第二章 その①「駆け引き」

 智世の言葉通り、このレストランのサンドイッチは美味かった。サラダも食べたので、十分満足な朝食となった。皿が片づけられて、再度コーヒーが運ばれてくる。

 このコーヒーの良い香りに思いの外、気分が落ち着く。このコーヒーを飲みながら、いよいよ本題に入ることになるだろう。成行は静に心を整える。

 「岩濱君、サンドイッチはいかがでしたか?」

 「美味しかったです。サラダも美味かったですし」

 「ご満足いただいて嬉しいです」

 相変わらず上品な喋り方の智世。


 「では、お話を聞かせてもらいましょう」

 微笑む智世。

 「岩濱君。アナタが何者かに狙われたのは、『九つの騎士の書』のせいですね?」

 「はい」と、答える成行。先程よりも緊張せず答えられる。

 「かつて『九つの騎士の書』の持ち主に出会ったことはありますか?」

 「今から10年前。同い年くらいの女の子でした。当時、僕は6歳でした」

 智世の質問に答える成行。今のところ、体調に変化はない。それを自分自身で確認しつつ、慎重に話す。この様子だと、条件魔法は発動していない。


 すると、武実が成行に尋ねる。

 「では、どんな魔法を使ったか記憶しているかね?」

 「それが思い出せないんです。どうやら条件魔法のせいのようで」

 成行はそう言いながら雷鳴を見た。

 「私たちもユッキーにほぼ同じことを聞いた。だが、聞くとユッキーは意識が混濁したようになる。それを見てそう判断したんだ」

 「なるほど・・・」と、コーヒーを啜る武実。

「今は大丈夫かね?」

 武実は成行に問いかける。

「大丈夫です。踏み込んだ話にならなければ大丈夫なようで」

 成行は正直に答える。


 「何をきっかけに岩濱君は狙われるようになったんでしょうね?」

 首を傾げる智世。

 「それは僕を誘拐した誘拐犯が偶然、僕と見事さんの会話を聞いたからだと思います」

 成行の言葉を聞いた三人の偉い魔法使いの様子が変わる。


 「気になるな。詳しく話してほしい」

 武実はコーヒーカップを置く。


 成行は見事に出会った日のこと。昨夜、誘拐犯の隊長から聞いたことを教えた。

 「つまり、誘拐犯は以前から見事さんを狙っていたのか?」

 「多分、そうなるかと」

 成行は強ばった表情で答える。


 「うむ・・・」

 成行の話を聞いて考え込む武実。そして、彼は見事に問いかける。

 「見事さんは誰かにつけられているのを感じたかね?」

 「いえ、私は気づきませんでした」

 「キミほどの魔法使いが気づかない相手なら由々しき事態だ」

 武実の表情も強ばる。


 「連中は魔法使いの特殊部隊だろう」

 そう言ったのは青鬼だった。


 「魔法使いの特殊部隊か・・・」と呟きながら武実の視線が雷鳴に向いた。すると、彼女がその視線をサッと避けたことに気づく成行。

 そのまま雷鳴は成行に話しかける。

 「どのような勢力かは不明だ。だろ、ユッキー?」

 「えっ?ええ。少なくとも日本、アメリカ、中国、ロシアなどの国の特殊部隊ではないようです」


 「だろうな。少なくとも、その四か国には魔法がバレないように御庭番が細心の注意を払っている」

 青鬼は静かに笑みを浮かべる。自信に満ちた表情で、彼の余裕を感じさせる。

 「しかし、魔法使いの特殊部隊?どんな連中だろうな?」

 少しわざとらしくも感じる言い方で話す青鬼。


 「心当たりでもありますか?青鬼さん」

 智世が青鬼に尋ねる。

 「いやあ、気になる連中がいてね。そいつらが怪しいと監視しているんだ。御庭番でね」

 青鬼は機嫌が良さそうに答える。


 「どんな連中だ?」

 雷鳴が青鬼を睨むように言った。

 「少なくとも君が知ってる連中とは違うと思うがね」

