第三章 その④「回答」

「今ですか?」と面喰らう成行。

「そうだ。ユッキーが一人だけのときに接触されて言いくるめられたら元も子もない。今、私たちのいる前で電話しろ。何か無茶を言えば、私が電話を代わる」

 雷鳴は自信ありげに言う。

 「わかりました」

 スマホを取り出す成行。そこまで言うなら電話するしかない。それに雷鳴のいる目の前ならば、確かに何かあっても対処してもらえる。

 「じゃあ、金曜日にここへ来るように伝えればいいですね?」

 電話する前に最終確認する成行。

 「そうしてくれ」と、頷く雷鳴。


 「成行君、何で赤鬼さんの連絡先を知っているの?」

 ジトっとした目で見事が尋ねる。

 「うん。昨日、連絡先を交換し合ったんだ」

 「ふうん・・・」

 見事が何か言いたげな表情だが、それは一旦置いておき、立夏へ電話をする成行。

 

 十秒ほどの発信音の後、立夏の声がした。

 『もしもし?岩濱君ですか?』

 「こんにちは、赤鬼さん。今、お話しても大丈夫?」

 『構いませんよ』と、穏やかな声で答える立夏。

 「実は、昨日の件なんだけど、金曜日に静所さんの家で会えるかな?」

 雷鳴を横目に話す成行。すると、雷鳴がメモを見せる。そこには、『スピーカーにしろ』と書かれていた。

 メモを見て頷く成行。すぐにスピーカーモードに切り替える。それで良いと言わんばかりに頭を縦に振った雷鳴。

 『どうして静所さんの家なんですか?』

 成行のスマホから立夏の声が雷鳴や見事にも届く。

 「いや、僕一人のことじゃないと思うし、雷鳴さんや見事さんに世話になっている。昨日の話をするなら、二人にも立ち会ってもらう」

 成行がそう話すと、立夏からの反応がない。

 『おやっ?』っと思う成行だが、すぐに立夏の声がした。


 『岩濱君、今、目の前に二人がいるんじゃないですか?』

 息を飲む成行。勘で言っているのか、魔法を使っているのは定かじゃないが、言い当てられると少し寒気がする。

 「何でそう思うの?」

 平静を装う成行。

 『ふふっ』と、立夏の笑い声。


 『そんな風に言うなら当たりですね。雷鳴さん、見事さん』

 まるで二人に話しかけるように言う立夏。すると、ここで成行からスマホを取り上げる雷鳴。

 「あっ!」と、言う成行を制する雷鳴。彼女はアイコンタクトで任せろと言っていた。

 「やあ、立夏。また上の連中は無茶苦茶を言うなあ。ユッキーのことも考えずに」

 『それは上層部に言ってください』

 スピーカーから立夏の上品な笑い声がする。

 「気になるんだが、ユッキーの転校はどう周囲に説明する?いや、どう整合性を取るつもりだ?」

 雷鳴の言葉に見事の表情が変わる。少し引き攣ったような表情で、その変化には成行も気づいた。しかし、彼には雷鳴の言葉の意図が理解できていない。


 少し間をおいて立夏が答える。

 『恐らく雷鳴さんの考えていることをしようとしているんじゃないですか?』

 それを聞いて険しい表情の雷鳴。そして、見事。二人は顔を見合わせる。

 「立夏、そんな手を使うなら、こっちも黙ってはおれんぞ。少なくとも、今のユッキーは見事の弟子だ。そんなわけで、私もユッキーの後見人ってわけだ」

 落ち着いた口調の雷鳴だが、心なしか喧嘩腰にも聞こえた。

 『落ち着いてください、雷鳴さん』

 相変わらず穏やかな口調の立夏。

 『私に権限はありません。私を相手にイラっとされても困りますよ?』

 「怒りたくもなるさ」

 スマホを睨むように話す雷鳴。その反応に思わず緊張感が走る成行。雷鳴の言葉通り、彼女の怒りを感じたからだ。

 が、立夏は雷鳴に動じることなく話し続ける。

 『でも、その辺は今更では?私たち魔法使いは、これまでも魔法で整合性をつけてきた。岩濱君の件も今まで通りでいいんじゃないですか?』

 「非情だな。まっ、所詮お前からすれば、ユッキーに肩入れする理由もないか?」

 苦笑する雷鳴。

 『まっ、そうですね』と、キッパリ答える立夏。

 すると、眉間に皺を寄せながら雷鳴はこう言い放つ。

 「なら、今ここで回答しよう。ユッキーの転校の件は断る」

 『雷鳴さんではなく、岩濱君の意思を確認したいです』

 立夏は透かさず言い返してくる。

