第24話 北のギルド長

 ――力に呑まれたか。


 最初にカルエッタとランツに出会った時のことを思い出す。

 二人は立派な『覚醒者』だった。『覚醒者』とは、意思なきリデッドの中で、何かをきっかけにして人間に近い感情を手にいれた者を指す。

『覚醒者』には秘密が多い。

 なぜ、人間の感情を手に入れられたのか。条件は何なのか。わからないことだらけなのだ。

 昔の研究者の言葉を信じるなら、前世の記憶を取り戻したということなのかもしれない。

 言葉が話せて意思疎通ができる。

 それだけでもリデッドの希少種だ。『宮殿』から行く当てもなく外の世界に出てくるリデッドもいるが、そんなものとは根本が違う。

 『覚醒者』は目的を持って、『宮殿』から出てくるのだ。

 カルエッタとランツは間違いなく後者だった。

 探索者になりたいのか、という質問にはあいまいな返事をしていた。何となくだが、目的の予想はついた。中央の塔に行きたいのだろう。

 あそこは、『原初の宮殿』と呼ばれる『禁止級』に指定された『宮殿』だ。王都に『円柱』が振ってくるのは、あれがあるせいだと噂されている。

 入りたいと願っても入れてもらえない。

 その代わりに何とか願いをかなえようと考えたシンが、ここに連れてきたことは手に取るようにわかる。

 けれど、こんな結果になるのなら北ギルドで見張っておくべきだった。シンだけでなくエリーナにも頼んでおくべきだった。


「いつから……私たちがリデッドと知っていたのですか?」


 蒼い瞳を輝かせるカルエッタが鋭い視線を飛ばす。

 僕は肩をすくめて言った。


「最初からさ。僕はリデッドの気配には敏感なんだ」

「北の門の前で、私たちについてきたリデッドを殺した理由は?」

「最初に言わなかったかい? 君は『覚醒者』だ。分別もあって、意思疎通もできる。姿を消して襲いかかることしかできないリデッドとはまったく違う存在なんだ」

「だから、私たちにあらぬ夢を見たのですか?」

「夢? 違うね。『覚醒者』は僕らと共に歩ける。それを確信してるのさ」


 カルエッタの瞳がわずかに揺れた。

 僕は一歩進み、続けて言う。


「出会ったときの君とランツは、僕に襲いかからなかった。無防備に背中をさらしてラズベリーを収穫していたときも、森の中を案内していた時も。姿を消すリデッドだけが機をうかがっていて、君はそれを止めていた」

「……あなたが強かったからです」

「リデッドは、そんなことを計算に入れて襲いかからないさ。目に止まったものすべてに襲いかかる。だから、カルエッタ……君には可能性があったんだ」


 とん、とランツが床を蹴った。右腕の怜悧な刃を眼前に構え、リーンの足を狙って振り抜いた。

 ――《防御》クリティカルが発生しました。

 折れた刃がくるくると宙を舞った。ランツの動かない顔に初めて動揺が走る。

 リーンが見下ろして笑った。


「その点、ランツは不完全さがあった。どっちに転んでもおかしくない危うさもあった。でも、君と一緒に行動している間は大丈夫だろうと、そう甘く考えていた」


 僕は小さく首を振った。


「でも、結果はこうなった。狐面の魔力の影響を受けて、ランツは完全に呑まれた。会話すらできない。ただ僕を殺す機会を探っている。その群青色の刃でシンをためらいなく傷つけたはずだ。そういえば、同じ色の柄のない刃が、西エリアに落ちていたそうだ。……キンググリズリーに向けているうちは良かったけどね」


 ランツがそれを聞いて狂ったように暴れ出した。

 理性が残っていれば、なぜ刃が折れたのか考えるはずなのに、今の彼はひたすらに暴力を振るう存在に成り下がっていた。


 ――《防御》クリティカルが発生しました。


 僕の《防御》スキルで使える《光の鎧(ブリリアント・アーマー)》はD級指定の魔法だ。効果は、物理または魔法による攻撃を一定割合だけ軽減するというものだ。

 そのため強力な攻撃を受けた場合は簡単に貫通するし、本体の防御力が低いので、大ケガを負うか、最悪死ぬことになる。

 しかし、それにクリティカルが加わると話が変わる。

 《防御》に発生した場合は、すべての攻撃を止めることができるようになる。

 一方で、発生確率が問題で、《防御》の場合はおおよそ三割だ。

 つまり、クリティカルが発動しないパターンが十回中七回もあるということになる。

 これでは命がいくらあっても足りない。

 だから、僕は持ち前の器用さを生かしてひたすら同じ魔法を重ねられるように訓練した。普通の『探索者』には「なぜ同じ魔法ばかり連発?」と笑われ、毎日魔力をすっからかんにして、死ぬほどつらかったが、どれだけ鍛えてもスキルのランクが上がらない僕にはこれしかなかった。

