第20話 ギルド長の仕事

「さっき、大臣に報告してきたところじゃ」

「客二人は北にいるってかい?」


 こくんと頷いたメイナは言葉を切った。嘘を見抜こうとするような疑り深い視線が注がれる。


「本部に戻った時に、ガンダリアンがやってきて、二人の落とし物を届けた」

「へえ、そんなのあったんだ。見つけたのはマニューだろうね。ガンダリアンが拾い物をする姿は想像できないや」


 空気を和らげようと、軽くおどけたが、メイナの固い表情は消えない。


「リーン……わしの『夢読み』の力は知っておるな」

「詳しくは知らない。メイナが知っている人物の少し先の未来が見える。物に触れればその所有者の未来がわずかに見える。大きな事件は流れ込んでくる……だったかな?」

「その通りじゃ」

「何か問題があるの?」

「――特級のイベントが起こる。二人も巻き込まれるじゃろう。お主も『警報』とやらを聞いたんじゃないのかの? それとも昨晩の『告夢』で何か見たのか?」


 メイナは、一言一句を間違わないようにするように、ゆっくり言った。日頃のからかい口調やジョークをどこかに置き忘れたかのように真剣な顔だった。

 僕は表情を引きしめる。

 『警報』はたった今聞いたところだ。『警報』――《探索》クリティカルには弱点がある。それは、察知はできても内容がわからないことだ。

 マニューと話をしている時に鳴った『警報』は、マニュー絡みのことかもしれないし、メイナの来訪を指すのかもしれない。

 どちらにしろ、嬉しいことか、良からぬことのいずれかが起こる。

 でも、タイミングには幅がある。

 『警報』と同時に起こることも、数分経ってから起こることもある。

 僕はため息をついた。今回の件は、昨晩、『告夢』のスキルで視た一場面とは無関係ではないだろうが、直接の関係はない。


「それはいつ起こる?」

「今じゃ――」


 メイナが初めて意地悪そうに笑った。

 どこか人が悪い顔をしていた。

 そして、同じタイミングで――ギルドハウスが跳ねた。

 爆発音が響き、大地が揺れ、重たく頑丈な建物がきしみをあげた。

 誰かの悲鳴を何百倍にも大きくし、野太く低くしたような音が、遅れて王都を駆け抜けた。

 何度か経験のある音だった。


「共鳴か……」

「これは難易度の高い『宮殿』が産まれるの」

「ひとごとみたいに言うね」

「お主の管轄エリアじゃからな」


 僕とメイナは変わらず向かい合っていた。ダルスは手を止めて、椅子の背に体を預けている。


「場所はどのあたり?」

「その様子だと本当に知らんようだの。お主の大好きな、中級者向けの『宮殿』の――真上じゃ」


 僕は息を呑んだ。

 『宮殿』が産まれることはそこまで珍しくはない。だが、すでに存在する『宮殿』の上に、『円柱(ピラー)』と呼ばれる『宮殿』の元が落ちることは危険だ。

 『宮殿』とは本来、閉鎖された空間である。あの中は異界として完結していて、リデッドが外に出てくることはあっても、外部からの侵入を許さない。

 だから探索者が入ると襲われるのだ。

 もし、その排他的な異界に、別の異界が混ざるとどうなるか。

 想定外の事態になった。

 僕は静かに立ち上がる。


「ダルス、ちょっと出てくる。準備を頼めるかい?」

「フル装備か?」


 打てば響くような返事に、僕は表情を和らげてうなずいた。

 間髪容れずに北ギルドの秘密兵器が走り出す。僕の私室に必要なものを取りに走ってくれたのだ。


「リーン、これを渡しておく」


 メイナが片手で隠せる程度の小さな瓶をさし出した。透明なガラス瓶の中には真っ赤な液体。

 思わず苦笑する。

 一応、心配はしてくれているらしい。


「禁止薬を渡すなんて……だいぶ無茶した?」

「あほう。渡す渡さんはギルドマスターの専決じゃ」

「それやって、前に本部で問題になったでしょ?」

「……みなまで言うな。わしが良いと言ったら良いんじゃ」


 メイナはそう言ったきり、頬杖をついてそっぽを向いた。もう話すことは話し終えたらしい。

 ちょうど、ダルスが戻ってきた。

 北ギルド長の専用強化服を持っている。特注で作ってもらったこれは、対物理、対魔法攻撃に対する耐性に加え、各種状態異常耐性、熱遮断と様々な恩恵をもたらす装備だ。

 だが、元D級の僕はこの服を着ても一線級の敵とは戦えない。

 威力を緩和したところで、中身の人間が耐えられないからだ。

 では特注の意味はなんなのか。

 答えは、ポケットだ。強化服の外側に何本も魔力回復薬を差すことができるのだ。

