第12話 回りまわってサバイバー

 王都ストラドスには東西南北に四つのゲートがある。

 ゲートの管理は騎士団の仕事だが、南と東はそれに加えて駅の管理と言う仕事がある。

 僕が使ったようなせいぜい三人掛けの『滑る箱』とは違い、駅にある列車は大きなそれに人や荷物を載せる箱型の建物を作って動かしている。

 動く土地に家が乗っている、と言えばわかりやすいだろうか。

 地面から膝丈ほどの高さを浮いて進み、凹凸の衝撃を吸収するので、馬車などに比べれば乗り心地はとても良いが、動かす為に大量の魔力を使用するので、一日当たりに動く回数は少ない。

 アーチ形の幅広の入り口をくぐる際に、危険物の持ち込みを確認された。

 この辺はギルド長であっても同じなのだ。


「この、短剣は?」

「普通の短剣です」

「……ふむ、確かに」


 厳めしい顔の検査官が僕の短剣を抜いて、目を皿のようにして刃を眺める。

 本当に何の変哲もない短剣だが、この検査が彼らの仕事なので仕方ない。


「よし、進め」


 ギルド長は王都に四人しかいないのに、僕の顔は覚えられていない。

 三人のギルド長と違って地味だし、駅に来ることがそもそもない。なので、ここを検査なしに通過できた試しがない。

 短い階段を登って駅の乗車所へ進む。広大な灰色のスペース。休憩場所や案内人、ついでに出店している商店も多い。

 大きな物資はもちろん、他都市から視察に訪れる団体を一度に受け入れられるようにと、王国が建築に力を入れたと聞いたことがある。

 南と東に二つある同じ形の駅だが、出店の傾向は少し違う。出店の管理は各エリアのギルド長が許可を出すからだ。

 探索者のまとめ役をこなしつつ、商売の知識まで必要とされるなんて、きっと大変だろう。

 久しぶりだなあ、と思いつつ視線を巡らせる。

 南は、相変わらず洒落た店が多い。キャナミィの考え方だろう。お酒を飲める店や食べ物の店、衣服やお土産まで、もてなしを重視している。

 それに対して東は、駅に到着して最初に目に入るのが武器屋だ。ここに来たからには、探索者を目指すのだろ、という考えが見える。

 ふと、左奥の出入り口から反対の角が目に入った。

 広い空間の駅に必ず存在する『目印棒』。空に浮かぶ金色の棒は、長さが三メートルほどと大きい。

 『滑る箱』が動く際に道しるべとなるものだ。

 なんてことのない棒だが、れっきとしたヘリテージである。しかも価値が計り知れないレアなものだ。

 あの棒を破壊されれば、『滑る箱』は目標を見失って動かなくなるらしい。ちなみに、簡単に壊せそうだが、『目印棒』はとある理由から頑丈だ。

 駅の存続のために絶対必要なので、いつもは騎士団の精鋭が必ず五人で守っているのだが――


「休みってことはないよね……」


 騎士団が駅の配属を減らしてまで護衛を減らすとは思えない。

 何かあったのか。

 僕は奥に進んだ。

 乗り場が目と鼻の先に見えてきた。なにか静かだな、と思ったら、人がいない。日頃の混雑が嘘のようだ。

 メイナたちはどこにいるのだろう。

 出入り口からここまでは一直線だ。出会わないはずがない。


「控室かな?」


 駅には交代で騎士団が詰めている。乗客の中には揉め事を起こす探索者もいるので、頻繁に制圧事件が起こる。

 王都の騎士団の力が探索者よりも強いことを示す良い機会だと考える団員もいるそうだ。

 僕なんかは、景色の移り変わりが楽しいので、乗車中はずっと外を眺めている人間だが、他都市から来た血の気の多い探索者たちは、なぜか目が合っただけで、殴り合いになることがある。

