第四章 その⑥「戦慄の瞬間」
三十秒ほど迷って成行は答えた。
「じゃあ、行ってみようかな・・・」
何かいけないお誘いでもないのだが、いいんちょの家に行ってみたいという単純明快な欲求を抑えられなかった。
「わかった。じゃあ」
八千代はニコッと微笑むとバスのボタンを押した。バスは、『柏餅幸兵衛学園前』に差し掛かっていた。
バスを降りた成行と八千代。部活で帰りが遅くなった生徒だろうか。数名の生徒がバスへ乗り込んでいく。逆にバスを降りる学生は、成行と八千代だけだ。
「こっちよ、岩濱君」
八千代に言われるがまま、ついて行く成行。
バス停を降りて、学園に隣接する住宅街へ向かう。そこもまた、見事の暮らす住宅街と雰囲気が似ており、そこそこの金持ちが住んでいそうだった。
時刻は十八時になろうとしている。住宅街を歩くこと、僅か数分。八千代は、ある邸宅の前で止まる。
レンガ調の外壁の邸宅。静所家とは異なる
「ただいま」と、玄関のドアを開ける八千代。
すると、家の奥から何かが走ってくる音がする。カリカリと廊下を擦るような音。それは柴犬が走って来る音だった。
「ただいま、あんみつ」
八千代はそう言って柴犬を愛おしそうに撫でてやる。柴犬のあんみつも嬉しくて仕方ないのか、八千代に飛びつかん勢いだ。
「岩濱君。さあ、どうぞ」
「お邪魔します」
家の内部は、白を基調とした壁と天井になっていた。内装もモダンな雰囲気で、静所家の雰囲気とは対照的だ。
他に誰も帰宅していないのか、家の中には人の
「まだ、誰も帰ってきてないの?」
「ママとおばあちゃんは、まだ学校で仕事していると思う。お父さんも帰りは遅いよ。妹も部活の友達と夕食してくるって言っていたから」
「妹さんがいるの?」
「うん。中等部にね。さあ、来て。こっちよ」
成行を案内する八千代。彼女の足元をあんみつがしっかりついて来る。
どこへ案内されるかと思えば、玄関から真っ直ぐに奥へと向かう。その先にはダイニングルームがあった。
「ここ?」と、思わず聞いてしまう成行。
「そうよ?」
何がおかしいのかと言いたげな八千代。
「夕ご飯にしましょう」
まさかとは思ったが、そうきたか。
「いきなり来て夕飯までご馳走になるのは悪いよ」
「大丈夫。夕べ作った、特製のカレーがあるから。それを食べましょう」
遠慮する成行に対して、お構いなしの八千代。
「いや、でも・・・」
どうしたものかと思っていると、八千代は成行にこう言った。
「あと、夕飯にはゲストを呼んでいるの」
「ゲスト?」
誰なのか?もしや、東日本魔法使い協会の関係者か。成行はその可能性を疑った。もしかしたら、誘われたのはそういう目的だったのか。
「もうすぐ来るはずよ」
ニコッと微笑む八千代。その笑顔は、どこか意味深で思わず勘ぐってしまう。
「誰が来るの?」
怪訝そうな表情をする成行。
と、タイミングをあわせたように玄関のチャイムが鳴った。
「あっ!来たわね。岩濱君はここで待って」
八千代は再度玄関へと向かう。あんみつもご主人様に従ってそれを追う。
「こんばんは」と、玄関から聞こえ声。それを聞き、『あれっ?』と思う成行。聞き間違えでなければ、それは間違いなく聞き覚えのある声だった。
「さあ、入って」と八千代の声が聞こえた。彼女と来客、それにあんみつの足音がダイニングルームへ近づいて来る。
「もしや・・・」
「こんばんは、成行君・・・」
ダイニングルームへ現れたのは、何と見事だった。
「こんばんは、見事さん・・・」
言葉では表現できないような嫌な空気が漂う。それも見事がジトっとした目で成行を見ているからだ。
対照的にニコニコしているのは八千代。彼女の足元で、あんみつも周りの空気を気にする様子もなく、来客にはしゃいでいる。
「えーと・・・」
気まずいな。何か悪いことでもしたような錯覚に陥る成行。一方、見事は何か言いたげな表情で成行を見つめている。
見事は先程と同じで制服姿のままだった。着替えずに、すぐ来たという証左だ。「八千代、頼まれた物を買ってきたわ・・・」
見事はムスっとした様子で、何かが入ったビニール袋を八千代に差し出す。そのとき、微かに揚げ物の匂いがした。
「ありがとう、見事」
嬉しそうに受け取る八千代。
「それは一体?」
ビニールを指さす成行。
「八千代に頼まれたの。『今夜の夕食に成行君を招待したから、コンビニでコロッケを買ってきて』って」
そんなことを見事に頼んだのか。血の気が引く成行。
「ついでに見事もカレーライスを食べに来ないって誘ったの」
相変わらず嬉々とした様子の八千代。
「へえ・・・。そうだったんだ・・・」
顔の引き攣っている成行。八千代の所業に戦慄している。
「いやあ、コロッケとカレーの相性は抜群なの。だから、見事に頼んじゃった。テヘっ!」
思わず『テヘっ!』じゃねーよと叫びたくなる成行。
「今、カレーの用意をするから二人は座って待っていて」
八千代はブレザーを脱ぎ、エプロンを代わりに身に着けた。
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