 ダルスが続けて木箱を運んできてくれた。中には何本もの水色の溶液が入った瓶がある。メイナの瓶より一回り大きいものだ。

 僕は手早く強化服の外にそれを突き刺してセットする。


「ギルド長、俺も行くぜ」

「大丈夫。ダルスは待ってて」

「けど、新しい『宮殿』はあぶねえ」

「わかってる。でもね、ダルス――これはギルド長の仕事なんだ。メイナの言うとおり、今回の件で、黙っていたことが一つある。その責任はとらなくちゃならない」


 僕はそう言って、ダルスの肩を叩いた。

 メイナが手に顎を乗せて微笑む。


「外に、馬車を待たせておる。使え」

「何から何まで」

「サポート能力に長けた本部じゃからの。問題児の北の扱いはわかっておる」


 メイナに目で礼を伝え、僕は久しぶりのフル装備で外に出た。

 首輪型ヘリテージに触れてつぶやく。


「『追加する暴力(アド・ヴァイオレンス)』設定変更。カウントMAX」



 ***



 シン=ザルードは気が狂いそうだった。

 なぜ、こうもトラブルに巻き込まれるのか。

 ぎりっと歯を食いしばる。

 南エリアの『宮殿』攻略を終え、パーティメンバーの誰よりも早く帰って訓練をしようと意気込み、呼吸を整えたところから始まった。

「シン、今ひま?」という北のギルド長の一言で振り向いた彼は、「森で迷子になりかけてたから、拾ってきたんだ」と言う二人を預かることになった。

 シンは人づきあいが苦手だ。

 ダルス=ランバートとの手合わせや、リーン=ナーグマンへの体術の手ほどきなどは喜んでやる。

 エリーナの事務仕事でも、荷物運びでも、おおよそギルドの仕事と呼べる作業は一通り経験していると自負している。

 それは、非協力的なパーティメンバーの中で胸を張れる部分だ。

 だがしかし、初対面の人間二人と行動を共にしろというのは経験がない。仲間か、もしくはリーンかダルス。誰かが必ず一緒にいた。

 シンは彼らの言葉に相づちをうち、「私もそう思います」と追従するのが日常だった。


「お二人とも、大丈夫ですか?」

「ええ」


 打っても響かない。

 いくら話しかけようが、カルエッタと名乗る女性はきょろきょろと周囲を見回すだけだし、ランツという無表情な少年は、返事もせずにただ付き従っている。

 シン自身もリーンのようにうまく会話ができるとは考えていない。

 けれど、こんなに会話の糸口を見つけることが難しいのかと辟易する思いだった。


「ここは、どこですか?」


 暗い洞窟の中でカルエッタが危機感のない言葉を放つ。

 実はかれこれ一時間は歩いている。


 リーンに二人を任されたものの、時間をつぶす案が出せずに困り果てていたところで、「街で案内してほしいところはありますか」とシンが尋ねたことに原因がある。

 カルエッタは「王都の中心に立つ塔に行きたい」と答えたのだが、そこは侵入禁止区域だった。ギルドと騎士団が共同で管理する聖域で、シンも入ったことがない。

 残念ながら――と説明したシンに、彼女は落胆した。

「入ってみたかった」と目を伏せるカルエッタを見て、不覚にも親切心をふくらませてしまったのが運の尽きだった。

 シンは口を滑らせた。

「塔には入れませんが、似た場所ならあります」

「ほんとうですか!?」

 喜びに目を輝かせるカルエッタは、純粋培養されたお姫様のようだった。彼の近くにいないタイプだ。

 二人を任されてから、「これが、私の流派の型です」と訓練場で延々と体術を披露するしかなかったシンに初めて希望が生まれたのだ。

 シンはもったいぶって言った。

「リーン……うちのギルド長ですが、北エリアの『宮殿』と似ていると言っていました」

「まあ! では『宮殿』に案内をしていただけますか?」

 カルエッタの満面の笑みに、シンは内心で「これで時間がつぶせる」とほっと安堵の息を吐く。

 だが、冷静になってみると、非常に危険なことに気づいた。

 街の中ならば問題ないが、王都の外に出て中級者向けの『宮殿』に素人を連れて入るなど自殺行為だ。

 シンは今さらながら「少々手強い敵がいますので」と機嫌を損ねないよう気を遣い、暗にダメなことを匂わせた。

 しかし、

「シン様は、お強いのでは?」

 というカルエッタの期待に満ちた瞳が向き、生来の頼られると断れない性格から、

「お二人を守れるくらいには」と、シンは頷いた。

 そして、黒く艶のある長髪を揺らした男は、内心で「短時間だけだから」という言い訳を何度もして、素人に近い二人を連れて『宮殿』に入った。

 A級の自分が一人いれば、問題ないだろう。

