君!」

 透かさず反応する見事。彼女の目がドーベルマンのように鋭い。

 「いいえ、何でもありません!裁判長」

 慌てて自分の発言を誤魔化す成行。


 「うーん。良い天気!練習日和ね!」と、背伸びをする八千代。

 「流石にその格好だと少し寒くない?」

 見事は八千代に尋ねたが、意にかいす様子がない。

 「平気よ。体を動かせば熱くなるだろうし」

 「まあ、いいわよ・・・。練習場へ行きましょう」

 見事は釈然としない様子だが、取り敢えず練習場へ向かう三人。


 練習場へ続く道は草刈りがなされている。この前、草刈りをしたばかりだから、歩きやすい。

 練習場には、あの大きな岩が悠然ゆうぜんたたずんでいる。

 成行の炸裂の魔法で破損するたびに、見事が空間魔法を用いて修復している。

「あの岩、今でもあるじゃない」

 少し懐かしそうに言う八千代。

「成行君には、あの岩を使って炸裂魔法の練習をさせているわ」

 見事が岩を指さす。


「最近は練習した?」

 八千代は成行を見る。

「ゴールデンウィークのとき、見事さんと練習しに来たよ」

「ふうん・・・」

 腕を組んで少し考えている様子の八千代。

「じゃあ、岩濱君。取り敢えず、あの岩を吹っ飛ばしてみてよ」

「ええっ!あの岩を?」

 八千代は簡単に言うが、炸裂魔法の威力調整はなかなか難しい。魔法使いなって以降、ここでの練習をしてきたが、まだ威力調整の面では完ぺきとは言い難い。

「ちょっと、そんなに簡単に言わないでよ」

 見事が成行の代弁をする。


「じゃあ、『オンとオフ』に関しては問題なくできるの?」

「それは問題ないわ。ねっ、成行君」

「そっちは大丈夫だと思うよ。家でも練習できることだから毎日欠かさずやってきたし、見事さんにもちゃんと見てもらっていたから」

「そう。なら、あとは威力調整をすれば、岩濱君の魔法に関する問題は解消されるのかしら?」

「そうね。基本的な魔法を制御するって意味では、第一段階をクリアできるかしら。あとは魔法に対する慣れというか、経験を重ねていくことかしら」

 見事は手帳を読み返しながら答える。


「じゃあ、あとは魔法を使って慣れていくしかないみたいね。それ、私にも見せてくれない?」

 八千代は見事の手帳を指さす。

「いいわよ」

 見事から手帳を渡されて、中身をあらためる八千代。

「ふむふむ・・・」

 見事が記録した成行の成長記録。割とじっくり中身を読んでいる八千代。そして、その彼女を見ている成行。

 そういえば、いいんちょは体育の時間は、常にブルマだった気がする。まさに『ブル魔女さん』の名に恥じぬ堂々とした。こうしてみれば、体育会系少女にも見えるよな。そんなことを考えていた成行。


 すると、不意に腰をどつかれた。

「えっ!なに!怖い!」

 驚いて振り返る成行。すると、そこにはムスっとした表情の見事がいた。

「みっ、見事さん・・・?」

「蚊がいたのよ・・・!」

 そっぽをむきながら言う見事。

 しかし、今の時期に蚊はいないはず。きっと嘘を吐いているはずだが、見事の不満げな表情から成行はすぐに察する。


「僕は別にいいんちょを眺めてたわけじゃなくて、考え事をしていたんですけど・・・」

 謙虚に答える成行。言い訳にしか聞こえないが、ある意味事実であり、嘘ではないと思っている。

 すると、見事はムッとした表情で尋ねる。

「じゃあ、何を考えていたの?」

「えっ?えっと、日本の将来に関して考えてたよ。観光に頼るだけでなく、再び物づくりの国・日本を立て直すにはどうするればいいかって。それには教育、特に人材育成に力を注ぐことが欠かせないなって思うよね?人づくりこそが、物づくりの基盤になるんだからさ」

