第四章 その⑧「三人寄れば文殊の知恵」
「まあ、今後の簡単な作戦会議をできたらなって思って。うん、コロッケも美味しい」
コロッケを頬張る八千代。
「作戦会議?成行君のこと?」
見事もスプーンを持つ手を止めた。
「そうよ。まあ、さっきの提案が承認されるって前提だけどね。実現すれば、私と見事で岩濱君を監督することになるでしょう?」
「まあ、そうだけど。そんなに上手くいくかしら・・・」
見事は提案が承認されるかという点に関して懐疑的な様子。
「大丈夫よ。雷鳴さんの意向をぞんざいにはできないでしょう?」
「うーん」
八千代は楽観的な見方なようだが、見事はそうではない。ここで二人の認識の差を感じる成行。
「岩濱君。キミのお父さんとお母さんは新聞記者でしょう?」
成行に問いかける八千代。
「うーん。新聞記者っていうより、競輪記者だよ」
確かに新聞記者といえば聞こえはいいが、あまり的確に表現しているとは思わない成行。特にずっと専門予想紙で務めている父に関しては尚更そう思っている。
大江戸スポーツで競輪取材班を担当する母は、以前に別の部署(取材班)でも勤務したことがあるので、新聞記者という表現でも差し支えないかもしれないが。
「二人とも取材で不在なことは多い?」
「うん。それはあるね。帰りも早いとは言えないし、大きいレースだと普通に数日不在になるから」
「じゃあ、こういう案はどう?私が普段は岩濱君の家で特訓をして、野外での特訓は西東村の静所家で行うっていうのは?」
「えっ!」と、驚きの反応を示したのは見事だった。余程、ショックだったのか、彼女はスプーンを落としそうになった。
「待って。どうやって八千代は成行君の家で特訓するの?」
「普通に私が岩濱君の家に住めばいいでしょう?」
しれっと言う八千代。
「ちょっと!何でそうなるのよ!」
見事が声を荒らげる。
「まあ、落ち着て見事さん」
成行は思わず見事をなだめる。すると、今度は成行が見事に睨まれてしまった。
「落ち着いてよ、見事」
相変わらず自分のペースで話す八千代。
「だって、何で成行君の家で暮らすの?そんな必要はないでしょう?」
「あら、岩濱君も見事の家で一週間ほど暮らしたんでしょう?」
「うっ!それは・・・」
口ごもる見事。どうして、そのことを知っているのかと言いたげな顔をしている。
「執行部の情報収集能力を侮ってもらっては困ります」
八千代は得意げに言った。
「でも、あのときは僕の身に危険があったんだ。だから、その、それは特別な事情であって―」
見事をフォローしようとする成行だが、すぐさま八千代は言い返す。
「でも、今は脅威が去ったと完全に言い切れる?」
「えっと、それは・・・」
「九つの騎士の書を狙う謎の組織。今は執行部や御庭番の監視の目があるけど、だからといって絶対に安全とは言い切れないでしょう?」
八千代の指摘は正論だ。そう言われてしまうと反論がしづらい。困り顔の成行をよそに、見事が八千代へ言う。
「でも、八千代が成行君の家へ住む必要性はないわよ!第一、成行君のお父さんやお母さんがいたらどうするの?何て説明するの?成行君が魔法使いになって、その特訓のために居候していますって言うの?」
物凄く必死になって反論する見事。だが、八千代は冷静にこう言った。
「そこは私の特技を生かすわ」
「特技?」
「そう。私、猫に変身できるでしょう?岩濱君のお父さん、お母さんがいないときには普通にしていればいいし、もしいるときなら猫に変身して誤魔化すわ」
「猫に変身して誤魔化すって・・・」
困惑する成行。確かにクラスメイトの女子が突然一緒に暮らしているより、猫がいる方がインパクトも小さいかもしれないが。
「じゃあ、何て言うのよ?突然、猫がいる理由は?」
見事は八千代に問う。
「こう言えばいいわ。友達の家がリフォームするから、その間だけペットの猫を預かっているって。ねっ?それっぽいでしょう?」
ニコッと笑う八千代。
「ぐぬぬぬっ・・・!」
「それにずっと岩濱君の家にいるつもりもないから。そうね。二週間とか?」
「二週間!?長いわよ!」
語気が強くなる見事。彼女の機嫌が明らかによくない。隣に座っていて、それをひしひしと感じる成行。
「岩濱君はどう思う?」
ここで八千代からの変化球が来た。
「えっと・・・」
ちらっと見事に視線を向ける成行。彼女はじろりと成行をみている。
「うーん、そうだね。もう少し色んな案を考えようよ。そう、例えば他に僕の特訓をできる場所はないかな?」
慌てて適当に思いついたことを口にする成行。今、八千代の案に賛成したら間違いなく見事の沸点を超えることになるだろう。それは避けたい。
「そうよ!成行君の言う通りだわ。他にもアイディアを出せばいいのよ!」
「じゃあ、どうするの?見事」
「そうね・・・。そうだわ!学校でやればいいのよ」
おやっと思う成行。そのアイディアは、魔法の機密を維持する上でリスクが高いのではないのか?取り敢えず、見事の案を聞いてみる。
「放課後、誰もいなくなった体育館を使えばいいんだわ」
「それは可能なの?いいんちょ」
成行は八千代の顔を見た。
放課後だと部活で使用されている可能性が高い体育館。見事の案は難しくないだろうか?
「具体的に何時頃を指すかによるわね。部活動で体育館が使われる頻度が高いけど、毎日は遅い時間まで使われないと思うわ」
「だから、学園の権限で使用を制限すればいいのよ」
「えっ?」
驚きの表情を見事に向ける成行。思いの外、無茶苦茶を言い出したなと思った。
「それは流石に横暴だって言われるわよ」
拒絶反応を示す八千代。
「じゃあ、八千代さんの家で特訓をするのは?」
何気なく言ってみる成行。
「そうよ!それ!」
凄く嬉しそうな表情で言う見事。
「そうすればいいじゃない。学校が終わって、そのままここへ来ればいいんだわ!そうすれば、私もすぐに来れるし、八千代が成行君の家で暮らす必要性もないんだから!」
まるで大発見をしたがごとく喜ぶ見事。
「まあ、それでも私は構わないけど」
対照的に落ち着いた様子の八千代。
「じゃあ、これで決まりだわ!八千代の家と、西東村での特訓を行う。いいわよね?成行君」
成行を見る見事。もう結論は出たと言わんばかりの勢いで迫ってくる。
「うっ、うん。僕はそれでいいよ・・・」
「なら、決まり!」
見事の勢いに押されて賛成した成行。それでも、いきなり八千代が自分の家で暮らしだすという案に比べれば合理的だ。
八千代の家なら、学校を出発してすぐに着く。帰る道すがら、魔法の練習をしにいくと思えばいいだろう。
話がまとまったのが余程嬉しかったのだろう。成行の隣では、見事が上機嫌でカレーライスを舌鼓している。
「うん!このカレーライス、凄く美味しい」
「それなら、よかった」
少しあきれ顔で八千代は笑っていた。
成行もホッとしながらカレーライスを再度食べ始める。どうにか、この場は収まった。
あとは見事と八千代に監督してもらうという案が、東日本魔法使い協会に承認されることを祈るしかない。
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