 そんな計算があった。

 だが、その結果は散々だ。

 『宮殿』は『円柱』が大地に突き刺さってできあがる。時間をかければかけるほど内部が整い、通路や部屋が現れる。隠し部屋もあれば、罠もある危険な場所だ。

 北エリアの『宮殿』はどちらも古い方だ。

 シンが足を踏み入れたとき、何も異常はなかった。

 慣れ親しんだ道を通って、ぐるりと内部を一周しようと思っていた。

 地図を記憶するほどに何度も入った『宮殿』内で、ゴースト型のリデッドを数匹消し飛ばし、カルエッタの称賛を受け止めるだけの仕事。

 普段の生死をかけた無茶な戦いと比べれば気楽だった。

 そこに不運が起きた。

 カルエッタとランツが落とし穴に落ちたのだ。

 そんな馬鹿な。シンは信じられなかった。その場所に落とし穴があった記憶がないのだ。古い『宮殿』とは、形状が変わらないことに定評がある。

 このタイミングで、しかも素人二人だけが落ちる穴があることに、歯がみしたい思いだった。

 シンは暗い落とし穴の前で逡巡する。

 明らかな緊急事態となった。リーンかダルスに助けを求めるべきか。そもそもこの『宮殿』に地下があるとは聞いたことがない。

 音を聞いた限りそこまで深くはないだろう。探索者を目指す者の端くれ。大ケガはしていないはずだ。

 けれど、もし重症だったら。リデッドの群れに襲われたら。気を失っていたら。

 初心者クラスの魔法で戦える敵は少ない。

 いくつもの可能性が脳裏をよぎり、シンは飛び込んだ。中途半端な装備のうえ、回復薬も少ない。

 不安はよぎったが仕方なかった。

 そして――今に至る。


「たぶん地下でしょうが、私もこの『宮殿』に地下があるとは思いませんでした」

「新しい発見、ということですね」


 カルエッタはこの状況をまるで怖がっていない。

 純粋すぎるというのは危険だ、とシンはさらに気を引き締める。普段の倍近く神経をとがらせ、暗闇から現れるリデッドを警戒する。


「ランツ殿も大丈夫ですか?」

「ええ」


 付き人の少年は変わらず反応が薄い。

 シンは彼に近い人間を知っている。いざというときに主の盾となれるよう、心を極限まで殺した人種だ。

 カルエッタは魔法タイプ。

 ランツは接近戦タイプ。

 間違いないだろう。

 シンは目を細める。

 この先、何があるかわからない。二人も最低限の戦力として計算しておくべきだ。

 そう考えて、暗がりの中で目を凝らす。


「これは……道が上に登っている?」


 光明が見えた。

 落ちた位置の深さはある程度把握している。登った先は――

 シンは九死に一生を得た思いだった。

 二人に合わせ、はやる気持ちを抑えて歩く。


「やった。戻った」

「出られたのですか?」

「ええ、落ちたときは驚きましたが、運が良かった」


 シンは熱い息を吐く。

 見慣れた部屋がいくつも並んでいた。脳内のマップとぴたりと一致した。ちょうど『宮殿』の一番奥だ。

 出入口からは遠く、狼型のリデッドが三匹ほど行く手を阻むように鼻を動かして、シン達を警戒していた。

 だが、物の数ではない。


「蹴散らします」


 シンがだらんと両腕を下ろして構えた。

 その時だ――


「なにっ!?」

 

 『宮殿』が揺れた。

 立てないほどの振動が体に伝わり、思わず膝を折って手をついた。耳をつんざくような轟音と、柱がつぎつぎとひしゃげて折れた。

 剥落した巨大な壁がその場に落下してくるのが視界に入った。シンが慌てて二人を抱きかかえて跳ぶ。

 超人的な体力と、体術のスペシャリストとしての敏捷力。

 出口を塞いだがれきの山を見て、どちらかが欠けていたら、と思わずにはいられなかった。


「一体、何が?」


 シンがふと頭上を見上げた。

 巨大な柱が階層を突き破って半ばで止まっていた。『円柱』だ。

 初めてみたそれに、ぞわりと背筋が泡立つ。嫌な予感、感じたことのない異質な臭い。まるで開いてはいけない悪魔の箱が開く瞬間のような――


「――っ」


 『円柱』の底がどろりと溶けだした。ちょうど『宮殿』の最上階あたりだ。

 その脇に、青い空が見えた。差し込む光は現状とは裏腹に優しい。

 シンが拳をぐっと握りしめた。


「危険だが、昇るしかない」

「ここを昇るのですか?」

「それしか外に出る道がなくなった。ついてきてください。細心の注意を払って進みます」


 シンはカルエッタの手を引いて、上を目指した。

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