第五章 その② 「西東村へGO パート1」
バスを降りて静所家へと向かう成行と八千代。土曜のまだ朝早い時間。住宅街の人通りは少ない。
静所家へ着くと、駐車スペースには相変わらず白のランクルしか停車していなかった。赤のシビック・タイプRは不在だ。
それを見て八千代は言う。
「アリサさん、いないのね」
「みたいだね」
二人は玄関へと足を進める。玄関のインターホンを押したのは八千代だった。
「おはようございます」
インターホンのカメラに向かって挨拶する八千代。すると、すぐに見事の声がした。
「おはよう、八千代。今、行くね」
十秒後には玄関の扉が開き、見事が姿を現した。
「おはよう、成行君。八千代」
見事は学校の体育用ジャージ姿で二人を迎えた。
「おはよう、見事さん」
「見事、おはよう。今日はよろしく」
見事に挨拶する二人。
「さあ、家の中へどうぞ」
静所家内へ入ると一旦、リビングへ案内された。そこで雷鳴が成行と八千代の到着を待っていた。
「おはよう。二人とも」
雷鳴はコーヒーを飲みながら二人を待っていたようだ。テーブルにはコーヒーカップ。そして、リビング内にはコーヒーの良い香りが漂っている。
「おはようございます、雷鳴さん」
「おはようございます」
成行と八千代は軽く会釈した。
「今日は魔法の練習にはもってこいの日和になったな」
窓の外に目を向けながら雷鳴は言う。
「ええ。見事な五月晴れですね」
「えっ?五月には、『五月晴れ』って言わないんじゃなかった?六月とかに使う言葉でしょう?」
成行の言葉に八千代が反応する。
「あれ?そうだった?」
首を傾げる成行。
「そうよ、成行君。梅雨の時期に晴れることを、『五月晴れ』っていうんでしょう?」
見事も八千代と同じ意見らしい。
「見事と八千代が正解だ、ユッキー」
雷鳴も見事と八千代を支持する。確かに、これは成行の言い間違いだった。本来、梅雨でじめじめした時期に、晴れることを『五月晴れ』というのだ。
「僕の間違いか」
素直に間違いを認める成行。
「まあ、春に『小春日和』って言わないのと同じさ」
雷鳴は言った。
「成行君、その格好で練習するの?」
「いや、着替えるよ。体育用のジャージを持ってきたから」
リュックを見せながら見事の問いに答える成行。
「見事さん、着替えたいんだけど、この前、泊めてもらった部屋で着替えていい?」
「いいわよ。そこを使って」
見事は快く了承してくれた。
「泊まっていたのは本当だったのね・・・」
呟くように言う八千代。
「なっ!だから、それは特別な事情があったって説明したでしょう!」
見事は八千代に言った。二人のやり取りをよそに、成行はリビングを離れようとする。
「成行君。着替えたら、またリビングに来てね」
「わかった。すぐ着替えてくるから」
成行はリュック片手に着替えへ向かった。
素早く着替えを済ませ、リビングへと戻った成行。見事と八千代はソファーに座って朝の情報番組を見ていた。
「二人とも、お待たせ」
成行に気づく二人。
「成行君も準備OKだし、行きましょう」
見事と八千代はソファーから立ち上がる。
見事はテーブルの上の手帳を持つ。成行の魔法練習を記録するための手帳だ。これには成行が魔法練習をし始めた日からの記録がされている。
「あれ?雷鳴さんは?」
リビングを見渡すが、そこには雷鳴の姿がなかった。
「ママは台所へ行ったわ。コーヒーカップを片付けに」
「そう。じゃあ、僕たちは特定ドアへ行こう」
「あっ!待って、その前に靴もね」
三人は一旦、玄関へ行き、外履き用の靴を用意する。その上で、特定ドアへと向かう。
歩きながら八千代に話し掛ける成行。
「いいんちょは、特定ドアのことを知っているの?」
「それは勿論。私も特定ドアを使って静所家の練習場へ行ったことがあるから」
「そうそう。私と八千代の二人で練習したことは何度もあるし」
見事と八千代の関係を考慮すると、二人は魔法の練習仲間という感じか。複雑な血縁だが、こうしてみていると従妹同士といっても不思議はない。
三人は静所家一階、件の部屋の前へ来た。『衣装、その他・保管庫』と表示がされたドアの前で立ち止まる。
「ちょっと久しぶりに来たわね。前回、来たのはいつだったかしら?」
思い出すかのように言う八千代。
「今年の三月の後半じゃない?運悪く凄く寒い日だったとき」
見事が八千代に言う。
「ああ、あの日ね。そうよね。三月後半でも西東村って普通に寒いから」
頷きながら言う八千代。
西東村は東京都内とはいえ、西端の山間部に位置している。冬場は積雪もする。三月といえど、都心とは寒さが異なるのだ。
「もう寒くないよね?」
成行は二人に尋ねる。
一応、上下体育用のジャージ姿の成行。ゴールデンウィーク明けの時期なら寒くないはずだが、二人の会話を聞いて少し心配になった。
「流石に大丈夫だと思うわ。今日の東日本は天気が良くって暖かくなるってニュースで言っていたから」
見事が答えた。
「なら、安心か」
「さあ、二人とも、どうぞ」
見事はドアを開けて、衣装部屋の中へ入る。それに続く成行と八千代。
衣装部屋の奥にある特定ドアへ来ると、見事が暗証番号を入力。特定ドアを開けた。
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