 運次第で死ぬのはごめんだったのだ。

 その後、メイナと相談し、首輪型ヘリテージ『追加する暴力(アド・ヴァイオレンス)』を手に入れたことで、戦法は完成した。

 運ではなく、極限まで被弾確率を下げることで成功したのだ。

 ランツが左腕を刃に変えた。

 右腕も再生して、刃に。両腕を、うらみをはらすかのごとく僕に叩きつける。

 しかし、

 ――《防御》クリティカルが発生しました。

 ――《防御》クリティカルが発生しました。

 ――《防御》クリティカルが発生しました。

 何度やっても無駄なのだ。

 ヘリテージの効果で瞬時に《光の鎧》を十枚重ねている僕に攻撃が届くことはない。

 どんな剣戟でも、どんな大魔法でも、クリティカルが発生した鎧の前には無力なのだ。

 十枚の鎧すべてで、クリティカルが発生せず突破される確率は――

 七割の十乗。

 つまり、2.8パーセントだ。裏返せば、97.2パーセントの確率で、僕は敵の攻撃を完全に無効化する。

 そして、それと同じことを攻撃に転用したならば――

 十発放てば97.2パーセントの確率でクリティカルが発生する。


「《魔法の乱矢》」


 空中に浮いていた十発の魔力の塊が矢になって飛んだ。あわてて後退するランツだが、もう遅い。右に跳び、左に飛ぶ彼を、僕の魔法は的確に追跡する。

 元の魔法が、威力は弱いものの追跡能力に長けているのだ。大きな力の差がなければかわすことはできない。

 さらに、この魔法は一発で十発分の矢が生まれるうえ、魔力消費がわずかだ。

 僕にうってつけの魔法なのだ。


「《魔法の乱矢》」


 もう一発放った。これで矢がニ十発。

 ランツが足を止めた。逃げきれないと悟ったのか、飛来する矢を腕の刃で次々と撃ち落とし始めた。

 この魔法のクリティカル発生確率は《光の鎧(ブリリアント・アーマー)》と同じ三割程度。ニ十発放った魔法のうち、一度でもクリティカルが発生する確率は99.9パーセントだ。


 ――《魔法》クリティカルが発生しました。


 五発目だった。

 どん、っという鈍い音と共に部屋が揺れて床に大穴が空いた。

 クリティカルは攻撃魔法の威力を跳ね上げる。

 だから、僕は手加減ができない。クリティカルが発生しないように祈るしかない。

 ランツは消えていた。ふわりと控えめな色の塵が舞い、空間に溶けていった。

 カルエッタが大きく目を見開いた。

 僕は死の宣告を重ねる。


「言っただろ。覚悟しろ、ってね」


 さらに魔法を放つ。右の端で動かない人狼型の集団だ。

 数が多い。広範囲型がいいだろう。


「《かがり火(ボンファイヤ)》」


 E級魔法だ。二人をようやく囲める程度の小さな炎を起こす。

 ヘリテージ『追加する暴力(アド・ヴァイオレンス)』によって、瞬時に連発。

 三発目だった。

 範囲がぐんと広がった。この結果は熟知している。

 人狼型が逃げる間もなく火柱に呑まれた。阿鼻叫喚の騒ぎとなったが、一瞬のことだ。途方もない熱風が室内の空気を巻き上げ終えると、そこには誰もいなかった。

 すべて消し飛んだ。


「ァァァァァアァァァッッッ!」


 狐面が声を震わせて叫んだ。

 巨猿型と違って人狼型は彼の仲間だったのかもしれない。


「ま、待ってっ!」


 狐面は僕に向かってこなかった。代わりに、その太い腕でカルエッタを捕らえた。

 暴れる彼女を、狐面は力づくで締めつけた。

 そして、仮面の下からのぞく顎がだらりと落ちた。大きな口だ。

 カルエッタが頭から喰われた。彼女の腰に回っていた腕が大蛇のように変形し、足側にかみついた。

 悲鳴は聞こえなかった。

 どくんと、狐面が光を放った。

 体が倍以上に膨れ上がり、仮面だけでなく皮膚に色がついた。くすんだ黒から白くつややなものへ。

 どこか女性らしさを残した不思議なだみ声が響いた。


「オドロイタ」


 頭部の端に引っ掛ける形となった狐面。彼の瞳はこれでもかと蒼く輝いている。

 僕はやるせない気持ちで見上げると言った。


「何に驚いたんだい?」

「ヨワイトオモテイタ」


 たどたどしい言葉だが、会話が成り立っていた。

 狐面はカルエッタを取り込み、また一つ、リデッドから『覚醒者』に近づいたのだろう。


「弱いさ。僕は君に比べればずっと弱い生き物さ」

「ソウ。オレ……ツヨクナッタ。オンナクッテツヨイ」


 狐面は避けた口を耳まで広げ、奇怪な声で笑った。

 耳障りで、勘に障る、大嫌いな声だった。


「似て非なる者だね。暴力だけでは永遠に『覚醒者』にはなれない」


 僕は《魔法の乱矢》を使用した。

 一発で十分なのに、『追加する暴力(アド・ヴァイオレンス)』まで使用して十発放った。合計で、百発の魔力の矢が轟音を響かせて嵐のように降り注いだ。

 床が抜けようが、残ったリデッドが吹き飛ぼうが構わなかった。

 そして、数秒後、場に僕とシンの息遣いだけが残った。

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