第四章 その⑤「お誘い」
「じゃあ、私はこれにて失礼します。早速、この案を持ち帰ります」
すると、雷鳴が立夏に尋ねる。
「今から品川へ行くのか?」
「ええ。すぐにでも報告をしたいので」
立夏は通学鞄を手にして、ソファーから立ち上がる。
「回答はなるべく早くにしますね」
「すまないが、よろしく頼む」
「では」
軽く会釈する立夏。彼女はリビングを離れる。
「見事、玄関まで見送ってやれ」
「はーい」
雷鳴にそう言われて、見事も立夏に続いてリビングを離れた。
立夏がいなくなり、雷鳴の隣が空くソファー。そこへ八千代が座った。
「八千代を派遣してくるとはな。まあ、菓子でもつまんでくれ」
雷鳴は八千代に言う。
「では、お言葉に甘えて」
八千代は少し嬉しそうにミックスナッツへ手を伸ばす。
そんな八千代を見ている成行。彼女との関係はクラスメイトというだけで、特別仲が良いわけではない。無論、悪いわけでもないが。会話をしたことはあるが、かなり事務的な感じ。正直、あまり接点がなかった。
「岩濱君のことは執行部から聞いているわ」
八千代が話しかけてくる。
「えっ?僕のこと?」
「ええ。なかなか大変な目に遭っているみたいだけど、岩濱君の場合はかなりイレギュラーな事案だからね」
何だか他人事のように言う八千代。
「まあ、なるようになるでしょう。監督しろっていわれたら、私もしっかり面倒みるつもりでいるし」
「うん・・・」
見事がリビングへ戻ってきた。
「立夏さん、見送ってきたわ」
見事は成行の隣へ再度座る。
「はあ・・・」
溜息を吐いたのは見事だ。
「まさか、八千代が送り込まれてくるなんて。少し想定外」
見事はウーロン茶の入ったコップを手にして、一口飲む。
「意外だった?」と、見事に尋ねる八千代。
「もっと別な人が来るかと思ってたわ」
「まあ、ややこしいけど、私と見事は親戚だからね」
「そう。だから、身内の八千代が来るとは思ってなかった。監視役っていうと、もっと私たち一族には関係ない魔法使いが来ると思ってたから」
「まあ、岩濱君。今後ともよろしく。単なるクラスメイトとしてではなく、魔法使い仲間としてもね」
「うん。よろしく、いいんちょ」
歌舞伎揚げを一枚かじって八千代は言う。
「さて、私も帰ろうかな。今夜は進展がなさそうだし」
八千代はソファーから立ち上がる。
「お菓子、ご馳走様です。雷鳴さん」
「いや、大したもてなしもできなくて、すまんな」
八千代は成行を見る。
「岩濱君も帰るでしょう?」
「えっ?うん。これで今日の話が終わりなら」
「じゃあ、途中まで一緒に帰りましょう」
八千代からの思わぬ提案。
「別にいいけど」
少し困惑したが、変える方向は同じで、特に問題もない。
「成行君も帰るの?」
「そうするよ。帰って宿題と魔法の練習もしたいし」
「そう。わかったわ・・・」
そういう見事の表情は少し寂しげだった。
「じゃあ、お邪魔しました」
ソファーから立ち上がり雷鳴と見事に別れを告げる成行。
「雷鳴さん、また。見事もまたね」
「うん・・・」
雷鳴と見事が二人を玄関まで見送ってくれた。成行と八千代は、一緒に静所家を出発した。
成行は八千代とバス停まで向かう。
八千代の自宅は、柏餅幸兵衛学園のすぐ側に位置している。乗る方向のバスは同じだが、八千代は学園前のバス停で下車することになる。
バス停への道すがら、八千代が話しかけてきた。
「岩濱君、このまま帰ってよかったの?」
「何で?」
キョトンとする成行。そんな彼に八千代はこう言う。
「気づいていなかったの?見事の少し寂しそうな様子を」
「えっ?」
それを聞いて今更ながら焦る成行。
「もう。せっかくなら夕ご飯を食べていけばよかったのに」
言葉に詰まる成行。その辺りまで気が回っていなかったことに後悔する。
「その様子だと、そこまで考えていなかったみたいね?」
「うん。
しょんぼりと言う成行。
「まあ、もっと見事には気を使わなきゃだよ。岩濱君」
何かしらの事情を知っている素振りの八千代。ものは試しに、成行は聞いてみる。
「僕と見事さんの関係をどこまで知っているの?」
「大抵知っているわよ。私、執行部員だし」
得意げに答えた八千代。
「えっ?いいんちょって執行部員なの?」
「そうよ。だから、成行君の監督者に選ばれたのは、そういう理由。ただ単に静所家と親戚ってだけの理由じゃないのよ?」
「そうだったのか・・・」
ただ単に、静所家の身内という理由だけでなく、執行部員としての肩書があるなら、監督と監視を両立できる。東日本魔法使い協会も考えたな。成行はそう思った。
「まあ、見事のことは大事にしなさいよ。真面目だけど、繊細なところもある子だからさ」
「はい。肝に銘じておきます」
八千代からのアドバイスを有難く頂戴し、バス停までやって来た。時刻表を確認すると、上手い具合にあと数分でバスが来る。
「すぐにバスが来るよ」
「そう?それなら、ラッキーね」
八千代はスマホでメッセージを打っているのか、こちらを見ていない。
誰にメッセージを送っているのだろう。成行はその程度にしか考えていなかった。
じきに路線バスが来た。成行と八千代はバスへ乗り込んだ。
二人掛けの席が空いていた。成行がそこの窓側へ座ると、その隣に八千代も座る。他に席が空いていなかったせいもあるが、やはり八千代のような美少女が隣に座るのはドキドキするものがある。
すると、八千代と不意に目が合った。
「んっ?どうしたの?いいんちょ」
「ねえ、岩濱君。これから私の家に来ない?」
ニコッと微笑む八千代
「えっ?」
それはまさかのお誘いだった。
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