第16話 名クリエイター
空の旅は快適だ。嫌なことがあっても、つらいことがあっても、晴れやかな気持ちになれる。王国民よりも高い位置を移動する『滑る箱』は特別な気分になれる。
ギルド長をやっていて一番良かった特権かもしれない。
何より、これに乗っている時には『警報』が鳴らない。
もしかしたら《散策》スキルを使用していないのかもしれない。使わなければクリティカルが発動しない。当然のことだ。
そういえば、列車内で『警報』が鳴った試しがない。探索者同士の殴り合いは頻繁にあるが、僕のクリティカルが発生するとそんな生易しい事態では収まらない。
メイナの言うような雷竜が乗ってやってくるというのは大げさにしても、大型の肉食モンスターが群れで列車に襲い掛かるくらいは起こるだろう。
僕はさわやかな風を全身に浴びつつ、やるせなさでため息をついた。
南の駅でのメイナとの会話が蘇る。
「そうか、そうか! リーンがかくまっておったのか」
「いや、かくまってるわけじゃないけど……でも、出会っちゃったのは仕方ないから、ちょっとだけ北で話を聞いてから南か東に送ろうかなって……」
「そうか、そうか! どうも今日のリーンの出会いはぬるいと思っとったら、もう出会っておったとはな!」
絶対にめんどうなことになったと思っていたのだろう。
僕が北と西の境界で二人に出会ったという話をすると、メイナは目を輝かせて誉めまくった。
「さすがリーンじゃ! ギルド長のかがみと言えるの! 率先して、大臣の客を迎えに行っておったとは。なあ、ガンダリアン」
「俺は、マニューが心配だ。もうすぐ王立学校の入学式がある。式の前に大ケガをすればクラスで問題児としていじめられるかもしれん」
「……問題児? お主の娘にケンカを売るやつがいるとは思えん。考えすぎじゃ。マニューとて子供ではない。慣れた森の中なら心配ないじゃろ」
「いや……何かあってからでは遅い。探し人の心配はリーンのおかげで無くなった。俺はマニューのあとを追う」
「心配性じゃの。まあ良いわ。目的の人物は見つかった。好きにせい」
「すまない。リーン、あとを頼む」
マニューが前の駅から森に入ったと聞いてからずっと心配だったのだろう。言葉に元気がないのが、らしくなかった。
ギルド本部にやってきた時はあんなに快活だったのに。
西の副官とは言っても、マニューはまだ子供だから仕方ない。
「ガンダリアン、二人のことは引き受けるよ」
「悪い。また恩は返す。そういえば、しばらくうちに来てなかったな。時間ができたらぜひ寄ってくれ。マニューも会いたがっていた」
「うん、また行かせてもらう。マニューによろしく」
「またな」
ガンダリアンはそう言って風のように駆けていった。
駅の扉が数枚犠牲になったが、軽い被害だ。娘のために彼が本気になれば駅など木っ端みじんだ。
駅の管理費用はたしか騎士団と南ギルドで半々だったはず。
この程度ならキャナミィが喜んで修繕してくれるに違いない。
――あの筋肉人も、少しは加減ができるようになったのかしら。
とか言って。
あと、最近のマニューは会いにいっても、つんとそっぽを向いて喜んでくれないので、会いたがっているというのは社交辞令だろう。《散策》クリティカル避けの『ハッピーチョコレート』でごまかしていたが、とうとう安いお菓子では感心を引けなくなったと思っている。
「さて、心配事も片付いたし。帰って寝るか」
「ちょっと待った!」
両腕を組んで天に向けたメイナが、自然な流れで立ち去ろうとするので、素早く肩に手を置いた。
色の違う瞳が、怪訝そうにゆがむ。
「なんじゃ?」
「あの二人はどうするの?」
「知らんよ。お主が預かると言ったじゃろ」
「僕は、『メイナが足を運んで北ギルドから連れて帰ったらどうだ』って言ったんだ。預かるなんて一言も言ってない」
「お主、ガンダリアンに『二人は引き受ける』と言っておったぞ」
「ガンダリアンを気持ちよく送り出すために決まってるだろ」
「そうなのか?」
「そうなの。だから引き取りに来て」
メイナが片手で僕の手を払いのけた。
真面目そうに考えているが、彼女の顔は見慣れている。何をたくらんでいるのかは知れているのだ。
「あとから行こうかの」
「僕と一緒に『今』来るんだ」
「じゃがのう……この状況を大臣に説明する者がおらん。あやつは気が短い」
