第22話
「まて! 」
走ってきた浩二が扉の閉まるのを遮った。
「アヤスサ……様」
ロレットが顔をあげて浩二を見る。
「ダメだオリシア! 増幅装置は墜落時の衝撃で破損している。今度はもう完全にエンライトメントパワァになってしまう! ロレットとしての君も残らないんだ! 」
浩二は、汗を流し、息切れをしながら叫んだ。両手を少しでも緩めると扉が閉じてしまう。
ロレットは、「なんだそんなことか」と思った。
浩二には一大事に思えても、ロレットには取るに足らないことだった。
「さぁ来るぞ! 」
大輝は通路の角に背中を合わせてライフルを抱えて特殊部隊を待った。
反対側には勇気が剣を構えている。その下に、愛がうずくまっていた。
タンタンと実弾銃の発射音がして、辺りが白い煙に覆われる。
「ガスだ! エリトア! 」
大輝が叫ぶ。
『計算通りです。中和剤を散布済みです』
大輝は煙りに紛れて攻撃をはじめた。
「ほかに方法があるはずだ! ましてや、こんな愚かな地球人のために、君が犠牲になることはない! 」
浩二は扉を必死に押さえながら叫ぶ。
浩二がみてきた世の中は、騙しあい、怨みあい、自分の権利を主張するばかりで義務を果たさない者の集まりのようだった。
ロレットは、浩二がみてきたものを、自分がみたように受け取ることができた。そして、とても穏やかに、諭すように語った。
「私は、一億年もの間、この地球と、人類を、我が子のように見てきました」
浩二には、ロレットの姿は見えなかったが、なにかあたたかいものを感じることはできた。
「たしかに、幼い彼らは欠点ばかりです。それでも、あなたがカメラに納めてきたものをみれば、あなたにだってわかるはず。いや、わかっているはずです」
浩二の旅は、真実を求める旅だった。
しかし、真実は残酷だ。殺人、強盗、人身売買、賄賂、自殺、隠蔽、果ては、戦争、虐殺、数えあげればキリがない。
知れば知るほど絶望しかなかった。こんな世界は滅んだ方がいい。いや、滅ぶべきだ。何度も何度もそう思った。
それなのに、浩二の写真に写る人々は、みんな最高の笑顔をしていた。
そこが戦場でも、そこが難民キャンプでも、貧しい農村でも、ダウンタウンのホォムレスでも、誰もが最高の笑顔で写っていたのだ。
それは、ある難民キャンプでの出来事だった。
渇いた土が白い煙になって舞う。
そのとき浩二は、中東とヨォロッパの境の国の紛争を取材していた。
国連がまとまらず、紛争を止めることができないでいた。
浩二には、政府軍が悪いのか、反政府軍が悪いのか、はたまた国連軍が介入するのが正しいのか、しないのが正しいのか、なにもかもわからなかったが、人々が苦しんでいるのは間違いなかった。
キャンプには、政府軍の攻撃で方足を失った女の子がいた。浩二はいたたまれなくて真っ直ぐ見れない。
国民の責任を考えるなら、罪のないものなどいないのかも知れない。
こんなに苦しい世界なら、無くなってしまえばいい。日本を出る前からも、浩二はよくそんなことを思っていた。
「写真撮って! 」
壁にもたれてしょげこんで座っていた浩二に、難民キャンプの親を亡くした子供たちが群がる。
足を無くした女の子も、松葉杖でやってきた。
「写真撮って! 」
浩二のカメラを見て、口々にそういった。浩二が、「よ~し」とカメラをむけると、とたんに恥ずかしがって隣の子に抱き着いたりする。
みんな最高の笑顔をしていた。
「人は、笑うことができるんです」
ロレットは云った。
「私は、それを信じたいの」
ロレットの思いは、浩二の心のまわりを囲ったダァクソォツの分厚い壁に穴を開けた。
浩二は泣いた。
扉から手を離し、その場にへたりこんで、わんわんと泣いた。
すでに銃撃戦が始まっていた。
増幅装置の中枢は、扉から突き当たりがT字路になっていて、侵入口は左右の二カ所しかなかった。
だんだんと薄くなる煙りの向こうに、マスクをしたベエタの特殊兵が見える。
『数は全部で三十。左右十五ずつです』
