第7話 ミエナイチカラ
結論を言えば、散々だった。
バルマンは速かった。間合いを詰めるスピードも、剣を振る速度も、第六騎士団でトップクラスの実力者は、簡単に僕を追い詰めた。
これでも元D級探索者だ。
ダルスやシンに訓練してもらっているし、目は慣れている。
決して見えないわけじゃない。
でも、体が間に合わない。
力と速度の乗ったバルマンの剣を受け止めるには、僕の力は足りなかった。
攻撃を遮断する
「いやー、まいったよ」
困惑するバルマンの気配がした。
見物していた騎士団のどこからか、「わざとか」という疑問の声があがった。
――わざとじゃないんだ。
バルマンには申し訳ないことをした。どんな強者だろうとわくわくしていたかもしれない。訓練の成果を試せる相手だと、胸を借りるつもりだったかもしれない。
けれど、これが北のギルド長の本当の姿なのだ。
僕も訓練はかかさないが、メイナもガンダリアンも、北ギルドのメンバーも買いかぶりすぎだ。
騎士団員に勝てるはずがない。
わかってはいたけど、少しくやしい。
「リーン、大丈夫か?」
いつの間にかガレックが近づいていた。
僕はにへらと笑って、「ひどくやられたよ」と体を起こした。
「うちで一番の《剣術》使いだからな。だが……リーン……そこまで手加減しなくてもいいんだぞ」
「バルマンだと、相手にならないよ」
「――!?」
バルマンが息を呑む音がした。ガレックが苦笑交じりで僕の手を引いた。
「その状態で言えるとは、さすが北のギルド長だ」
ん? どういう意味だ?
疑問符を浮かべた僕にガレックが尋ねた。
「もうこれくらいにしておこう」
「待ってくださいガレック団長、私はまだ一度も負けていない」
憤慨した様子のバルマンが足を踏み鳴らして、よろよろと立ち上がった僕の前に立った。威圧感がなぜか増している。
彼も、僕がわざと負けたと思っているのだろうか。大きな勘違いだ。
ガレックが困り顔で言った。
「どうするリーン、バルマンはまだやめたくないそうだが……」
「わかってる。やるよ」
バルマンが訓練の時間を削ってまで付き合ってくれるというのだ。僕が胸を借りるつもりで挑もう。上級者の攻撃を障壁なしで受ける訓練だ。
体力がある限りは、僕もやめるつもりはない。
「次は、本気で行きます」
肩をいからせたバルマンが鼻息荒く去っていく。周囲の騎士団の誰かが、彼を茶化したようだ。バルマンの「うるさい」という不機嫌そうな声が聞こえた。
ガレックが少し案じ顔で離れていった。審判の位置だ。
「では、もう一本だけ――開始!」
ガレックの声が終わる前に、バルマンは地を蹴っていた。
僕の力を慮って手加減してくれていたのだろう。さっきよりずっと速い。さすがは第六騎士団だ。
木剣ごと断ち切るような強力な一刀が頭上から降ってきた。
そして――
――《回避》クリティカルが発動しました。
僕の呪われた力が、このタイミングで発動した。
目の前がぶれた。
体が強制的に左右に激しく揺さぶられた。この瞬間は自分の体が、自分じゃなくなる。何度か経験があるが、ひどいクリティカル。
三半規管が激しく揺さぶられ、一気に気が遠くなった。
低ランクの《回避》スキルは、そんなことは関係ないとばかりに、ここぞと荒れ狂う。
バルマンの木剣が、さっきまでいた場所にスローで落ちていくのを遠い意識で眺めつつ――僕は、彼の背後に回って木剣の先を首に突き付けていた。
「そ、そこまで!」
場が静まり返っていた。
ガレックも、がくりと膝をついたバルマンも、周囲の団員も――全員が時を止めたように言葉を失っていた。
そして、僕は猛烈に吐きそうだった。木剣を持つ手は震えているし、気を抜けば意識を失いそうだ。
初めて《回避》クリティカルが発動したことを思い出す。
何が何だかわからないまま違う場所に立っていた僕は、途方もない気持ち悪さに耐え兼ねて、激しく吐いた。
《回避》でもクリティカルってあるんだな、と呆れた気持ちで倒れ伏した。
仲間が助けてくれなければ、きっと敵の追撃でやられていただろう。
「……参りました」
バルマンがそう言って、ほうっと熱い息を吐いた。
***
すばらしい。
バルマン=ゼッドは身を震わせるような歓喜の渦の中にいた。
騎士団とギルドは力比べの意味合いから、たまに交流を行う。滅多に戦いのない第一騎士団などは、プライドが高く、ギルドとの交流を嫌うが、日々新しいリデッドたちを倒す探索者たちの経験は貴重だ。
ギルド長といえば、そのエリアを統括する探索者の長。
幼女のような見た目だろうが、巨人のような見た目だろうが、その存在は安易に負けては他の者に示しがつかない。
北のギルド長はそういう意味で目立たない存在だ。
噂も聞かなければ、表にも出てこない。
だが、元副団長のダルス=ランバートが、騎士団を抜けてまでついていったことは知っている。
――今日はなんと幸せな日だ。
戦うまで、バルマンは心の底からそう思っていた。ダルスが持ち上げる北のギルド長がどれほどすごい人間なのか、胸を借りられると思っていた。
挑戦者にすかさず名乗りをあげた理由はそれだ。
だが、戦ってみればどうだ。
弱い。その一言に尽きた。
リーンは剣に触れたことがないわけではない。端々から訓練の成果は見えた。けれど、決して上級者ではなかった。
ましてダルスがあそこまで持ち上げるような人間ではなかった。
騎士団の食堂で「いつか会いたいな」と、仲間に熱く語ってきたバルマンだからこそ、そんなリーンに腹が立った。
その上、あれだけやられたあとで、「バルマンでは相手にならない」となめた発言をされたのだ。
仲間はそれを聞いて、「負け惜しみはダルスの言う通りだ」と茶化した。
バルマンは自分の怒りをどうしたらいいかわからなくなった。
仲間の手前、あからさまに手加減するわけにもいかない。
だから、避けてくれ。
そう願って地を駆けた。
そして――リーンは期待を上回る技術で避けた。
目の前で半笑いのリーンの姿がぶれたのだ。高ランクの盗賊(シーフ)ですら裸足で逃げ出すような回避術だった。右か左か。どちらから背後に回り込まれたかすらわからない。
全力で振り下ろした木剣は空を切り、地面に当たった。
と同時に、リーンの剣先がバルマンの首元に当てられたのだ。無慈悲なほどの力の差に、バルマンは確かな壁を感じたのだ。
これが、高みにいるギルド長だ、と。
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