第五章 その① 「また土曜の朝」
明けて土曜日。いつも学校へ向かう感覚で起床した成行は、速やかに朝食を済ませ、着替えをする。
必要な物は
今日は制服で出かける必要性はない。いつも休日に出かけるような普段着で静所家へ向かう。
実のところ、夕べは少し眠れなかった。久しぶりに広い場所での魔法の練習。小さい子供のようにワクワクして眠れなかった。
支度を終えて、家を出発。
今朝は朝から天気が良い。名古屋以東の東日本は広く晴れる予報。練習にはもってこいの日和だ。気分も晴々に徒歩で京王線・稲城駅を目指す。
出発の直前、見事にはこれから向かう旨をメッセージで送っておいた。歩いている最中、八千代からのメッセージが届く。これは昨夜、八千代の家を去るときに、彼女と連絡先を交換し合ったのだ。無論、見事の監視下のもとでだが。
『岩濱君、何時の電車に乗る?』
足を止めて、八千代への返信をする。
『まだ、稲城駅に着いていないから何とも言えない。何で?』
返信をし、少し待つことにする。すると、すぐに八千代からの返信が来た。
『なら、調布に着いたら連絡して。一緒の路線バスで見事の家へ行きましょう』
そういうことか。成行は、再度連絡することを伝えて再び歩き始めた。
調布駅に到着後、駅のバス停へと向かう成行。バスの時刻を確認し、乗るバスの見当をつける。その上で、八千代へメッセージを送った。
すると、これまたすぐに返事がくる。まるで、成行からの連絡を待っていたかのようだ。
『じゃあ、私もそのバスに乗るようにするね』
目的地は同じなので、一緒に行くことは構わないが、そのことに見事はどんな反応を示すだろうか。一抹の不安はあるが、それを振り切ってバスに乗る成行。見事にも乗るバスと、到着予定の時刻を伝えておいた。
休日、学校へ向かうというのは少し不思議な気分だ。もっとも、部活の連中で学校に来ている生徒もいるので、別段おかしいことでもない。事実、ジャージや制服姿の柏餅幸兵衛学園の生徒がちらほらとバスに乗っている。皆、部活で学校を目指しているのだろう。その中で、自分だけが魔法の練習のために静所家へと向かうが。
バスは駅を離れて、柏餅幸兵衛学園へと近づく。
学校へ向かうであろう生徒たちの顔を見るが、幸いにも成行の顔見知りはいなかった。
『次は柏餅幸兵衛学園前。柏餅幸兵衛学園前』
バスの中にアナウンスが流れた。案の定、停車ボタンが押されて、バスは減速し始める。降りる生徒たちが通学鞄やリュックを抱えて、下車の用意をし始めた。
成行は車窓の外へ目を向ける。いつも見慣れた学校とバス停が見えてくる。そのバス停に見覚えのある顔が見えた。
いいんちょだ。
八千代は上下体育用ジャージ姿でリュックを背負っていた。パッと見は、これから部活に向かう女子高生という雰囲気だ。
バスが停車する。車内にいた柏餅幸兵衛学園の生徒はみな降りた。成行を除けば。
代わって乗車してきたのが、八千代だった。彼女はすぐに成行に気づき、彼に近づいてくる。
「おはよう、岩濱君」
八千代は成行の隣の席に座った。
「おはよう、いいんちょ」
成行が八千代に挨拶したタイミングでバスが動き始める。ここから、さらに静所家最寄りのバス停を目指す。
「晴れてよかったね」
バスから空を眺めて言う八千代。
「うん。これなら西東村も天気はいいと思うから、練習にはもってこいだね」
成行も空を眺めた。調布市上空は快晴。恐らく関東広域が青空のもとにあるのだろう。
「いいんちょは着替えてきたんだね?」
「そうよ。映画やショッピングに行くわけじゃないし、練習がメインだから。岩濱君は見事の家で着替えるの?」
「そのつもり。この中にジャージが入ってる」
成行は自分のリュックを指さした。
「ふーん。まあ、私も着替えやタオルはリュックに入れてきた」
膝の上にリュックを置きながら八千代は言った。
「あっ!見事に連絡しないと。学園前を出発したって」
八千代はスマホを取り出すと、見事へのメッセージを打ち始める。
「今、見事には連絡しておいたからね」
「ありがと、いいんちょ」
そう言えば、昨夜のことで急に八千代との距離が縮まったと思った成行。
今までは互いにクラスメイト同士という認識でしかなかったが、八千代の正体を知って妙に親近感が湧いた。彼女は自分のことをどう考えているだろうか。話をしてみたいが、互いに魔法使いであるので、やはり魔法の話題は避けないといけない。それ以外で、何か話題はないだろうか。少し思案する成行。
「あっ!」
思わず声をあげる成行。
「どうしたの?」
成行の突然の声に反応する八千代。
「ゴメン。いきなり声を出して」
苦笑する成行。
「いいんちょの家は学校経営をしているけど、将来は先生になるの?」
そう尋ねると、八千代は少し悩まし気な表情で唸る。
「うーん。よく聞かれるんだよね。その話題・・・」
八千代の反応を見て、聞かない方がいいことを聞いたのかと焦る成行。
「悩むよね。家業を継ぐってさ・・・」
八千代は物思い気に窓の外を眺める。
「岩濱君はどう?競輪記者になりたい?」
「えっ?僕が?」
あれ?その話はした覚えはない。両親が競輪記者であることを。
「僕の両親の話ってしたっけ?」
「ううん。少なくとも岩濱君自身からは聞いていないわ」
何か気になる答え方をする八千代。
「えーと。まあ、いいか。そう言われると、僕も悩むよ。忙しい仕事で、日本中を駆け回らないといけないし」
「まあ、岩濱君も今は普通の人とは異なる環境下にあるし、今後のことはしっかり考えないとね。困ったことがあれば、気軽に相談してよ」
八千代はニコッと微笑んだ。
「ありがとう、いいんちょ」
彼女のご厚意に謝意を述べる成行。
すると、バスの車内アナウンスが、静所家最寄りのバス停接近を伝える。
透かさず八千代が停車ボタンを押した。
「さあ、いよいよ練習開始になるわね。頑張ろう」
「うん。頑張るよ」
成行は改めて自分自身を鼓舞する。二人を乗せたバスが減速し始めた。
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