2-8 変わりゆく心

 紫樹は、小学生の高学年の頃から中性的な自分の容姿がコンプレックスだったらしい。変に目立つのが嫌で休み時間は本(主にライトノベル)ばかり読んでいて、その流れでアニメを観たり自分でも小説を書いたりするようになったという。

 しかし、中学生の時に出会った夏奈子に言われたのだ。


「試しに前を向いてみたら何かが変わるかもよ?」


 と。夏奈子は上級生だが、一人で昼食を食べていたら声をかけられ、気付けば紫樹は弱音を吐いていた。そんな時に言われた夏奈子の言葉がきっかけで、普通にクラスメイトと接することができるようになった――と言っても過言ではない。

 まるで夏奈子を崇めるようにして笑う紫樹だったが、徐々に表情は弱々しいものへと変わっていく。

 少々吹っ切れすぎてしまって、甘えん坊になってしまった。自分ではそう思っているらしく、紫樹は困ったように俯き、再び髪をくるくると弄る。


「僕はずっと、周りに甘えながら生きてきたんだ。この髪型だって、変えようと思えばもっと男っぽくできるはずなのに、しようとしない。……って、今髪型を変えた光磨を見て思ったよ。僕は全然、変わろうとしてなかった」


 紫樹は真面目に話しているのだ。顔を強張らせて、背筋を丸くさせて、必死に気持ちを伝えてくれている。


「……いや……」


 でも、突っ込みたい気持ちが止められないように口を開いてしまった。

 極端な話、スキンヘッドやリーゼントなら無理矢理男っぽくはなれるのかも知れない。しかしそんな姿はもちろん見たくはないし、少し髪型を変えた程度では中性的な感じは拭い切れないと思う。


「髪型は別に良いんじゃないか……? 柚宮には柚宮に似合う髪型があって、俺はその髪型が似合ってるんじゃないかって思う……ぞ」


 これは割とガチな本音だった。サイドテールが似合う男など、柚宮紫樹以外に存在しないと思うのだ。むしろ思い悩んで変な髪型になったら大変だ、という焦りもあった。


「それ、萌先輩に言われたら飛び跳ねる程嬉しいセリフだったなぁ」

「悪かったな、俺で」

「ううん、ありがとう」


 小さく首を横に振り、紫樹はまっすぐ光磨を見つめた。


「髪型はともかく、僕……甘い自分を変えたいんだ。だから、電波ちゃんのこととか、アニソンのこととか、僕も協力したい」


 言われた瞬間、光磨は思ってしまった。

 ――どこが自分に甘いんだよ、と。

 そんなセリフを、視線を逸らさず伝えられるなんて。紫樹は本当に、心の底から甘い自分を変えたいと思っているのだろうと感じた。


(俺は……人に恵まれていたんだな)


 紫樹の言葉に頷き返しながら、光磨はふと思う。

 菜帆もそう、紫樹もそう、夏奈子を始めとした文芸部員の皆も優しくて、秋鷹とまろまるも大切な家族で支えになってくれているし、それに。

 電波ちゃんが現れたことも、光磨にとって何か大きな意味があるのだと思えるようになったのだ。反射的に身体は震えるし、マイペースな姿を見ているとイライラしてしまう。

 でも、早く解決させて電波ちゃんと離れたい――という気持ちは、もうなくなっているのだと。断言できてしまう自分の姿があった。


「電波恐怖症も、アニソンに対するコンプレックスも……本当はなくしたいんだ。電波ちゃんが俺の前に現れた理由をちゃんと知りたい」


 だから頼む、と光磨は頭を下げる。

 菜帆に続いて紫樹にまで。自分は人に頼りまくってしまっているのだなと、光磨は内心で苦笑した。しかし、呆れているというだけで決して駄目な行為をしている訳ではないと思うのだ。自分を変えたいから協力したいと言う紫樹がいて、向き合いたいからその言葉に甘える自分がいる。微笑む紫樹の姿を見て、光磨は安堵感を覚えた。


「……ったく、こんな大事な話をしている時に限ってあいつは姿を消すんだよなぁ」


 同時に、いつの間にかいなくなっている電波ちゃんに向かって大きな独り言を漏らす。このまま紫樹と二人で電波ちゃんに質問攻めができたらどれだけ良いことか。どうやら現実はそう簡単に、とんとん拍子にはいかないようだ。


「い、いなくなってたんだね、電波ちゃん。話に夢中に気付かなかったよ」

「マイペースすぎるんだよ、あいつは。……また今度、あいつを質問攻めするのに付き合ってくれ」

「あー、なるほど。強行突破ってやつだね!」


 楽しそうに笑う紫樹を見て、光磨は嬉しいようなそうでもないような、微妙な気持ちになる。電波ちゃんに何を質問しても通用しないことはすでにわかっているのだ。なのに今更「質問攻め」という発想になってしまったのは、いつまでも紫樹や菜帆に甘えていられないという焦りからくるものなのかも知れない。


「ごめん、光磨」


 すると、何故か紫樹に謝られてしまった。しかも顔はニコニコと楽しそうなままで、光磨は思わず訝しげな視線を向けてしまう。


「何がだよ」

「今、凄く楽しいと思っちゃってるんだよ。光磨と打ち解けられたこともそうだし、電波ちゃんっていう非現実的な存在はわくわくしちゃうっていうのもそうだし!」


 徐々に本音が零れ落ちていくようにテンションを上げる紫樹は、やがて鼻息荒く両手を握り締めるポーズをする。


「……そうか」


 紫樹の言動は、あまりにも正直だと思った。


「あっ、もしかして呆れてる? また非現実的なことに興奮してるって」


 訊ねながらも、紫樹は相変わらず微笑んでいる。確かに光磨は呆れていた。でもそれは今言うべきではないし、だいたいこの感情はマイナスな意味での呆れではない。


「いや、違う。お前とか……穂村さんもそうだが、その……。元気をもらえるっていうか、やっと前を向く気になれたっていうか……」


 意外とすんなりと本音を口にしながら、光磨は言い放つ。


「だから、改めてよろしく頼む。……つっても、未だに具体的な解決方法は見つからないんだけどな」


 小さく頭を下げてから、乾いた笑いを漏らす。

 優しく「うん」と頷く紫樹を見て、光磨は思った。

 自分のために。そして、自分の周りの環境を変えてくれた――背中を押してくれた、電波ちゃんのためにも。


 ――変わりたい。


 強く、力強く。光磨は覚悟をするように思うのであった。

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