第8話 クリティカルは止まない

「みなも見ての通りだ。これがギルド長の力だ。四人いるギルド長はそれぞれ戦い方が違うが、千のスキルを――」


 僕の耳が聞き取れたのはそこまでだった。

 今にも吐きそうなのだ。昼食をとっていなかったのが幸いだった。

 ついでに、耳鳴りと頭痛はするわ、急激なサイドステップを強制された足首が痛むわで、体のコンディションは最低だ。


「北のギルド長リーン=ナーグマンに拍手を!」


 ガレックの言葉とともに、割れんばかりの拍手喝さいが訓練場に響いた。こっちが申し訳ないことをしたバルマンもなぜか満足げに頷き、頭を下げた。

 頭を下げたいのは僕の方だが、今は吐きそうなのでにこやかに手を振っておいた。

 ――さあ、帰るか。

 よくわからないが、丸く収まったようだ。

 メイナの「うまくやれ」も無事こなせた。

 騎士団は熱気に包まれているし、ガレックも嬉しそうだ。予想しなかった《回避》クリティカルが役に立ったようだ。

 僕の気分は最悪だが。

 いや、待てよ。このあと本当の仕事が待っているんだった。

 メイナが相手だけに、さぼることもできないし悲惨だ。

 どこかの喫茶店で口をさっぱりさせてから向かうか。それくらいなら許されるだろう……ぎりぎり。


「バルマンも満足しただろう?」

「もちろんです、団長。さすがは北のギルド長だ。予想をはるかに超えていました」


 僕の知らないところで、バルマンの評価も上々だ。

 昼間なので、このまま打ち上げに行こうという流れでもないはず。

では撤退を――


「他に、リーンの力を見たい者はいるか? できれば全員が試せるような提案が望ましいが」


 ガレックの不穏な言葉が聞こえて、僕は勢いよく首を回した。

収まりかけていた胃が、またむかむかしてきた。


「ガレック?」


 小声で抗議したが、彼の耳には届かなかったらしい。

 騎士団の面々も聞こえなかったらしい。

 代わりに、三本の腕が上がった。挙手でしょうか。

 ガレックが嬉しそうに口角を上げて、その中の一人を指さした。


「では、次はヴァイにしよう」

「リーンさんが得意な《召喚》を見せていただきたいです!」

「俺も! ダルスさんが『リーンの召喚は山を呼ぶ』って言ってました」

「私も、私も!」


 ヴァイと呼ばれた幼さを残した団員に続き、近くにいた似た年齢の男性二人も手を上げた。

 そして、僕は心の中で目を吊り上げてダルスを叱っていた。

 ――いいかい? 山なんて呼んだら王都が崩壊するからね。僕を持ち上げるのはほどほどにしてね?

