たった一人のための映画

キノハタ

題名 僕

 人生は意味のない戦いみたいなものだ。


 加えて言うなら劣悪で孤独な撤退戦みたいなものだ。


 次々に襲い来る、辛いこと、悲しいこと、苦しいこと、無理難題、その一つ一つを独りで叩いて、潰して、打ち伏せて。


 補給は乏しく、勝ち目はさっぱり見えそうにない。そもそもちょっと勝ったところで、すぐに次の敵がやって来る。


 一体、何回打ち倒されて、一体、何回地面に伏せばいいのやら。


 そんな、諦めと敗北ばかりの人生だけれど。


 ボロボロに打ち捨てられて、転がってる時にふと想い出す言葉があるんだ。


 その言葉を、小さい頃に読んだ漫画のセリフを、なぜかいまだに僕は覚えてるんだ。


 その漫画の主人公の言葉が、未だに僕の中に残ってるんだ。残ってしまっているんだ。


 『諦めるな』


 『前を向け』


 『傷ついても、それでも前に進むやつがカッコいいんだ』って。


 そんな、よくある、ありふれた、希望論。


 なんだよカッコいいって。そんなの、なんにも意味ないじゃん。


 大体、誰に向かってカッコつけてるんだ? これは僕だけの戦いだろう?


 そもそも僕しかいない戦いなんだ。一体、誰に褒められるっていうんだ。


 夢を見るのは、根拠のない希望を信じるのはもうとっくにやめたんだ。諦めたんだ。


 小学生の頃に、いじめられた時に諦めたんだ。


 中学生の頃に、才能のなさに諦めたんだ。


 高校生の頃に、自分の愚かさに諦めたんだ。


 大学生の頃に、現実の難しさに諦めたんだ。


 諦めるしかなかったんだ。


 それなのに何で、今もまだ、カッコいいとか、そんな理由で、頑張る言葉を覚えてるんだよ。


 なんで諦めないとカッコいいと思ってるんだよ。


 なんで前を向けばいいって思ってるんだよ。


 ……………。


 何でなんて、本当はわかりきってるんだけどさ。


 『カッコいい』


 そう、僕が、『僕自身』に言うためなんだよ。


 誰かにカッコいいって言われたい。そうすれば確かめられる。


 自分だけだと自信がないからさ、たまには言われたいんだよ。


 まあ、でも、でもさ、それは結局おまけみたいなものなわけで。


 結局のところ、僕は自分が思うカッコいい自分になりたいからさ、頑張ろうとしてるんだよ。


 結局、僕は『僕』の期待に応えるために頑張っているんだよ。


 いうなればそれは、『僕』っていう映画の最後の観客みたいなもので。


 その映画はもうとっくに大概の人が見飽きて、席を立ってしまっているんだけれど。


 なのに、帰ってくれないやつが1人だけいるんだ。


 小さなからっぽの映画館で、上映室のど真ん中に座って続きを今か今かと待ってるやつが、1人だけいるんだ。


 映画を終わりにしたいから、頼むよ帰ってくれって言っても、そいつは帰ってくれないんだ。


 続きが見たいって駄々をこねるんだ。まるで、いつかの子どもみたいに。


 無茶言うな、これはもうバッドエンドだよ?


 そう言っても。そいつは諦めてくれないんだ。


 なんでだよ。


 そう問うても、笑ってるばかり。子どもみたいな無邪気な顔で。


 諦めないでよ、まだハッピーエンド目指せるんだろって。


 そっちの方がカッコいいよ。なんて、笑って言ってしまうんだ。


 なんだよ。それ。


 なんでだよ。


 なんでなんだよ。


 ほんと、なんでなんだよ。


 なんで、そんな馬鹿みたいに前を向けるんだよ。


 ……おかしいじゃん、もう無理じゃん。だっていうのに、なんで、なんで。


 何より、なんで僕はまだ、そんな言葉を信じてるんだ。


 辛くて自分の命さえ諦めたのは一度や二度じゃないじゃないか。


 諦めも、後悔も、敗北も、挫折も、味わい尽くしてもうこりごりのはずじゃないか。もう、うんざりのはずじゃないか。


 ………なのに、何で僕はまだそんな言葉に動かされているんだよ。


 何、泣きそうになってんだよ。


 こけて。うずくまって。はいつくばって。


 なんで、それでも、前を向くのがカッコいいって想ってるんだよ。


 もう諦めたくない。もうバッドエンドは懲り懲りだって。なんで、そう想っちゃってんだ。


 何でお前は、前を見るんだよ。


 一体、こんな僕に何を期待してんだよ。


 子どもか、お前は。


 子どもか、僕は。


 ………ああ、子どもだよ、僕は。


 だから、まだ諦めたくないんだ。


 たとえ、諦めても前を向いていたいんだ。


 逆境だって、平気で笑っていたいんだよ。


 いつか見た漫画の主人公みたいにさ。


 だってそっちの方がカッコいいだろ?


 そう、僕自身に言い聞かせられて。


 そう、僕自身に言い聞かせて。


 そうやって。


 仕方ないから、映画の続きが始まるんだ。


 仕方ないから、倒れたやつは立ち上がるんだ。


 仕方ないから、まだだと足を踏ん張るんだ。


 だって、まだ僕の命は終わってないんだから。


 まだこの戦いは終わっていないんだ。


 いや、終わらせてなんてやるものか。


 まだ、終わらせてなんてやるものか。


 僕が見てる。


 何よりも、どんな観客より、誰よりも。


 僕が、僕を見てるから。


 そんな、僕の期待に応えるために。


 誰より、僕の想いを叶えるために。


 僕自身のために。


 この映画は続けなくちゃいけないんだ。


 いつか終わりが来るまで、明日も、明後日も。いつまでも何日だって。


 今日を映しつづけるんだ。


 戦いを続けなきゃいけないんだ。


 子どもみたいなそいつが僕に問うてくる。


 諦めないの?


 うん。


 そっか。よかった。また映画の続きが見れるんだね。


 うん。結構、しんどいけどね。


 いいね、いつか読んだ、漫画の主人公みたいだよ。


 うん。でも諦めるより、そっちのほうがカッコいいだろ?


 うん、諦めて下を向いたままより、そのまま進めない君のままより。


 きっと、今の君はカッコいいよ。


 僕は1人。小さな映画館の中。


 少し笑った。


 たくさん傷ついて、お先は真っ暗、次の敵は一体、誰かな。


 そして、あと何回負ければいいのかな。


 目の前に立ちはだかる敵は、相も変わらず強靭で終わりなどとても見えそうにはないけれど。


 でも、エンドロールはまだ流れない。


 終わらせてやることは、まだ、できない。


 まだ、この映画を、見飽きてない奴が1人だけいるからさ。


 僕の人生はまだ、終わらせてやれそうにない。


 ごめんな、顔も知らない僕の敵。もうちょっとだけ付き合ってくれ。


 あいつが飽きるまで、いつかこの映画が終わるまで。


 この映画は、この戦いは。


 たった一人、僕のために。

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