第2話 スタートダッシュ、ダブルミーニング

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「っるせぇよ起きてるよ起きてる起きてる鳴くな目覚まし時計泣きたいのはこっちですぅ!」


朝っぱらから目覚まし時計に負けず劣らずで喚くこの男、それには明らかに不適切であろう拳でスイッチを殴った。


堅物を殴ったのだから当然振った拳には痛みが走る。


「っっってぇ…」


音どころか針も静止しばらばらになった残骸に、なにしてんだと自責の念にかられる。


「ああ、たく…イライラする…」


朝起きる度に、破壊行為に勤しんでいるわけではない。


そこまで気性が荒く、すぐ手が出るような男ではない。




この男、宇ノ 廻 うの めぐる。今日は特段落ち着きがなかった。


その原因は、彼が見る夢にあった。


夢とは、廻にとって悩みの種である。


思春期男子たるもの、もっと悩むようなことはありそうなものだが、彼にとっては何年もの間不燃かつ一番であり続けている。


初めて幼少の自分に友ができた時の夢。


それだけ聞けば大したことはないだろう。


が、しかし


「もう、忘れてえよ…」




夢は何度も現れる。


内容が悪夢だとか、そういうわけではない。


なんとなく、彼の中で引っかかるところがあるのだ。


廻の記憶には、その夢の内容の体験はない。


幼少のころなど忘れるものだが、何度もその場面が夢に出るようなら、覚えていなければおかしい。


家族にそれを聞いても、いつも一人遊んでいたという。そんな友はいないと。


だったら時間が解決してくれるのか。忘れてしまえばと考えたことはある。


しかし、夢はそれを許してはくれない。


忘れるころには、再び同じ夢をみた。


忘れないでといわんばかりだが、当の本人は忘れたい気持ちが山々だ。


なんとも不気味な話である。




得体の知れない夢にもやっとする気持ちとそれから逃れようとする気持ち。


今日のように、彼の一日は葛藤から始まるのである。


落ち着きがないのも仕方のないことなのだ。




「廻、起きてるなら降りてきなさい!」


「あいよー」


イライラもあったが、一階から聴こえる母の声に、廻は少し冷静になった。


今に帰ったような感覚だ。


「よし、切り替えてこ!あい!」


自らを鼓舞し、まだ重い身体を起こして、両頬をぱちんと叩く。


朝から一人ごとが多いのは、彼にとって夢以外に特別なことがあるときだ。


テンションが高いとき。




「待ってろ高校!青春万歳!」




部屋の窓から見える桜に廻は胸を躍らせる。


出会いと始まりの季節、春。


「早く降りてきなさい!」


「あっはい」


しわ一つない制服の袖は、まだ硬い。












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日は登校初日。


言葉に出来ないわくわくと一緒に、俺は自転車に乗って家を出た。


風を切っていく感覚は素晴らしい。


いつもならこんなことは考えないが、高校デビューの風って思うと、特別な気がしてくる。


今の俺ならどんなことでも特別に感じられるかもしれない。


傾斜に差し掛かると、俺の自転車は加速していく。


「ふぉおおおおおおおお」


帰りにはこの傾斜を上らなければならないが、今はそんなことどうでもいい。


ただ、なすがままよ。鳥になった気分。


飛んではないけど。


しかし。


数秒後には、本当に宙を舞うことになる。


「は、え!?きつね!?」


遮るものなんてなにもない、誰も俺を止められない。


そう思っていたのに。




…道路で横たわる2mぐらいはあるであろうきつねが


障害物を避けようと、俺は反射的に自転車のブレーキを全力で切った。


反応してしまった。


全速力で進む自転車が急に止まろうとしたらどうなるか。


「うわちょっとまてしn」


刹那。


俺の身体は空中に放り出された。


ーーーーー


ーーー








「ということがありましてですね」


時刻は昼前、朝礼より3時間の遅れだ。


あの後、気を失った俺は、救急車で運ばれ、病院の手術室で目が覚めて、治療も受けないまま登校した。


教室に入ったときにはあちこちから悲鳴が聞こえて、人を見てそんな態度失礼だなんて思ったが、冷静に考えると手術室でオペ寸前だった状態で何もせず頭から血を流したまま登校した俺がおかしい。馬鹿すぎる。


でけえきつねがいましたなんてことは、当然説明しなかった。どうせだれも信じやしない。


ただでさえカンカンそうなはげのおっさ…担任をキレさせるだけだ。そこだけは冷静だった。


「とりあえず、病院にいきなさい」


「せっかく汗水垂らして来たんですから…」


「血まで垂れてるじゃないか!説明はもういいから早く救急車を!」


「いや、血は止まってます」


「あ、先生!ちょうどいいところに!担架持ってきてください!」


「だから大丈夫ですって!」


口ではそう言ったが、なんだかボーっとしてきた。


そういえば身体のあちこちが痛い気もするじゃなくて痛いこれ痛い痛い痛い!


「は、早く救急車をっ!」


いや、呼ばなくてもいいですって。


あれ、声出てない。おかしい。


いやいや、そんな馬鹿なこと…あるわけ。






宇ノ 廻。


高校デビュー、しっかりできました。


理想とは違ったけど、また、やり直していけると思います。


友達100人、それか100人に匹敵する大親友。


どちらも作れるかもしれません。


嗚呼待っていろ、青春の日々。




後日、彼は頭のイカれたやつとして、一躍有名人となった。


あだ名は、とびお。


色々と、とんだのだ。


春は、別れの季節でもある。


しわ一つなかった袖は、一日でぼろぼろになった。








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