 すると、スマホを成行へ返す雷鳴。そして、頷きながら何か指図する仕草をした。一瞬、何のことか理解できなかった成行。だが、すぐその意図に気づき、スマホを手にする。

 「立夏さん。今、雷鳴さんの言った通りだよ。僕は転校したくない。それが僕の回答だ」

 『これでいいですか?』と、目で答える成行。すると、雷鳴も『それでいい』と言わんばかりに頷く雷鳴。


 『岩濱君の意思はわかりました。上層部にはそう伝えます』

 「お願いします、立夏さん」

 『ただし―』と、前置きして立夏は話す。

 『上層部は現状を放置しないでしょう。あっ!くどいですが、私には決定権はないので、あしからず』

 「わかってます」

 『では、また連絡しますね。岩濱君』

 「待て、立夏!」

 成行のスマホに向かって叫ぶ雷鳴。


 電話を切ろうとする立夏を引き留め、雷鳴はこう言う。

 「ユッキーに何かあるなら、私か、見事を介して連絡しろ。いいな?」

 すると、スマホの向こうで立夏の溜息がした。

 『いいでしょう。そうします』

 うんざりしたような口調で答えた立夏。

 『では、また―』

 そう言ったきり彼女は電話を切ってしまった。


 「やれやれ・・・」

 通話が終わり、雷鳴は呟くように言う。

 「ありがとうございます、雷鳴さん。フォローしてくれて」

 成行は雷鳴に礼を言う。

 「いや、いいさ」

 少し疲れたような笑顔を見せる雷鳴。


 「ところで―」と、成行は今のやり取りで気になったことを聞くことにした。

 「『整合性』って何ですか?」

 すると、一瞬視線を合わせる雷鳴と見事。

 見事が気まずそうな表情で成行から顔を逸らす。彼女の仕草が成行を不安にさせる。


 「説明するよ、ユッキー」

 そう言ったのは雷鳴。少し強張った表情で話し始める。

 「例えばだ。東日本魔法使い協会の言う通り、ユッキーの転校を承諾したとしよう。では、周囲には何と説明すればいい?『魔法使いになったから、魔法使いの学校へ通う』。そう説明すればいいのか?」

 「えっ?いや、それは・・・」

 雷鳴の問いかけに口ごもる成行。それは事実であったとしても、それを言うわけにはいかない。それにそんな非常識な説明をしろというのか?普通はそんなこと言えない。


 「一般人相手にそんな説明はできないし、させるつもりもない。だからな、そこで『整合性』をつけるんだ」

「はぁ」とイマイチ状況を理解できていない成行。

 「つまりな、魔法で周囲の記憶改ざんをするんだよ」

 「えっ?」

 雷鳴の言葉に動揺を隠せない成行。まさか、そんなやり方をするなんて。


 落ち着いた口調で続きを話す雷鳴。

 「元一般人のユッキーからすれば、非常識とも思えるだろう。だが、魔法の秘密を守るには、やるべきことはやる。それが魔法使いの流儀だ」

 雷鳴の発言に対して言葉が出ない成行。想像していた以上に残酷な答えがきたからだ。それを聞いた上で成行は雷鳴に尋ねる。

 「では、今回の場合、仮に僕がOKしたとして、どんな整合性がとられるのです?」

 「そうだな。キミの親族の記憶は改ざんされるだろう。あと、仲の良い友人とかも。そうして、キミが最初から西武蔵柏餅幸兵衛学園の生徒だったことにするんだ。特にユッキーが高校一年生で、入学したてというタイミングでもある。より記憶改ざんはしやすんだよ」


 それを聞いて言葉が出ない成行。とんでもない話を聞いてしまった。今、自分自身が当事者であること以上に、魔法を知らず普通に暮らす人々の裏では、そんなことが行われているとは。ショッキングな事実だった。

 「成行君、大丈夫?」

 心配そうな表情で尋ねてくる見事。

 「うん、大丈夫」

 そう答えつつも、笑顔がぎこちない成行。顔では動揺を隠せていないらしい。


 「雷鳴さん、聞いてもいいですか?」

 成行は自分自身を落ち着かせながら尋ねる。

 「これからも僕の味方でいてくれますか?」

 「無論だ」

 即答する雷鳴。彼女は静かに微笑む。

 「不安な気持ちにさせたのは申し訳ない。だが、いずれ知るであろう魔法使いの世界の事実だ。だから正直に話した」

 「それを聞いて安心した」

 強ばった笑顔で答えた成行。彼の心の中にはモヤモヤしたものが残っていた。

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