「お前、どこの出だ?」とか「目つきわりぃな、お前?」なんて、言葉の中に「お前」というワードが混じったら、戦闘開始の合図だ。

 彼らはプライドにかけて相手をへこませようとするので、広くない列車内で無遠慮に魔法まで使う困り者だ。

 今までに何度か同車していた職員に「加勢願えますか?」と頼まれたことがあるが、幸い参戦まで至ったことはない。

「今日は、非番だからね」「騎士団の見せ場を奪うのは」と、のらりくらり逃げているうちに、騎士団が収めてくれるのだ。

 争いは良くない。僕がやるともっと大惨事になる可能性がある。

 仮に格好つけて動き回って『警報』が鳴ろうものなら、目も当てられない。


「……メイナ、いるかい?」


 よく知る控室の扉を押し開けて中を覗いた。

 背の低いピンク色の髪の少女がいた。


「こんなところにいたんだ」

「リーンか、よう来たの」

「……どうしたの? 何かあった?」


 メイナの表情はさえなかった。ひどくめんどくさそうに見えた。隣に立つ『巨人』ガンダリアンも腕組みしている。

 騎士団も数多い。彼らも一様に押し黙っていた。

 メイナが人の輪の中心で僕を見た。


「今日は、お偉いさんを迎えに来たのじゃ」

「お偉いさん? 誰?」

「わしも知らんが、外務大臣から急遽頼まれての。本当は大臣と第二騎士団長が行くはずの予定が、急用となって――なぜかわしが選ばれた」

「メイナが?」

「必ず護衛をつけてほしい、と大臣から散々念を押されたから何かあってはならんと思って、リーンとガンダリアンに声をかけた」

「……すごいチョイスだね」


 メイナとガンダリアンと僕って――言いたくはないけど、トラブルメーカーばかりだ。

 それにメイナに護衛なんて必要ない。彼女一人で対応できない敵なんて想像できない。


「わしはてっきり、雷竜でもやってくるのかと思っておったのだが、どうやらそうではないらしい。の?」


 メイナの鋭い視線に、騎士団の一人が「はっ!」と威勢の良い声を上げた。

 駅に配属された団員だろう。ガンダリアンの太い鼻息が漏れた。

 生真面目に返事をした団員に倣って、僕もあごに手を当てて「なるほど」と頷く。

 だが――お偉いさんで雷竜はないだろ。あれが列車に乗って大人しく王都にやってくる絵は想像できない。乳母車じゃないんだから。


「来る前からどうにも嫌な予感がしての……何かあった時のために、リーンを呼んだのじゃが……お主、ここまでどうじゃった?」

「どうって言われても。最悪だったよ。いつも通り」


 第六騎士団と訓練し、《回避》で足首をケガをして、冷や汗を流してブタを呼んで、クリムゾンホークに絡まれた。

 うん、何言ってるかわからない。

 そして、久しぶりに南ギルドでキャナミィの得意技を体で受け止めてきた。


「誰かと話をしたか?」

「したよ。騎士団とかキャナミィとか――」

「違う。初めて会う者じゃ」

「初めて? すれ違ったとかじゃなくて?」


 メイナが首を縦に振った。僕は考えてみたが、思い当たらない。知り合い以外と会話した記憶はない。

 ガンダリアンが野太い声で言う。


「すれ違ったか」

「そうとしか考えられんが……ガンダリアン、お主の副官はまだ戻らんのか?」

「まだだ。追加で団員を派遣してもらったが……」

「ふーむ……」

「ちょっと、二人とも、僕にも話を教えてくれよ」


 まったく話についていけない僕は、ため息交じりで二人に近づいた。

 メイナが顔を上げる。色の違う瞳と目が合った。


「大臣の客は、少し前に到着する列車に乗っとるはずじゃった。しかし、着いて降りてきた客の中にはおらんかった」


 ガンダリアンが後を引き継ぐ。


「うちのマニューが慌ててな。もしかして降りる駅を間違ったのかと、前の駅まで迎えに行った。だが、いつまで待っても帰ってこない。さすがに俺が行こうかどうかと話していたんだ」