 「何を!」

 あからさまにイラっとした表情の雷鳴。

 何があるのだろうか、この二人は。成行は雷鳴と青鬼の会話を見てそう感じる。

 そういえば、青鬼と自宅で初めて出会ったとき、雷鳴さんを悪く言っていたな。この男。


 「二人とも、落ち着いて。大人げないですよ」

 雷鳴と青鬼を宥める智世。

 「ともかく、謎の勢力が九つの騎士の書を狙っているということ。そして、岩濱君が巻き込まれてしまったということだね?」

 事実確認をするように武実は成行へ問いかける。

 「はい。そして、その中で僕が魔法使いになったことも」


 「その辺のお話をしてくれますか?」

 智世は成行に言う。

 「はい。誘拐されているときのことです」

 成行はしそジュースの話をした。それの正体が魔法強化剤であるということも。

 それを聞いた智世と武実は困惑した様子だが、一方、青鬼は平然としていた。

 「その話が本当なら、非常によくない事態ですね」

 「確かに。明確なルール違反だな」

 智世と武実は思案する。


 「その辺は、何かあるか?雷鳴」

 「あるわけないだろ!」

 青鬼の問いに声を荒げる雷鳴。

 それには成行も見事も驚いた。青鬼の口調は軽く、雷鳴をコケにしたような口調にも感じた。しかし、雷鳴がそんな物言いに、そこまで怒るとは思ってもみなかった。

 「まあ、怒るなって。コーヒーでも飲んで落ち着け」

 青鬼はニヤニヤしながらコーヒーを啜る。


「岩濱君、自分自身の能力をコントロールできているか?」

 場の雰囲気を感じてか、武実が話題を変えて成行に尋ねる。

「100パーセントとは言い切れません。昨日の工場の爆発も僕の無茶のせいです。一歩間違えれば、もっと酷い大惨事だったかも・・・」

 そう言いながらことの重大さを再認識している成行。自分を含めて多数の人の命を危険に晒す行為だった。軽率の一言では済まされないことだ。

 「それが認識できているならで十分だ。キミにはまだ基本的な魔法のコントロールができていない部分がある」

 「それに関して―」

 スッと手を挙げた見事。

 「実は今、成行君の魔法の監督は私がしています。まだ、本当に基礎部分ですが。だから、私が教え切れていないせいもあるので―」

 「ちょっと待って。それは違うよ、見事さん!」

 成行は見事の発言を制する。


 「見事さんのせいじゃない。それは言い過ぎだ。夕べの出来事は完全に僕の無茶だ。むしろ、あのピンチで救ってくれたのは、見事さんじゃないか」

 「あれはママに協力してもらって成行君の魔法痕を捜したの。それであの居場所がわかったの」

 「そうだったのか・・・」

 その辺の部分は聞いていなかった成行。見事はナイスタイミングというか、間一髪のところで助けに来てくれた。連絡手段も何もない状況でどうやって自分を見つけたのか謎だったが、そういうやり方で見つけてくれたのか。


 「お話を聞かせてくれてありがとう、岩濱君」

 智世は穏やかに言う。

 「アナタの処遇に関して、東日本魔法使い協会で検討します。まずはアナタの魔法使い登録ですが、それはこちらで処理します。そして、その後のことは追って連絡します。そうですね、ゴールデンウィーク明けには再度連絡します。それでよろしいですか?」

 「はい。お願いします」

 軽く頭を下げる成行。


 「それまでは雷鳴さん、見事さんに彼のことを託しましょう。異存ないですね?赤鬼さん、青鬼さん」

 智世は両サイドの男性陣に確認する。

 「うむ。私は構わない」

 「異存なしだね」

 両サイドの鬼も異存なしとのことで、この場はお開きになった。



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