押し付けようとしていることは一目瞭然だった。どんな言葉が出てきても切り返してやろうと思っていた僕は、とっさに言葉に詰まる。
にたあっとメイナの口角が上がった。
悪魔か。
「列車の時間は知っておる。首を長くして待っておるはず。引き取りに行く時間がロスになる。なぜ報告しなかったと誹りを受けるかもしれん」
「そんなに時間はかからない……」
「先に一報入れておくのが筋では? 大臣は通信ヘリテージを嫌うからの。それに……お主、二人を危険な目に合わせておらんだろうな?」
「ぐっ――」
メイナがやれやれと肩をすくめた。まずい。彼女に風が吹き始めた。
「二人の口から語られれば、事が大きくなる。わしなら、大臣をなだめられるが?」
「偶然だ……偶然だったんだ……」
「お主が不運なのは知っておるが、当事者と大臣がそれで納得するか? 力ある第三者の言葉はいらんか? なあ、北のギルド長?」
***
ひどい話だ。
だからメイナに関わるとろくなことにならない。
今日中に新しい退職願いをかき上げて、郵送してやる。
――大臣にはうまく言っとくから、近いうちに二人を城に連れていってくれ。どうなるかと心配したが、仕事がつつがなく終わって何よりじゃ。
何が「何より」だ
どこかで絶対に天罰が下るはずだ。
僕の《散策》クリティカルをメイナにプレゼントできないだろうか。どうしようもない運任せの苦労を少しはわかるはずなのに。
「完全に押し付けられた。エリーナやダルスに呆れられるかな。まあ、なるようにしかならないけどさ」
ちょっとした憂鬱は、青空で遊ぶ雲を眺めているうちに消えていった。
そして、ふと見なれた街並みに気づいて視線を下げた。ちょうど僕にとって重要人物の家が見えてきた。
広い家と広い家の間に立つ、深緑色の屋根を持つ三角形の細い家。形成地ではない、すき間の土地に無理やり建てた建物だ。
「ちょっと寄っていくか。今さら慌てても仕方ないし。シンに任せたから大丈夫だろ」
僕は手近な屋根に飛び降り、とんっとんと舞い降りる。この程度なら容易い。
この時間ならさすがに起きているはずだ。
ノックなしに扉を押し開け、中に入る。古い本の香りが漂う雑多な空間だ。
一階に人の気配はない。
少し奥まったところの階段を昇る。建物が貧弱なために、僕の体重でもぎしぎし音が鳴る。
細長い部屋に出た。扉は無い。
「ティト? いるかい?」
「あへ?」
部屋は薄暗かった。僕は窓をあけて雨戸を外す。
日が差し込むと、床に見なれないがらくたがたくさん転がっていた。そして、その中心にある大きなテーブルにつっぷして、青色の髪の少女が視線の定まらない顔を上げた。背格好はちょうどマニューと同じくらいだ。
「へえ? リーンさん?」
「そう、僕だ」
「リーンさん!? あたたたっ――」
彼女は跳ね起き、そして床のガラクタにつまづいてすっころんだ。
「大丈夫かい?」
腕を引っ張り起こす。
そばかすがチャームポイントのティトはぼさぼさの髪をわしゃわしゃかきながら「えへへ、こけました」と笑みを浮かべる。
彼女はこの王都でも珍しい『クリエイター』だ。
廃材専門の市場でガラクタを買って組み合わせて売るという商売をしているが、本職は『宮殿』で見つかる『ヘリテージ』の改造だ。
ヘリテージの中には稀に他と組み合わせることを想定したようなパーツがある。
完成したヘリテージの機能は変えられないが、この追加パーツを接合することで、元々の機能を変化させることができる。
ティトはその追加パーツに希望する機能を組み込む天才だ。
「相変わらず研究の虫って感じかい?」
「恥ずかしながら……えへへ」
「やせたんじゃない?」
「かもしれません。そういえば二日ほど食べてなかったかも」
「『ハッピーチョコレート』なら一つ持ってるよ」
「ほんとですか!? いただきます」
ティトは満面の笑みで僕からチョコレートを受け取った。包み紙を剥がし、前歯でかりっとかけらを噛む。
「うーーーん! あまいーーー!」
「一口じゃないんだ」
「これは無理ですよー。このチョコ甘すぎて、一口ではとてもとても。ミリ単位で食べるのがおいしく食べるコツなんですよ?」
「そうなの?」
「リーンさんも食べてみたら?」
「僕はチョコレートダメなんだ」
「そうでしたっけ? 残念」
ティトは小動物のようにころころと表情を変える。