「ふーむ……トラブルを引き寄せるリーンがここにいる以上、向こうから来るとは思うがの」

「そうだな」

「…………おい」


 ひどいやつらだ。僕は戦力じゃなくトラブル寄せか? だからメイナの依頼は嫌なのだ。

 と、そんな時だ。

 控室の外に大きな足音が響いた。勢いそのままに、一人の団員が駆けこんだ。よほど急いだのだろう。髪がぐしゃぐしゃだ。

 彼は、即座に報告しようとしたのか口を開きかけたが、先に班長っぽい団員に視線を送る。

 ギルドと騎士団は仲が良い方だが、メイナは上司ではない。最優先で報告する相手は誰か。それを守ったのだろう。

 班長の「聞かせろ」という一言に団員が頷いた。


「西ギルドの副官殿は、前の駅で背格好の似た人物が降りたとの目撃証言を聞き、山に捜索に向かうとのことです」

「まじか!?」


 ガンダリアンが大きく目を見開いた。

 メイナも予想外とばかりに驚いている。


「目撃証言というのは本当か? なぜ王都で降りずに、前の駅で降りる?」

「理由は不明ですが、人相や髪の色を伝えて調べたところ、確かにその人物が森に入っていったとの報告が職員から得られました」

「そうなると、マニューだけには任せておれんな。南駅のさらに南から目の前の森……西エリアに来るな。よし、俺も西エリアから先回りしよう」


 ガンダリアンが胸を叩いて、部屋を出ようとした。

 しかし、団員の一言で足を止めた。


「それが……どうも、列車はさらに前のものだそうです」

「なに?」


 メイナが肩を落としてだらりと腕を下げる。そのまま天井を仰ぎ見た。


「つまり、大臣の情報が誤っておったと……乗ってる列車すら違うのでは会うものも会えんのは道理」

「そうなります……」

「マニューはそれを知って追っておるのか?」

「いえ……副官殿は、非常に慌てておられたので……何かあれば西ギルドの沽券にかかわるとおっしゃり、補佐官と数名を連れて強行したようです」

「なんてこった……」


 ガンダリアンが難しい顔で目を閉じた。

 マニューは西ギルド長の副官であり、ガンダリアンの実の娘だ。まだ幼いが、父親譲りの才能を持った彼女は強い。

 しかし、あわてんぼうなので、時に考えなしに行動をとってしまうのがたまに傷だ。

 大臣から指定された列車の一本前に乗っていたうえに、降りる駅も違う。

 確かに、どうやっても会えるはずがない。

 メイナが憤りを隠さずに言う。


「すべては、誤情報を伝えたあほうの大臣のせいじゃ。しかし……それはそうとして、探し人が行方不明なのはまずいの。大臣の得意客ということは、結構なお偉いさんじゃ。ギルドとしては根も葉もない悪評が流れるのは歓迎できん」

「とりあえず、マニューも心配だ。俺はあとを追う。森で音を立てれば、そのうち見つかるだろう」

「木を殴り倒していくのか?」

「加減はする」

「やれやれ。なら、わしが付き合おう。ガンダリアンよりは探すのはうまい。どうせ用事もないしの」

「メイナは魔法で吹き飛ばすだけだから、俺と変わらん」

「お主と一緒にするな。いくらでも範囲は調整できる」


 メイナはにっこり笑って、ガンダリアンの太い足をぺしっと叩いた。

 空気を壊さないよう、僕もにっこり笑う。そして、タイミングを見計らって言った。


「よくわからないけど、もう僕はいいよね? 二人もいればいらないよね?」


 メイナが笑みを貼りつけたまま、首を回す。怖い。


「あほう、お主も来るんじゃ。人探しは得意じゃろ?」

「得意じゃないけど」

「お主がおれば歩いておるだけで、出会えるかもしれん」

「僕を鈴か何かと勘違いしてない?」

「つべこべ言わんといくぞ」

「えぇ……ギルドの悪評なんて今さらでしょ。マニューは強いから森の中でどうこうならないだろうし、メイナっていう王都の最高戦力までいるんだから。だいたい、大臣の客って誰? どこの国の人?」

「知らん」


 メイナが決まり悪そうに唇を尖らした。

 この顔は、ちょっとだけ後ろめたさのある時だ。

 聞いたような気がするけど覚えていない、とかだな。


「しかし、特徴は知っておる。というか、そこの班長から聞いた……」

「へえ……特徴も知らずにお偉いさんと会うつもりだったんだ」

「うるさいの……紺色の髪の女と、同じ色の髪で背の低い子供だそうじゃ」

「それ、特徴って言わないよ。紺色の髪は珍しい方だけど――ん?」

「……どうした? リーン?」


 待てよ。

 紺色の髪の二人組? どこかで会った。というか、朝に会ったな。

 いや、まさかそんなはずがない。

 ラズベリーの収穫と畑の手入れに向かったら『警報』が偶然鳴って、たまたまキンググリズリーに追われていたから、助けた。

 そうだ。偶然だ。南エリアから西を通って北エリアの境目は、地理的には――


「あり得るな……」

「そうじゃ! あほ大臣が言っておった名前を思い出した! カルエッタ! なんで忘れておったんじゃ、わしは」

「……そ、そう」


 ガンダリアンが太い首を傾げた。


「どうした、リーン、顔が青いぞ?」

「大丈夫……大丈夫だ……ガンダリアン。本当に偶然なんだよ」

「何が?」


 メイナがよくやったとばかりに満足そうに口端を上げる。


「名前を思い出してちょっぴりすっきりした気分だの。さて……行くか二人とも。久しぶりに全部吹っ飛ばしてやろうかの」

「おう」


 戦意に満ちた二人が歩き出し、騎士団の誰かが「無事で見つかればいいが」と声を漏らしたところで、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、片手を上げた。

 吹き飛ばされるのは僕じゃないだろうか。いや、これは誉めるところだ。

 そうだ、そうだ。


「みんな、待ってほしい……僕に……提案がある」


 誓って言うが、わざとではない。だいたい気づけるはずがなかったんだ。

 マニュー、ごめん。いくら探しても森にはいないんだよ。

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