 ――はあ? 俺がリーンを持ち上げると思ってんのか? 俺より強いからってうぬぼれんなよ。

 言いそうなセリフが返ってきて、僕は苦笑いだ。

 本当にダルスはひねくれものだ。

 などと、現実逃避していたが、その間にもテンションの高い騎士団の話はまとまっていく。


「山はさすがに無理だろうが、リーンの召喚モンスターを見せてもらうくらいはいいかもしれないな」

「タイラントスネークでしょうか?」

「待て、ヴァイ、あれはC級のモンスターで、この近辺にはいないだろうが」

「あっ、そっか……でも、リーンさんなら他国も行ったことがあるのでは?」

「勝手に他国のモンスターを《召喚》するのはまずいだろ」


 僕はぼんやりと上空を見上げた。鳥がのんびり旋回している。

 乗せていってくれないだろうか。


「よし、では次は《召喚》にしよう。もちろんモンスターの種類はリーンに任せるが、異議はないな?」

「もちろんです、団長!」


 異議ありですよ。

 僕の評判って第六騎士団の中でどうなってるのやら。もう取り返しがつかないレベルまで話が飛躍している気がする。

 真剣にダルスの古巣帰りを止めないといけない。

 《召喚》のスキルは持っている。

 モンスターを呼び出すのは不可能じゃない。でも、タイラントスネークだと? 無理無理無理。僕はE級しか呼び出せない。

 そもそも、契約しているモンスターが二種類しかいないのだ。

 選べるのはAかBか。

 ガレックの笑顔がざくざくと心を切り刻み、バルマンの尊敬のまなざしが痛くて乾いた笑い声をあげた。


「では、リーン、頼む。できれば、こいつらと戦えるようなモンスターを三匹ほどだとありがたい」


 ガレックがそう言って、後ろに下がっていく。

 団員も当然とばかりに僕から離れていく。その距離は三十メートルほどあるだろうか。

 どれだけ大きなモンスターを呼ぶと思っているんだ。

 もう逃げ出すという選択肢は無いらしい。

 僕は円を描くように立つ騎士団の顔を見回した。こうなった以上は仕方ない。

 でも、最初に断っておくが――

 期待外れだったらごめん!



 ***



 鬼が出るか、蛇が出るか。

 どっちもだめだけど――とにかく出るな!


「《召喚》」


 淡い緑色の奇怪な魔法陣が現れた。人間が立って入れるほどの小さめの円だ。

 それを見て、ほっと安堵の息を吐いた。

 僕のクリティカル体質は呪いである。どんなスキルでも、クリティカルは発動する。もちろん発動率は全然違うが、止めることはできない。

 未だかつて《召喚》クリティカルが発生したことはない。

 だが、もし発動したらどうなるのか。考えることすら恐ろしい。


「《召喚》」


 二回目の召喚だ。

 また小さな緑色の魔法陣だ。良かった。

 向こうで見ている騎士団たちはぽかんと口を開けているが、そんなことはどうでもいい。驚きより安全が最優先なのだ。


「《召喚》」


 三回目の召喚。

 吐き気を忘れるほどの緊張感。一定時間に使用回数を重ねるほど、クリティカルが発動しやすくなる。

 やった――緑色の魔法陣だ。

 頭の中に、いつもの声は聞こえない。

 僕は満面の笑みを並んだ面々に向けて言った。


「終わったよ。注文通り、三匹揃えた」


 ひざ下サイズの真っ黒な『ツノブタ』が、「ブルルッ」と小さな体を震わせて、魔法陣から歩き出した。

 完璧だ。事故なくツノブタの召喚に成功した。それも三匹も。過去最高数である。

 親指ほどの二本の角が額に立派にはえている。

 騎士団の相手は難しいだろうけど、大事故につながるよりマシだ。


「さあ、どうぞ」


 戦意満々のツノブタが、一歩一歩と騎士団に近づいていく。

 それに対し、ヴァイが困り顔でガレックに視線を向けた。ヴァイに続いていた二人の団員も同じく困惑している。

 ガレックは腕組みをしてしばらくブタをにらみつけると、声を張り上げた。


「お前たちはさっき何を見た? 見かけに騙されるな。そのツノブタを召喚したのは誰だ!?」


 ヴァイたちの顔がみるみる引き締まる。はっと気づいたような顔で、腰の剣に手をかけた。緊張感が走り、すり足で前に出た。

 対するブタは悠々と歩を進める。無人の大地を我が物顔で歩く強大なモンスターのように。

 まあ、E級モンスターなのだが。

 鼻と耳がきくという特徴以外には、何も変わったところのないただの雑魚モンスターだ。申し訳ないけど。

 でも、タイラントスネークやら、デッドリースパイダーみたいなレアが出てくるよりはいいだろう。

 誰もケガをしないしね。


「はぁぁぁぁぁぁっ!」


 ヴァイが意を決して走りだした。

 他の二人も、目標とするツノブタめがけて勇ましい声をあげた。

 今まで敵は格下だと勘違いしていたブタが三匹、あっさり尻尾をまいた。「ブヒィッツ」と悲鳴をあげて、ばらばらな方向に走って逃げだした。


「なにっ!?」


 驚いたのは騎士団だ。

 どう見てもツノブタが逃げたのだが、ガレックの言葉があったせいで、目の前の光景をすぐに信じられないのだろう。

 誰もがあっけにとられたまま数秒が経過し、この場をどう切り抜けようかと、僕の胃がねじれてしまいそうになったころ、聞きなれた音が頭に鳴り響いた。


 ――《散策》クリティカルが発生しました。

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