第14話 さまよえる蒼い弾丸

「やはり足跡がここで切れてますね」

「折れた剣が落ちてましたよ。珍しい色の刀身だけ発見。柄は見つからず」


 森の中を範囲を広げての捜索。追われていた二人は、ここでモンスターに追われていたらしい。木にキンググリズリーと思われる爪痕が残っていた。


「こんな場所にキンググリズリー? ハヅヤ、生息地はこの山の向こう側じゃなかったか?」

「私もそう記憶しています。少なくとも西と北の境界にキンググリズリーはいなかったはずです」

「だよね。谷を通って上がってきた?」


 マニューの言葉に、全員が黙り込んだ。

 はぐれ個体と考えればいいが、山奥でキンググリズリーと偶然出くわすとは運が悪いとしか言えない。

 針のように逆立つ暗い紫色の体毛と瞳孔のない青い目。あのモンスターはC級指定だ。耐久力が高く、動きもそこそこ素早いが、特殊な攻撃をしないので初心者は甘く見る。そうして返り討ちにあった例は多い。

 マニューは小さく唸って腕を組む。

 片眉をあげ、落ちた石橋を一瞥してから森を見回す。部下から届けられた珍しい群青色の刀身の落とし物と、大木についた爪痕。そして、橋の手前で北エリアに向かってひときわ強く土を蹴った足跡。

