第14話 湖の少女

 宿屋の庭でルーウェンはメルに剣術の稽古をつけてもらっていた。


「少しはマシになってきたわね」


 サラは樽に座りルーウェンの稽古を見ている。


「サラも手合わせしてくれないか」


「遠慮させてもらうわ。ルーウェンじゃ相手にならない」


 それはルーウェンも心得ている。


「そこをなんとか」


「嫌だわ」


「うーん、この通り」


 手を広げ謎のポーズで頼む。


「どの通りよ」


「1回だけ……」


「無駄だわ」


「好きだ、サラ」


 庭に生えていた花を摘みサラに渡そうとする。


「なにいってんのよ」


 払い除けられる。


「後でなんでも1つ言う事聞くから」


 サラは少し悩む。


「なんでもいいのね?」


 あ、ちょっと揺れた。


「ああ、なんでも」


「……仕方ないわね、付き合ってあげる」


 熱心に頼むルーウェンにサラは満更ではなかったが渋々承諾した雰囲気を出し腰を上げた。サラは落ちていた木の枝を拾う。


「これで十分よ」


「少しは本気で……」


 会話は途中で遮られる。一瞬のことでルーウェンは反応出来なかった。あれっ?木の枝が首元に当たっている。サラはルーウェンのゼロ距離まで詰めていた。


「本気よ」


 ルーウェンはなす術がなく何度挑んでも簡単に間合いに入られた。


「メル、ヒントをくれないか?」


「サラちゃんは速く動いてるだけですよ」


「それだけ?」


「そう、それだけ」


「ルーウェン、早く構えなさい」


 容赦がない。元々頼んだのはルーウェンだ。ご要望通り本気で手玉に取っている。これからルーウェンとお出かけするつもりのでいるサラは寸止めするのを忘れなかった。


「次、行きますよ」


 行きますよの「よ」の声が聞こえたのと同時に思えるほどサラは速かった。これ以上付き合わせるのも悪いのでルーウェンは感謝を伝え稽古を終いにする。


「サラちゃんお風呂出来てるわよ」


 風呂場から出てきたサラは先程の約束を再確認してきた。


「なんでもいいのよね」 


「二言はないよ」


「出掛けるわ。付き合いなさい」


 そう言うとサラはさっさと歩き出した。どこに行くのだろう。「いってらっしゃい」とメルは笑顔で見送る。


 やって来たのは大豪邸。


「ここは?」


「私の家よ。少し待ってなさい」


 サラは馬車の用意をして戻って来た。


「なに尻込みしてるのよ。好きっていったわよね?」


家人なのだろうか馬車を引く男性がちらっとこちらを見た。勘弁してくれ。


「深い意味はなくて……」


「知っているわ」


 先程の仕返しなのだろう。男性に会釈をしてルーウェンは大人しく馬車に乗り込んだ。


 サラの家はモルヴェン領を代々任される名家。ベルツブルクから馬車で1時間くらい離れ場所にある。父と2番目の兄は軍人でベルツブルクにいて長男が名代としてモルヴェン領を管理している。サラの類稀な腕は血筋なのだろう。


「着いたわ」


 着いたのはモルヴェン領にある林に囲まれた名もない湖だった。人里から離れおり雑音がなく、小鳥のさえずりが聞こえてくる。リスやウサギに似た小動物が自由に走り回っていた。


「昔、家族みんなでよく来たわ」


「いいところだね」


「うん」


 返事をした後サラは一言も喋らなかった。ルーウェンは少し退屈だったが何か想いにふけているサラを眺めながら時間を過ごした。黙っていると可愛いな。


「行くわよ」


 満足したのかサラは腰を上げ馬車に戻る。


「両親が忙しくても兄弟と来れるといいな」


 ルーウェンは気をつかい声を掛けてみた。


「なにいってるのよ。兄ならそこにいるわ」


 あ、お兄様だったのね。通りであの会話のときにこちらを気にするわけだ。今更ながら「ルーウェンです。サラさんにはお世話になってます」と挨拶をした。

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