第四章 その②「立夏、再び」

 「お邪魔します、雷鳴さん」

 雷鳴へ挨拶した成行。

 「遠慮なく座れ」

 そう言う雷鳴。成行はテーブルを挟んで、彼女とは反対側のソファーに腰掛ける。

 リビングのテーブルの上には、歌舞伎揚げとミックスナッツの入った菓子盆があった。どうやら優雅にも、競輪観戦を楽しんでいた様子。


 「ユッキー、小腹が減っただろう?遠慮なく食べてくれ」

 菓子盆を指さす雷鳴。だが、視線はテレビに釘付けだ。

 相変わらずだなと思いつつ、歌舞伎揚げを一枚手にする成行。確かに少し腹が減っていたので、このタイミングでの歌舞伎揚げはありがたい。


 歌舞伎揚げを口にしつつ、成行もテレビを見る。

 レースは早くも赤板のホームに差し掛かっていた。凄く真剣な目でレースを見守る雷鳴。

 すると、ここで見事がリビングにやって来た。

 「ママ、ただいま。って、今まさにA級決勝なのね」

 テレビを見つつ、菓子盆の歌舞伎揚げに手を伸ばす見事。

 「成行君、飲み物はウーロン茶でOK?」

 見事は成行に視線を向ける。

 「あっ、うん。ありがとう。ウーロン茶で」

 「OK。待っていてね」

 そう言って歌舞伎揚げをかじりながらリビングを離れる見事。


 と、不意に「あーっ!」っと大きな声をあげる雷鳴。成行は彼女へ視線を向ける。

 原因はテレビ画面の向こうで発生した。最終2センターで落車が起きたのだ。テレビの向こうからも、取手競輪場の客の嘆き声が聞こえた。

 テレビ画面が切り替わる。ピンク、青、緑の順番で、選手がゴール線を通過するリプレイ映像が流れている。

「そりゃないわ・・・」

 テレビを見つめながらしんみりと呟く雷鳴。

「⑧④⑥ですね?あります?」

「ない・・・」

 成行の問いに、寂しげに答える雷鳴。手にしていたタブレットを力なくテーブルに置く。この様子なら、いうまでもなくハズレだろう。

「心中、お察しします」

 慰めの言葉をかける成行。

 三連単が⑧④⑥決着。落車があったとき結果と言える。


 お盆にウーロン茶のペットボトルとコップを用意した見事が戻ってきた。

「あれっ?落車でもあったの?」

 雷鳴の表情から察したのか、見事はそう言う。

「まあ、こんな日もあるさ・・・」

 少し抜け殻のようになっている雷鳴。テレビの画面では決定放送が払い戻しを伝えている。

「あらま。⑧④⑥で46万5820円。これじゃあ、当たらないわね」

 そう言いながらコップをテーブルへ置く見事。彼女は、成行の分からウーロン茶をコップへ注ぎ始める。


「ありがとう、見事さん」

 成行はコップを受け取る。

 雷鳴の分と、自分自身の分を用意して、見事は成行の隣に座った。

「競輪は一旦ここまでにして、来客のことを考えねばな」

 雷鳴はテレビを消した。


「ママ、S級決勝は?」

 見事は菓子盆から歌舞伎揚げを一枚取る。

「もう買ってある」

 タブレットを指さしながら答える雷鳴。そういうことね、と成行は思った。

 リビングの時計に目を向ける。時刻は16時を過ぎた。立夏は何時くらいに来るのだろう?


「雷鳴さん、立夏さんは何時に来ますか?」

「さっき、連絡があってな。もうすぐここへ着くそうだ。家の近くまで来ているとのことだから」

「もうすぐか・・・」

 それが何時だろうかと、もう一度リビングの時計を見たときだ。静所家のインターホンが鳴った。

「おっ!噂をすれば何とやらだな」

 雷鳴は立ち上がると、そのまま玄関へ向かった。

「来たみたいだね」と言う見事。

「そうだね」と、成行は一言答えるのみだが、彼自身も緊張をしていた。

 そこへ雷鳴が立夏を伴ってやってくる。


「こんにちは、岩濱君。見事さん」

 立夏は相変わらず品の良さげな雰囲気で挨拶をしてきた。

 前回と同じく西武蔵柏餅幸兵衛学園のセーラー服姿での登場。学校帰りなのか、黒い通学鞄を携えている。

「いらっしゃい、立夏さん。そちらへ座って」と答える見事。彼女も愛想の良い笑顔で答える。

「こんにちは、立夏さん」

 一方、成行は少し硬い表情で挨拶した。


 それに気づいたかどうか定かではないが、成行へ微笑み返す立夏。

 立夏は、成行と見事の反対側のソファーに座った。立夏が腰かけて、その隣に雷鳴が再度座る。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。皆さん」

 優しげな表情で話し始める立夏。

「どうぞ、立夏さん」

 見事は立夏の分のウーロン茶をコップへ注いで渡す。

「すいません、見事さん」

 コップを受け取り、話を続ける立夏。


「さて、岩濱君のことに関して、再度東日本魔法使い協会からお沙汰がありました。前回の転校の件を断ったということで、その代案ではありませんが、再度岩濱君に通達があります」

 さて、何と言いだすのかと身構える成行。

「岩濱君には監督者をつけたいと思います」

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