第5話 接触
まぶしい。
久しぶりに布団の中から顔を出して、部屋を見渡した。
長い間暗いところに居たからか、カーテンの隙間から、日差しの主張は強い。
「よし、なんもいないな」
右よし、左よし。
とりあえず、見える範囲に忌々しいやつらはいないようだ。
「ふぅ…」
まずは一安心。ここで何かいようものなら、もう立ち直れない自信がある。
「あんた、いつまでそう陰気でいるつもり?」
「いやもう陰気じゃないよ俺は。全てを乗り越えた俺は生まれ変わるんだ!そう…NEW…?」
・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・
…いやいや、何独り言?気持ち悪いなそういうところだよ?
でも、確かに後ろから声が聞こえた気がする…。
おいおい嘘でしょ。冗談だと行って下さいよ。
俺、本当に死んじゃうよ?ショック死?
幻聴ですよ幻聴。この部屋には俺しかいないって、たった今確認したジャン。
全身冷や汗でびっしょりだ。
強気なことを考えていたって、体の反応は正直だった。
意識だけが、後ろの存在を理解しようとしなかった。
何も居ませんように。
絶望的と言える祈りに縋りつきながら、声がする方へ恐る恐る振り返ると。
絶叫。よりも先にオーバーフロー。
失禁しながら、意識は闇の中へと消えた。
ーーーーーーーーー
起きてみれば、案外違うのかもしれません。
あれは多分そう、悪夢だ。
あまりの恐怖心で内容がそう影響されてしまっただけなのだ。
糞を漏らしてしまったのは確かだろうけど。臭うし。
この年になってまでおねしょとか恥ずかしい話ですね。はは。
だから、うん。それだけの話よ。何ビビッてんだよ。目を開こうぜ。
そこには…
「やっぱり!あんた、私が見えるのね!
女の顔見て失禁するとか、どういう神経してんの?」
うさ耳。長い髪。短いスカートにシャツ。俺を睨む幼女。
「バニー。あまり殿方にそのような態度をとってはいけません。
一応、我々は頼む立場にあるわけですから。また失禁したらどうなさるんですか。」
色々とデカイ。でもへこむところはしっかりへこむ。メガネ。メイド姿で幼女を叱る女。
「人間、クソ漏らすぐらいがちょうどいいと思います!
アタシもよく漏らしてたし」
訳のわからないことを口走る。短髪に三つ編みを揺らして。ボーイッシュで健康的な感じの小麦色の肌の女。ニコニコしている。
起きたら、三人の美少女がおりましたとさ。
思春期男子たるもの、このシチュエーションに喜ばずには居られないことでしょう。
喜びたかったです。
だってさ、三人全員、透けてるんだぜ。
「シドゥの話なんてききたくないわよ!てか漏らしてんのあんた…」
「アハハ、人間ですから!野グソ友達ですね!」
「失禁は野グソじゃないでしょ厳密には…
てかまず人間の文化レベルで生活しなさいよ!」
「二人とも、クソの話は後にしなさい。それより、別にやるべきことがあるでしょう」
人生で最速の着替えだったと思う。
母は部屋の外に新品の制服と朝食を用意してくれていた。
人生で最速の朝食も済ませた。
「そうね、そうだったわ。
でも、本当にこんなのと契約すんの?クソ漏らしたわよ?」
「いいじゃんクソ友!でもさっき出てったよ?」
「「あっ」」
お母様。この年になってもおもらししちゃってごめんなさい。
あなたの息子は今朝、おもらししましたが、母のことを愛しています。
「いってきまあああああああああああああああああ」
俺は、三人のなんかから逃げ出すため、全力でチャリを漕いだ。
「あっ!逃げんじゃないわよ!」
高校生活、始まります。
久しぶりの外出。なんだか空気がきもちいな。
おっといけない。ここではしゃいでしまっては、先日の二の舞じゃないか。
買い換えた自転車ジャスティス2号には三年間みっちり働いてもらわねばならない。
もう振り切っただろうか。
であるならば、ここからは安全運転だ。
深く深く呼吸して、精神統一を…
「あ!やっと追いついた!もう逃がさないわこのクソもらし!」
精神統一を…
「落ち着いてください、バニー。先ほど言いました。立場を弁えて、それ相応の態度を示さなくては」
精神t…
「くーそ友!くーそ友!」
・・・・・限界だった。
「だあああああもう構うなよブツブツうるせえんだよ!クソクソうるさい!俺はクソともになどなってたまるか!ねちねちねちねちずっと付きまとって来るつもりか?ええ?ストーカーさんですかぶっ殺すぞ!思春期真っ盛りの男子高校生のプライベート侵しやがって!犯されてぇのか貴様ら!」