 動揺を抑えながら弁明する成行。冷や汗が湧き出る。

「ふんっ!成行君の口八丁手八丁!じゃあ、私もブルマ姿で来ればよかった?」

「コメントは差し控えたい・・・」と、政治家の言い訳みたいなことを口走る成行。

「何ですって!」

 その一言が見事の勘気に触れたのか、胸倉をつかまれる成行。

「待って、見事さん!落ち着いて!誰も何も悪くないんだ!そんなに怒っても無意味だよ!」

「何よ!成行君が悪いんでしょう!八千代を見てたくせに!」

 頬を赤くして不満をぶちまける見事。

「誤解だ!僕は祖国の未来を考えていたにすぎない!僕は無実だ!」

 例えどんなに胸倉を掴まれようと、一貫して身の潔白を訴える成行。対して、その主張を信じていない見事。


 すると、二人のやり取りを見ていた八千代が、堰を切ったように笑いだす。

「はははっ!二人とも、面白すぎ!」

「笑い事じゃない!」

 一喝して見事は成行から手を放す。助かったと一安心する成行。

「見事、レポートありがとう。返すわね」

 八千代は見事に手帳を差し出す。


「で、どうすんのよ?」

 手帳を受け取った見事は機嫌がよくない様子。

「見事がしっかり岩濱君の面倒をみていることはわかったわ。それに対して、岩濱君も基本的な練習はしっかりしている。この調子なら、魔法の威力調整ができるのには、そんな時間がかからないんじゃない?イレギュラーな事情があったとはいえ、順調な成長といえるわ」

 何だかんだで、真面目に手帳の内容を確認していた八千代。その指摘に対し、見事も答える。

「まあ、その点に関しては同意するわ」

 見事も一旦、私情を抑えて冷静な分析を述べる。それを聞いて成行は尋ねる。

「じゃあ、僕は問題なく魔法使いとしてレベルアップしているってことでいいの?」

「まあ、なかかな難しいところもあるけど、着実にじっくりとね」

「そうそう。今のところはね」

 見事の発言に八千代が同調する。彼女の言葉に何か引っかかる成行。

「『』っていうのは、何か意味があるの?」

 成行の言葉に顔を見合わせる二人。


「気になることがあるわ」と、言う八千代。すると、見事も頷く。

 何なのだろうか。一抹の不安を覚える成行。

「勿体ぶらずに教えて」

 気になる成行は問い詰める。

「想定外の事態よ」

 見事が答える。

「想定外の事態?それって、どんな?」

「それがわからないから、想定外なの」

 それを言ったら終わりだろう。それでは対処のしようがない。困惑する成行。


「岩濱君、君が魔法使いになった経緯は私も聞いているけど、本来そのやり方で魔法を覚えたり、強化したりするのはご法度なの」

 八千代は成行へ言う。

「それは前にも聞いたから知っているよ。言ってみれば、『魔法のドーピング』なんでしょう?」

「そう。そこが問題なの。でしょう?見事」

「ええ。そこは私も前から気にしていること。魔法強化剤を用いて魔法を覚えたり、魔法を強化すると思わぬ副作用があるかもしれないの。今日、これまでは問題なくても、明日どうなるかわからない」

 見事の表情が強張る。

 明日がどうなるかわからない。そう聞くと血の気が引くものがある。今更ながら、誘拐された日の夜のことを後悔する成行。


「岩濱君、そんな不安な顔をしないで。今はできることを一生懸命やればいいわ。私たちが言ったことは、まあ最悪の事態の部類の話だけど、それが必ずしも起きるという確証もないんだから。備えることはしても、むやみやたらに悩むのはなしにしましょう。ねっ、見事も」

「それはそうだけど・・・」

「いや、いいんちょの言う通りだよ。見事さん」

 成行は俯き加減の見事に対して言う。すると、彼女が顔を上げる。


 八千代の言葉に少しだけ力をもらった気がした成行。不安がないと言えば、噓になるかもしれない。だが、過剰にくよくよしていても始まらない。その指摘は正しい。

「成行君・・・」

「僕もがんばるからさ、見事さんも元気だしてよ」

 成行は笑ってみせる。ここで自分がやる気を見せなければ。見事を不安な気持ちにさせておくわけにはいかない。


「うん。そうだよね。今、できることを精一杯やろう!」

 見事の顔に活力が戻る。

 それを目にして、ホッとする成行。やっぱり見事には元気な笑顔が一番似合う。

「そうだ、見事!これ、もう一枚持ってきたけど着替える?岩濱君もやる気を出すかもよ?」

 笑顔で八千代はどこからともなくブルマを取り出す。

 ギョッとする成行。どこからそんなものを取り出した?せっかく見事が元気を取り戻そうというタイミングで、何てことをするんだ!成行の顔は動揺のあまり、引き攣っていた。

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