 ゆっくりと、その時の光景が思い浮かんで流れていく。

 道に迷った二人組は、最初は追ってくるキンググリズリーに抵抗した。しかし、力及ばず逃げることになり、この場に到着した。

 少し前に西ギルドが急ぎで補修した石橋を見て、起こり得るリスクを想像し、足を止めた。

 だが、逃げる以外に選択肢はない。

 二人は全力で駆けだした。


「うん、やっぱり何か一つ足りない」


 マニューの言葉に、ハヅヤが首を傾げた。

 だが、そんなことに気づかない彼女は、確信めいた笑みを浮かべる。

 ――どうして石橋が落ちるのか。

 キンググリズリーは巨体ではない。二人組がモンスターより重かったとも思えない。ただ駆け抜けるだけで、橋が落ちるとはさすがに思えない。

 二人組が橋を落とした可能性はある。でも、キンググリズリーを撃退できない時点で、短時間での破壊は無理だろう。

 となると――


「ここに、もう一人いたはず」

「……誰がですか?」

「運の悪い、橋を落としたやつ」


 橋は半ばまで落ちている。二人が走り抜けたあと、そこを狙って攻撃した者がいる。

 複雑な状況、人の立ち入らない場所。絶対にリーン=ナーグマンだ。

 北エリア側から、疲れた顔でとぼとぼ歩く姿が目に見えてきた。きっと、お得意の低級高威力魔法を使ったのだ。

 あの男は、こういう場面に出くわす回数が異常に多い。マニューが勝手に、『歩く災害』と呼んでいるほどだ。

 彼女も何度か巻き込まれた経験がある。その度に「大丈夫? まだ子供なんだから無理はダメだよ」なんて心配するのだ。

 ――巻き込んだのはリーンでしょ。私はもう子供じゃない。

 毎回そう反論しようとする前に、「無事で良かった。僕にはあまり近づかない方がいい……だからそろそろ襲撃はやめてくれるかい?」と頭を撫でられて何も言えずに終わる。

 その繰り返しだ。

 ふつふつと苛立ちが湧きあがってきて、慌てて頭を振った。今はそんなことを思い出している場合じゃない。


「リーンに間違いない」

「北のギルド長がここに? 考えすぎでは?」


 ハヅヤは疑ったが、マニューはもう確信していた。

 そして、この場にリーンがいたのなら、行方不明の二人は北ギルドにいることになる。

 リーンが助けを求める人間を無視するとは思えない。

 だから、これ以上この場を探しても無駄だ。


「状況はわかった。谷に探しに出したメンバーが戻ったら、撤収しましょう」

「良いのですか?」

「北ギルドに話を聞いた方がいい。たぶん……当たってると思う」

「わかりました。鋭い副官がそう言うならそうなのでしょう。ただ、ギルド長にはどう伝えますか? まだ南の駅で待っておられる可能性もありますが」

「……誰か一人、送りましょう。二人が森に来た痕跡は掴んだから、私が北ギルドに行って話を聞いてくると――」

「その程度なら私が聞いてきますが?」

「……いえ、大事なことだから……私が行く。西ギルドの沽券にかかわるから」

「部下は?」

「必要ない」

「副官お一人で、リーン殿とうまく話ができますか?」

「私を何だと思ってるわけ?」

「いつもいつも、最後は襲撃になるので、心配したまでですが」

「……今日は大丈夫。チョコレートひと箱持っていくから」

「そうですか……ケンカにならないようご注意ください。目的は探し人が北ギルドにいるかの確認なので」

「もう! わかってるって!」


 ハヅヤがこれ見よがしにため息をつき、もう何も言いませんとばかりにため息をついた。

 これだから、ハヅヤは苦手なのだ。リーンに似た顔立ちで小言を言われると、自分が子ども扱いされているように感じてむかっ腹が立ってくる。

 勉強はちょっぴり苦手だが、戦闘は西ギルドでギルド長に次いで何番目かに強い。

 もう十分大人なのだ。


「副官、どうやら戻ってきましたよ」


 考えふけっていると、谷の微妙な凸凹を蹴って上がってくる音がし始めた。先に気づいたハヅヤが崖っぷちから下を覗く。

 すると、なぜか顔が厳しく変化した。


「どうしたの? 全員戻ってきてる?」

「三人全員おりますが……お土産が引っ付いているようです。しかし……あれは……」


 いつも飄々と話すハヅヤの言葉が途切れ途切れに響いた。不穏な気配を感じ、マニューが素早く移動して覗き込む。他の面々も続いた。

 マニューは思わず顔をしかめた。

 崖を飛んで上がってくる影は四つ。

 三つは部下だ。そして、もう一つは――


「キンググリズリー?」

「格好を見る限りそれでしょうね。体は紫……ただ、目が異様に輝いている。それに首に――」

「黒い靄?」


 キンググリズリーの太い首に、何かいびつな影がまとわりついていた。谷をかけ上がってくるので、はっきり見えないが、輝くような青色の目と機敏すぎる動きが、普通のモンスターではないことを示している。

 先に駆ける三人の部下はキンググリズリーの動きを警戒しながら、距離を取るようにバラバラに上がってくる。


「何かあったのね」

「あの三人ならグリズリー程度、どうとでもできるはずですから――」

「ここに戻ってくるってことは……警戒ね」

「おっしゃる通りです」


 マニューが気を引き締めたと同時に、視線を上げた部下の一人と目が合った。胸の前で素早いハンドシグナルが作られる。

 拳を当てて、そのまま一本指を立てた――「異常あり」だ。


「全員、戦闘準備」


 マニューたちは落ち着いた動作で崖から距離を取った。

 崖に向けて遠距離魔法を放つこともできるが、味方を万が一巻き込む可能性もある。

 それに、まだ部下三名にけが人はいない。キンググリズリーに捕まるとも思えない。

 おそらく足場の悪い谷底で戦うよりも、ここまで連れてきた方が良いと考えているはずだ。


「散開して、囲んで攻撃する。敵は変わったグリズリー」


 マニューは短く指示を出し、背中のホルスターから武器型ヘリテージ『小銃』を取りだす。とある『宮殿』で数多く見つかる『小銃』は珍しいものではなく、最近では武器屋のどの店でも買える。

 魔力を属性に変換せず、そのまま魔弾と呼ばれる塊でぶつけるヘリテージだ。

 属性魔法を放つ場合、普通は使用した魔力の一部がロスするため、百の魔力でも八十の威力しかないということが起こり得る。

 けれど、『小銃』はその属性変換時のロスを限りなくゼロに近づけるため、使用した魔力がそのまま活かされる。

 小難しい理屈も、魔法スキルなしに中距離攻撃ができるため、東西南北のどのエリアでも一気に広まった便利グッズだ。

 ちなみに、ギルドマスターのメイナ=ローエンはこの『小銃』をひどく嫌っている。彼女ほどの魔法使いになると、魔力の塊を飛ばすだけの道具に面白みがないからだ。


「C級程度なら、数で行けるでしょ」

「おっしゃる通りです」

 