「はあ?何よそれ!その言い草は!だいたいあんたが人の話聞かないで逃げ出すから追いかけるしかなかったじゃない!このクソもらし!」
あぁ、やってしまった。自制できなかった。
出てきても無視しようって決めたのに。
こいつらずっと俺に付き纏う気なのか。
もちろん、周囲の人間には、この後ろの3人は見えていない。
今の俺は、ただ何もないところで発狂するだけのただのイカレ野郎。
周りの視線が痛い。ゴミを見るような目でこっちを見ないでくれ。
そんな目で俺をみるな。しっし。
「・・・」
「あら、今度は無視?コミュ障?引きこもって失禁してコミュ障?」
うさ耳、黙ってくれ。頼むよ。
反応したくない。無視したい無視したい。
「…バニー、シドゥ。一旦引きましょう。今は何を言っても邪険にされるだけです」
「そ。ばいばいクソ友!また会おうぞ!」
「…仕方ないわね」
メイドだけは分かってくれたようだ。このまま引き上げてくれ。
どっか行け。もう現れてくれるなよ。
朝から気分は最悪だが、切り替えていくしかない。
時計を見ずに出発したせいで、教室にはクラスで一番乗りだった。
数分すると、男子生徒が二人。
部活の朝練終わりのようだった。
この時期にもう部活に打ち込んでいるとなると、推薦かなんかだろうな。
てことはかなり陽キャな方々なのではないか。緊張する。
「お、とびお君じゃん!!元気?」
「嘘!あのとびお!大怪我して入院してたんじゃないの?」
俺を見るやいなや、話しかけてくる陽キャ。流石といったところか。
よし。選択も見誤るなよ、俺。
「とびおです!怪我はもう大丈夫!退院しました!」
てかとびおって誰よ。ちょっと居ない間にそんなあだ名つけられてんの俺。
「なんだよそれ、おもろ」
なんて笑って返してくれた。
浮きそうで不安だったが、これは成功といってもいいんじゃないか。
その後も何人かに声を掛けられたが、別に嫌われることもなかった。
そりゃ、イカレタやつとか、変人だって、俺と距離を置くやつは居たけど。
それでも、昔のように孤立してるわけではない。
それがとにかく嬉しかった。泣きたいぐらいだ。
やり直せる、そう思ったら、心の底から安心した。
高校デビュー、成功です!!!
・・・そう思って、油断していた。
淡い希望だったよ、まったく。
次の日。
休み時間、トイレに行った。
大きいほう。
気持ちよく用をたしたとき、不幸を俺が襲った。
…トイレットペーパーがない。
「ねえ」
天井から顔を見せてきた、やつ。
「話を聞きなさい、クソもらし!」
上から用をたす俺を見下すうさ耳女。手にはトイレットペーパー。殴ってやりたい。
無視した。
次の日。
授業中。消しゴムを落とした。
「どうぞ」
拾おうと思ったが、それより先にメイド女が机の上に消しゴムを置いた。
ただただ親切なだけじゃんか。
無視した。
次の日。
昼休み。
クラスの男子に誘われて、一緒に昼食をとることにした。
母の手作り弁当を皆に自慢しようとした。絶品なんだ、一口やるよって。
「何だよ、早弁してんのかよ!」
蓋を開けると、米粒ひとつ入っていなかった。
「あはは、そうだったわ…」
皆には見えていないだろう。
目の前で、俺の昼飯を素手でむしゃむしゃと食っているやつが。
「うまかった!」
まじで殺してやろうかと思ったが、無視した。
一週間、こんな生活が続いた。
なにかにつけて、あの三人娘は俺の高校生活に介入してくる。
いや、一人だけ家に忘れた弁当届けてくれたりとか、献身的なやつがいたけど。
悪くない、じゃなくて、とにかく邪魔だった。
今世紀最大のピンチだった。
それももうおしまいだ。
ずっと無視し続けたが、もう我慢の限界だった。
安住の地はない。我はこれから、戦わなければならぬ。
逃げているだけでは、平和は訪れない。
家に帰って、自室へ直行し、部屋の鍵をし。
「来やがれ、クソビッチども!話をしようじゃないか!」
考えてみれば、これが初めてなんじゃないか。
「ついに!呼んだわね!」
「おまたせいたしました!」
「ジャンケンの必勝法見つけた!世紀の大発明!」
壁から通り抜けて自室に現れる三人娘。
敵は、俺がずっと逃げて逃げてきた強敵。
どうなるか分からない。だが、戦うと決めたなら。
大切な高校生活を守るため。
初陣だ。
White Out!! @KUROMUGIWAKABA
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