第四章 その⑨ 「デザートには」

 夕食後、成行と見事は、引き続き八千代からの歓待を受けていた。

 二人には食後のデザートとして、白桃ゼリーを出されていた。山梨県産の白桃で、とろけるような食感と果汁の贅沢な甘さが堪らない。オーバーかもしれないが、こんなに美味い桃のゼリーは食べたことがないと思う成行。


「美味しい。このゼリー」

 桃の甘さのじっくり噛みしめる成行。その横で見事もゼリーを堪能している。

「美味しいわ。桃は岡山産?」

「違うわ、山梨県産。山梨なのに桃ってね」

 八千代もゼリーを食べる。冗談はしょーもないが、少し可愛いと思ってしまった。

 しかし、表情に出ると見事に感づかれるかもしれないので、ポーカーフェイスを維持する成行。ちらっと見事をみるが、彼女はゼリーを堪能していて、特に機嫌の悪そうな様子がない。


「ねえ、明日なんだけど、岩濱君と見事は暇かしら?」

 二人に問いかける八千代。

「明日?僕は別に用事はないよ」

「私も」

 顔を見合わせる成行と見事。

「なら、明日は西東村で岩濱君の実力を見てみたいわ」

 八千代はゼリーをスプーンですくいながら言う。

「つまり、私の家の練習場で?」

 見事は八千代に言う。


「そう。そこなら、人目も気にならないでしょう?学校の体育館は部活の練習で使われるから無理だし」

「それは構わないわよ」

 あっさり承諾した見事。

「久しぶりに広い場所での練習もした方がいいし、成行君の実力がどの程度向上しているか見る機会にもなるわ」

「岩濱君も構わないでしょう?」

 八千代は成行に問いかける。

「うん、いいよ。久しぶりにあそこで練習をしてみたかったから。でも、僕が練習することに難癖はつけられない?」

 成行は気になっている点を八千代に尋ねる。


「そこは心配しなくてもいいと思うわ。私からも東日本魔法使い協会と執行部には一報を入れておく。一応、監督者に推薦されている私が立ち合いのもとなら大丈夫でしょう」

「なら、大丈夫だね」

 それを聞いて一安心の成行。

「じゃあ、何時から練習するの?」

 見事が八千代へ言う。

「やるなら、早い時間から始めましょう。明日一日かけて、岩濱君の実力をみたいわ」

「そうね。そうしましょう。成行君もOKかしら?」

 見事は成行に言う。


「いいよ。具体的に何時に見事さんの家に集合する?」

「じゃあ、午前中の九時に来てもらえる?」

「僕はいいよ。いいんちょは?」

「勿論、大丈夫よ」

 これで一気に明日の予定が決まった。久しぶりに西東村での特訓になる。魔法の発動の基本となるオンとオフは、自分でも納得のできるレベルまで習得できていると思う成行。

 次なる課題は、炸裂の威力調整。こればかりは自宅での練習が自由にできない。それを行うには、やはり広い屋外へ行く必要がある。


「じゃあ、明日の朝9時に私の家へ集合ね」

 見事は成行と八千代に言った。

「うん、OK」

「明日はよろしくね。見事さん」

 前向きに次へ進めることになったのは喜ばしい。今夜の会食も決して無駄ではなかった。そう思うと、ゼリーもより美味しく感じる成行だった。



 ※※※※※



 桃のゼリーを食べた後、八千代の家を離れた成行と見事。二人は、いつも使う学校前のバス停を目指す。時刻は21時を過ぎている。


 静かな金曜日の住宅街。時間的にはまだ路線バスは運行中。だが、見事を家まで送っていこうかと思案する成行。

 静所家方面へ向かう側のバス停に着くと、成行は見事に言う。

「見事さん。僕、また見事さんの家まで行くよ」

「えっ?送ってくれるの?」

 ちょっと驚いた様子の見事。

「うん」

「ありがと。でも、大丈夫よ。ママが学校まで迎えに来てくれるの。だから、向こう側のバス停に行きましょう」

 見事はそう言って駅方面の路線バス停を指さした。


 横断歩道を渡り、駅方面のバス停へと向かう。

 ここまで来ると、学校はすぐ目の前である。バス停から見える校舎。しかし、流石にもう誰もいないのか、真っ暗だ。

「ママが来るまで、ここで一緒に待って」

 バス停のベンチに腰掛ける見事。

「わかった」

 駅方面の時刻表を見ながら答える成行。駅方面のバスもまだ本数がある。雷鳴が迎えに来るまで何本かバスをやり過ごしても問題ないだろう。


 見事の隣に座る成行。他にバスを待つ人はいない。

「ねえ、成行君」

「ん?なに?」

「成行君が魔法使いになってもうすぐ一か月経とうとしているけど、その今はどんな感じ?」

 おずおずと話しかけてくる見事。

「どんな感じって?」

「その何ていうか、感想というか、今の気分というか・・・」

「今の気分か・・・」


 改めてそう問いかけられると、このイレギュラーな状況に適応しつつある自分がいると思った成行。誘拐され、魔法使いになってしまい、命の危険にさらされつつも、今日まで生きてきた。恐ろしい目にも遭った。

 でも、そんな日常で見事や雷鳴、アリサなどの魔法使いに出会った。そして、記憶の向こうにある本の魔法使いのことを思い出した。

「あっという間の一か月だったかな?今まで生きてきた中で最も濃密な一か月」

「ふふっ。何それ?」

 思わず見事が笑いだす。

「えっ?でも、本当だよ。この一か月で僕の人生が大きく変わった」

「えっ・・・」

 一瞬、見事の表情に影が差す。成行の一言がネガティブに受け取られたのかもしれない。

 それに気づいた成行は彼女をみながら話す。

「でも、見事さんに出会えたし」と、成行は笑ってみせた。

「うん!」

 周囲が暗かったので、見事の頬が赤くなったことに気づかなかった成行。でも、彼女が嬉しそうに微笑んだのはちゃんと認識できた。


 と、学校の正門前に一台の車が止まる。白のランクルだ。そのことに気づく二人。

「ママね」

 そう言って見事はベンチから立ち上がる。

「行こう」

「うん」

 二人はランクルへ近づく。運転席の窓が開いて雷鳴の顔が見えた。

「何時間ぶりだな、ユッキー」と、声をかけられる成行。

「またもや、こんばんは。雷鳴さん」

 雷鳴へ手を振る成行。


「迎えに来てくれてありがとう」と、見事はランクルの助手席に入った。

「ユッキーはバスで駅まで行くんだな?」

 雷鳴は成行に尋ねる。


「そうします。まだ、バスはありますし」

「明日、また来るんだろう?」

「ええ。朝早いですが、お邪魔します」

「明日のことは見事から連絡をもらっている。気をつけて帰れよ」

「じゃあ、また明日」と、軽い会釈をした成行。


「おやすみなさい、成行君」

 見事は微笑みながら手を振った。

「うん。また明日」

 互いに手を振る成行と見事。


 雷鳴、見事を乗せたランクルは校門前でUターンし、今来た道を引き返して行く。それを見送ってから再びバス停へと戻る成行。ランクルと入れ違いにタイミング良く駅方面のバスが来た。

「これはラッキー」

 そう言いつつバスに向かって手をあげる成行だった。


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