 キンググリズリーが多少強くなったところで、このメンバーで『小銃』を撃てば数秒で終わるだろう。

 首に巻き付いていた黒い靄がもし暴れようと、魔弾の嵐でせん滅すれば終わりだ。

 さっさと片づけて、北ギルドに行こう――

 そう考えていたマニューの前に、三人の部下が戻った。短く指示を飛ばす。


「輪に加わりなさい!」

「了解!」


 威勢の良い返事とともに、あらかじめ開けていた場所に素早く移動して、『小銃』を構える。


「敵はキンググリズリー?」

「キンググリズリーと、リデッドです」

「リデッド?」

「首にゴーストタイプが巻き付いています。近くに小さな『宮殿』がありました」


 部下は早口で言い切った。

 近くに小さな『宮殿』がある――

 この周辺には一つもなかったはずのものだ。


「はぐれリデッド、ってこと?」

「おそらく。まだ『宮殿』内が安定していないので外に出てきたと思われます。モンスターに憑依し、知恵を与えるタイプと見ています。わずかですが、グリズリーの言葉が聞き取れました。イー……なんとかと叫んでおりました」


 想像以上の報告だった。

 三人の顔には緊張感が浮かんでいる。

 C級のキンググリズリーに知恵を与えるリデッドが張りつき、強さも増したということか。

 しかも、新しい『宮殿』の発生。

 一気に大事になってきた。谷底の先にある『宮殿』となると、西か北ギルドのどちらかが調査に出向くことになる。

 両方ともエリア内に『宮殿』が少ない。もしかしたら、西ギルドの起爆剤になりえるかもしれない。


「喜んでいいのかな」

「先の話は目の前の事態を終えてからですね」

「……うるさいなあ」

「来ますよ」


 ハヅヤが抑揚のない声で言い終えると同時に、大きなモンスターが谷から跳んできた。

 重量のある体躯が、ずんっと低温を響かせて着地する。

 囲んでいた職員が息を呑んだ。

 マニューとて例外ではなかった。

 ――通常のキンググリズリーより一回り以上大きい。

 紫色の体毛と青い目は同じなのに、体が異常に巨大化している。鋭利な爪の先がねじ曲がっていて鉤爪のようになっている。

 そして、全身には崖で長時間転げまわったような切り傷が無数に存在する。頭、顔、唇、肩、胸、膝――そこだけは体毛が剥がれているだけに、首に何かの布を巻いた歴戦の猛者のような見た目であった。

 全員があっけにとられた一瞬をついて、巨熊が四足を使って走り出した。まるで小岩が転がってくるようだ。

 その狙いは――


「え?」


 事務職のハヅヤだった。

 口内が見えた。鋭い牙。怒れるキンググリズリーが吠えた。

 リデッドに憑依されたせいだろう。頭で荒れ狂う思考を、人間の言葉として外に発した。


「リーーーン! コロスウゥゥッッ!」


 マニューはぽかんと口を開けた。

 言葉は聞き取れたのに意味がわからなかった。

 ――このクマは何を言ってるの?


「――っ!? 私を、リーン殿と!?」


 ハヅヤが顔を青ざめさせて逃げだした。

 マニューの中に今日一番の感情が込み上げてきた。それは――怒り。

 考えがまとまらない。理由もよくわからない。

 でも、彼女はとりあえず怒鳴った。


「間違えるな! そいつはリーンじゃないんだから! 似てるのは顔だけ!」

「リーーーンっ! コロスゥゥ、ウラミハラスゥゥ」

「だから違うって――」


 マニューが前方に跳躍して、狙いを定めた。

 そして、怒りを込めて蹴りを浴びせた。


「――言ってるだろ、バカくま!」

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