北ギルドの前で出会った時のことをふと思い出した。当時、暇だなあとくつろいでいた僕は突然の『警報』にびくびくしていた。しかし、いくら待っても何も起こらない。意を決してギルドの前に出ると、彼女が行き倒れていたのだ。
悪いことが圧倒的に多い『警報』の中で、珍しく良い出会いだったと思う。
彼女も親に捨てたられたりと結構悲惨な人生を送っていたが、持ち前のポジティブさがあったので、立ち直りは早かった。
珍しい才能を持っていることも話して初めて知ったのだ。
「そういえば、リーンさん、用事ですか?」
「これと言った用事はないけど、近くを通ったから様子見」
「ほんとですか!? ありがとうございます! いやー、たまにリーンさんが来てくれないとほんとに死んでるかもしれません……えへへ」
「北ギルドに来るのはダメかい? 部屋はあるよ? まあ、何度も聞いてるけど」
「……ごめんなさい。私、人付き合い苦手なので」
「うーん、ティトが来てくれると色々楽なんだけどな」
「ほんと、ごめんなさい」
ティトが勢いよく頭を下げた。そしてにへらと笑った。
本当はマニューと同じく王立学校に入れたらいいのだが、ティトは嫌がるし、特異な才能がある彼女は、ヘリテージを眺める時間の方がずっと楽しいという。
ただ、生活力が無いので、こうやってたびたび勧誘しているが気を遣っているのか良い返事はもらえない。
「リーンさん、来てくれたお礼にヘリテージ見ますよ!」
「別に異常はないよ?」
「ぶーです。メンテナンスは大事です」
「そうかい? それなら――」
僕は作業着のボタンを外した。首にかかっている首輪型ヘリテージのロックを外し、お預けをくらったようなティトの両手の上に載せる。
「最近は安定してます?」
「おかげさまでね」
「良かった。ちょっとだけ待ってくださいね」
ティトはそう言って、首輪を真っ二つに割った。
僕のヘリテージの名は『追加する暴力(アド・ヴァイオレンス)』。同じ魔法を瞬時に連発できる道具だ。
どんな大魔法でも瞬時に連発できるので価値は高いが、魔力をその分使用する点は同じなので、元D級の僕には使い勝手が悪い。
下手をすれば魔力切れで死ぬことになる。
メイナのような大魔法使いが持つことで、初めて本当の効果を発揮するヘリテージなのだ。
けれど、僕がこれを手放さない理由がある。
あるのと無いのでは生存率がまったく違うのだ。
ティトが左半分を特殊な魔道具で眺める。
「本体は大丈夫そうですね」
そう言って、右半分――追加機能を与えるパーツ――を持ち上げて両手を広げる。ふわりとヘリテージが浮いた。
ティトのレアスキル《解読》である。複雑奇怪な文字と、紋様が不規則に並んだ絵が空中に浮かび上がった。
『クリエイター』のみが理解できる暗号のようなものらしい。
僕が見てもさっぱりわからない代物だ。
「うん、特に問題なさそうです」
「良かった」
「ただ、魔力の消費を抑える機能で本当にいいんですか? どうやっても三割程度の削減ですから、それよりは魔法の威力を高めた方がいいんじゃないですか?」
「必要ないよ。威力に興味は無いから」
僕の魔法は呪いのようなクリティカルによって極限まで威力が上昇する。
元々弱い僕が少し魔法の威力を強めた程度で倒せる敵は少ない。ギルド長が前に立つ敵とはそういうものだ。
だからこそ――
「早く退職……せめて降格」
「何か言いました?」
「いや……」
ティトが手慣れた手つきで、本体と追加パーツをかちっとはめた。
僕が受け取り首にはめる。
「パーツに余裕があるので、《錯乱》とか、《生気喰らい》とか重たい効果も入れられるんですけどね」
「……いらないかな」
僕は内心で引きながら笑みを浮かべた。ティトの研究熱はキャナミィに近いところがある。とりあえず実験しないと気がすまない錬金術師と、ヘリテージの効果を一部改変できるクリエイター。もし出会えば未曽有の大惨事が起こりそうだ。
「また来るよ。もし、ここに住めなくなったらいつでも歓迎するから」
「最近は旦那さんにイライラする奥さんに受けるガラクタ品を作って一儲けしたので、まだ大丈夫です」
「そっか……じゃあまた」
「はい」
ひらひらと手を振るティトに軽く片手を上げて、階段を降りた。
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