第三章 その⑤「大丈夫だから」

 立夏への電話後、帰ることにした成行。玄関先まで見事が見送る。

 「今日はありがとう。二人のおかげで転校せずに済みそうだよ」

 「うん。私もそうならなくて良かったって思ってる」

 見事は微笑んだ。

 「でも、今日の話には少しビビったかな・・・」

 成行のぎこちない笑顔に見事の表情が曇る。


 「さすがに記憶の操作みたいな話を聞くと恐くなったよ。少しね。条件魔法の件もあるし」

 成行がそう言うと、不意に見事が成行を抱きしめた。

 「えっ!見事さん」

 突然のことに戸惑う成行。

 「ゴメン、成行君・・・」

 「見事さん?」

 成行が見事へ目を向けると、彼女は悲しげで今にも泣きだしそうな表情をしていた。

 「また、成行君を不安にさせちゃって・・・」

 すると成行は見事を抱きしめ返す。

 「僕は大丈夫。だって見事さんが、師匠がいるから何も心配しなくていいんだよね?」

 「成行君・・・」

 潤んだ目をしている見事。そんな彼女を見て、成行は優しく笑ってみせた。

 「僕は見事さんを信じる。だから、僕に力を貸して」

 「うん・・・!」

 見事は目を擦り頷いた。

 「ゴメン。何か、私・・・」

 顔を隠すように俯く見事。

 「大丈夫だって。心配してくれて、ありがとう」

 素直に見事の気持ちが嬉しかった。自分のことを心配してくれている。彼女の優しい気持ちが成行には十分伝わっていた。

 成行がもう一度見事を抱きしめたときだ。


 「二人とも、お姉ちゃんはいつまで二人のイチャコラを見てなきゃいけないんだ?」

 不意に聞き覚えのある声がした。それに驚く成行と見事。

 「へっ!」

 「何と!」

 玄関の内側。ドアの前、そこにはいつの間にかアリサがいる。

 「お姉ちゃん、いつの間に!?」

 「アリサさん!」

 成行と見事は驚いて互いに離れる。

 「最初からいたよ」と、ニヤニヤしながら言うアリサ。


 「アリサさんは何か御用で?」

 成行はドキドキしながらアリサへ尋ねる。

 「御用?ここは私の実家だぜ。帰って来るのに理由がいるの?帰って来てみれば、玄関先で妹が同級生の男子と抱き合っているからさ。何事かと思って、気配けはいを断って見張っていたんだ」

 いけしゃあしゃあと言うアリサ。

 「そんなの見張らなくてもいいのに!」

 顔を赤くし、少し潤んだ目で抗議する見事。


 「時の流れとは非情ね。十年前、まだちんちくりんで、『お姉ちゃん、お姉ちゃん!』って散々甘えていた見事ちゃんが、JKになったとたんクラスの男子と抱き合っているなんて・・・」

 どこか遠くを見るように話すアリサ。

 「なっ、何でそんな言い方するの!こっ、これは、その何て言うか・・・!」

 顔を赤くして答えに詰まる見事。

 「せっ、青春の1ページよ!」

 答えにきゅうした末、見事が出した結論。それを聞いて笑いだすアリサ。

 「ハハハっ!なるほどね。確かに青春の1ページだわ!」

 「もう!お姉ちゃんなんか知らない!お姉ちゃんなんか島流しになっちゃえ!」

 見事はそう言って二階の自室へと駆けて行ってしまった。


 その場に取り残される成行とアリサ。

 「おい、ユッキー。お前のせいで、私は島流しになったじゃないか。どうしてくれるんだ」

 ムスッとした表情で成行を睨むアリサ。

 「いや、僕のせいじゃないですよ。アリサさんの自業自得でしょう?」

 言いがかりも甚だしい。そう呆れながら話す成行。

 「私、江ノ島に島流しにされるのかな・・・」

 寂しそうに言うアリサ。

 「そんな近場じゃないでしょう!」

 江ノ島だと全く罰になっていないだろうと思う成行。それでは、もはや単なる観光だ。

 「じゃあ、どこに送られちゃうんだ、私!」

 食って掛かってくるアリサ。すると、成行はパッと思い浮かんだ島を言う。

 「セントヘレナ」

 「それ本格的な島流しじゃない!酷いぞ、ユッキー」

 セントヘレナ島は南大西洋に浮かぶ英国領の島。かのナポレオン終焉の地として有名だ。


 「せめて昭島や月島って言って欲しかった」

 「昭島や月島は、島ですらないでしょう!都内でしょう!もう僕、帰っていいですか?」

 アリサとのやり取りに疲れてきた成行。さっさとお暇しようと思うが、アリサは成行へこう言う。

 「ユッキーの薄情者!ユッキーのせいで姉妹の仲が裂かれようとしているのに、自分だけ逃げるの?」

「逃げるって失礼だな、このお姉さんは」

 成行とアリサがワイワイ騒いでいると、そこへ雷鳴がやってきた。

 「騒がしいな!何事だ?」


 「ママ!ユッキーのせいで、私と見事ちゃんの仲が裂かれた上に、私は島流しに」

 雷鳴へすがりつく様に言うアリサ。

 「何を言っているんだ?もう、さっさとこっちに来い。ユッキー、帰っていいぞ。アリサと見事は私が何とかするから」

 あきれ顔でアリサを見た雷鳴。成行には帰るチャンスを与えてくれた。

 「すいません。では、お言葉に甘えて」

 軽く会釈をしつつ、成行は靴を履く。


 「コラ!本当に帰っちゃうのかよ!」

 まだ成行へ絡むアリサ。

 「じゃあ、お姉さん。セントヘレナ土産みやげ、よろしく!」

 景気良くアリサへ手を振った成行。

 「くううっ!覚えてろ、ユッキー!」

 悔しそうな表情のアリサを雷鳴に任せて、成行は静所家を後にした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る