第26話 観察者たち

 『円柱』があけた大穴から『宮殿』最上階の様子を盗み見ている者がいた。

 正規の出入り口から昇るのではなく、壁を蹴って上がってきた赤髪の人物は、恍惚の表情で必死にメモ帳にペンを走らせていた。


 ――絶対無敵のリーン=ナーグマンは、自身が持つ力の一端を解放した。

 何者をも超越した魔法はできそこないのリデッドを瞬く間に殲滅する。

 彼は、ニヒルな顔でつぶやく。「俺の敵となりたいなら、あと百回は死んでこい」――

 目を血走らせ、ペン先が折れるほどの力で書き込んでいた人物は、

「リーンさんて、そんな話し方じゃないと思いますけど?」と、覗き込んでいた隣人の言葉に不愉快そうに眉を曲げた。


「今、いいところなんだ。話しかけんな。まだ『円柱』を壊す場面が書けてないんだぞ」

「それ、リーンさんを主役にした物語ですよね?」

「見たらわかるだろ」

「売るつもりですか?」

「買いたいやつがいたらな」

「絶対、売るつもりですよね?」

「……今は、考えてない。けど、もしかしたらそんな気持ちになるかもしれん」

「それなら、口調だけは合わせておいたらどうですか? ダルスさんがよく知ってるリーンさんはそんな感じなんですか?」

「イメージはな」


 真っ赤な髪。サイドは薄く刈り上げ、後ろは比較的長め。ボリューミーな頭頂部から前髪にかけてはなかなかのカーブを描いている。

 北ギルドの職員、ダルス=ランバートは自信ありげに口端をあげた。

 それに対し、黄緑色の髪を揺らす仮面の人物が一歩引いて言った。


「イメージ、遠っ!」

「うるさいな。事務職が俺の仕事にぐちぐち言うな」

「仕事じゃなくて、趣味でしょう?」

「いいんだよ。お前と違って俺はこれくらい大雑把にやる方が性に合ってる」

「受付業務をさぼってまですることですか? リーンさんに言いつけますよ」


 ダルスが、ぐっと言葉に詰まった。正論すぎて返す言葉がないのだ。

 フル装備で出て行ったリーンを大人しく見送ったダルスだが、久しぶりにギルド長として力を振るうと知って、どうして受付業務などやってられようか。

 取材のチャンス、活躍を目に焼き付ける良い機会を逃せようか。

 彼は数秒考えてから、

「うるさい。リーンに話したら殺す」と、暗に後ろめたさを感じていることを暴露してしまう。

 そして、まずいと思ったのか顔を歪めると、慌てて話を変えた。


「そんなことより、お前もいい加減、変な仮面外せよ。別に俺に見られて困るものでもないだろ」

「まあ、ダルスさんにはいいですけどね」


 黄緑色の髪の人物が真っ白な仮面を外した。端整な顔だちが現れた。ぱっちりした二重に鼻梁の通った美人だ。

 北ギルドの事務職エリーナ=ノンノートだ。

 彼女は、じっと見つめるダルスに優しく笑って言った。


「やっぱり、気になります?」

「それだけ光ってると、目はいくな」


 エリーナの両目は、らんらんと水色に輝いていた。その特徴的な色は、どこか『覚醒者』と近いものがある。

 彼女は、指で瞼を上げて「見たいならどうぞ」と顔を近づける。

 ダルスが鼻を鳴らす。


「興味ねえ。だが……お前の目の色は下のやつらと違って透き通ってて綺麗だ。『完全覚醒者』ってのはさすがだな。まあ、どのみちリーンが認めてるなら、俺は何も言わねえよ」

「やっぱり、ダルスさんって優しいです」

「今のどこに優しさを感じたんだ? バカが」

「リーンさんの次くらいに優しいのに、ひねくれてて素直じゃなくて、ついでに口もめちゃくちゃ悪いんですよねー」

「口が悪いのは生まれつきだ。ほっとけ。で、その目はいつまで光ってるんだ? もうそろそろ引くのか?」

「久しぶりに『覚醒者』の魔力に当てられただけなので、もう少ししたら戻ると思います。だいぶん薄まってるでしょ?」

「そんな感じだな」


 ダルスはそう言ったきり、興味を失ったように、またペンを走らせ始める。

 ちょうど、リーンが《体術》を使って『円柱』を壊す場面だ。彼の物語の中では、かっこよく空中から跳び蹴りを見舞っている。もう一人の登場人物であるシンは、それを見て、『心の底からリーンにはかなわないと思った』と加筆された。

 エリーナのどんよりしたため息に気づかず、彼は言う。


「さすが、『宮殿の破壊者(パレス・ブレイカー)』の二つ名を持つだけあるな。俺がいくら強くなってもあれはできん」

「『炎遊』のダルスさんとは能力の根元が違いますから。あれはリーンさんの生まれ持った呪いみたいな力があってこその技です。真似なんて無理です。それに、そのせいで私が覚醒したわけですから……」

「そうだったな。ギルド内でのマイナス評価も全部あのせいだもんな」

「《体術》の使いどころを間違えて、他のエリアの『宮殿』もいくつか破壊しましたからね……」

「そのせいで王様から裁判に呼ばれたんだっけ?」

「史上初のギルド長が出頭した裁判だったそうです。最後は、ギルドマスターが力に物を言わせてだまらせたとかなんとか」

「裁判になってねえ。その場面、見てみたかったな。リーンも暴れたんだろ?」

「暴れたら裁判じゃないです。それにダルスさんが期待するような活躍はなかったそうですよ?」

「いいんだよ。なかったらなかったで俺の想像力でリーンの活躍を書き足すから」

「それは書き足しじゃなくて、捏造ですって」

「……うるさいやつだ。これだから事務職ってやつは」


 ダルスが書く気力を失ったのかペンとメモ帳をポケットに片づけた。

 それを見て、エリーナがとことこと歩き出した。帰るときも外壁を降りていくつもりらしい。


「おいっ、リーンと一緒に帰らないのか? お前も活躍を見たくてついてきたんだろ? 最後までつき合えよ」

「私は心配で来たんです! 一緒にしないでください。まだ目が戻らないようなので、のんびり散歩してから帰ります。シンさんに変な誤解をされても困るので」

「あいつはそんな小さいやつじゃねえぞ」

「私に疑いの目が向くのはいいですけど、リーンさんに向いたら顔向けできません」

「そんなことになるやつらを、俺が試験で通してきたと思うのか? うちのギルドはぶっ飛んでるが、間違えるやつはいない。何かあっても俺が――って話を聞け!」


 エリーナはにこりと微笑んで飛び降りた。

 壁をうまく伝い、みるみる遠く離れていく。風伝いに「今の北ギルドが大好きですから」という声が届いた。


「どっちがひねくれものだ。心配性なのも、リーンとよく似てやがる」

 

 ダルスはおもむろに立ち上がる。そして、大穴から中に飛び降りた。

 リーンを背負って移動しかけていたシンが驚いた顔をする。


「背中の荷物は俺が変わるぜ。シンは出口までの露払いを頼む。二人の方が早いだろ?」


 ダルスは手を差し伸ばして嬉しそうに笑った。

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