エリトアがたえず情報を流した。
大輝は左手で銃身を固定してライフルを放っては、またすぐに角に隠れる。
何人かのベエタ兵が倒れた。
『右三名命中。残り十二です。ただいま室温をマイナス四十度に設定しました』
エリトアの声が伝えた。
通路のあちこちから白い冷気があがる。体温調整をできないベエタ兵の動きを鈍らせる作戦だが、ベエタ兵の鎧には体温調整の機能がついているので、どこまで役に立つかはわからない。
短時間で勝敗を決しなければ、不利に働くことも有り得る。
大輝は確実にベエタ兵の数を減らしていった。左側の勇気は、なかなか相手をとらえることができずにいた。愛はうずくまって震えている。
勇気は、相手がある程度近づいたのを見計らって、レイザァソォドを持って突撃した。
通路には隠れるところはないので、一旦飛び出したら最後の一人まで倒さなければならない。
幸い通路は狭く、二人並べばもう窮屈だった。そのため十字砲火を受けることはなく、二人ずつ倒していけばいい。
勇気が、剣を持って突撃してくるのをみて、そんな無謀な戦い方を知らないベエタ兵は躊躇した。
敵のレイザァを避けながら、右、左と剣を振る。ベエタ兵の身体は容赦なく真っ二つになって通路に落ちた。
室温が多少の効果をもたらしたのか、あっという間にすべての兵を切り倒した。
大輝も、ほぼすべての兵を倒していた。
「愛!」
振り返った勇気が叫ぶ。
何人かが煙りと冷気に紛れて天井を伝い、中枢の扉の前に降り立った。うずくまって怯える愛に迫る。
タタンと実弾銃の音がして、ベエタ兵が倒れた。
「護身用に買っといてよかった。実弾とはいえ、この距離なら効果はあったな」
浩二はそう云って、もう真っ白になってガタガタしている愛に手をだした。
大輝はその間にも倒れるベエタ兵一人一人にとどめを刺していく。
『室温を戻します。エンライトメントパワァ放出まで、あと三分。第一艦橋へお戻りください』
エリトアのアナウスの直後、雷が落ちたかのような爆発音がして、衝撃波が黒い煙りとともに通路を走った。
『セキュリティを抜けてきた部隊がもう一部隊あるようです! 最新のステルス迷彩で私には認識できません!』
エリトアが叫ぶ。
「一億年も前の船だもんなぁ」
ダルマニオは仕方がないという風に身体に巻き付けた手榴弾を握った。
「みんなは第一艦橋へ! 」
ダルマニオがそういうが、勇気は残った。
「親御さんから預かってるおまえを一人にするわけにはいかんだろ」
大輝は頭をかいた。
「じゃまなんだけどな……」
大輝はすぐに通路に手榴弾を仕掛けていく。幸い、煙の方角から敵のくるのが右からだとわかる。
すべてのピンに糸を通して角に隠れた。
「さぁこい」
さっきの部隊より厳重な装備をした兵が何人か屈んで走って来た。
大輝が勢いよく糸をひくと、また大きな爆発が起こって煙に紛れてベエタ兵が飛んだ。
まだ煙でなにも見えない中に大輝は入っていく。ベエタ兵のカエルを踏み潰したような悲鳴だけが次々と勇気のもとに届いた。
「さぁ第一艦橋へ行こう」
大輝が戻ってきたとき、反対の通路からきた兵がうしろから襲い掛かる。
勇気はレイザァソォドを抜くと、一刀のもとにベエタの兵を斬り捨てた。
「役にたったろ?」
「いなくても結果は同じだ」
ダルマニオは強がって艦橋へ走った。
第一艦橋の大きなメインモニタァに、中枢部が映し出されている。
愛と浩二には見えないが、そこには膝をつき手をあわせてカンダレルに祈るロレットの姿があった。
その姿は、人の心を動かすような敬虔なものだった。
エリトアの思惑通りだったが、AIである彼女も、さすがに胸が痛む思いだった。
このまま、増幅装置を動かせば、ロレットは実体を無くしてエンライトメントパワァそのものになってしまう。
そのエンライトメントパワァも、増えすぎた地球のダァクソォツの総量を考えるなら、ちょうど中和できる程度で、もう前回のように一億年も地球を守るまでには至らないだろう。
アヤスサは、ロレットがいなくなれば、オリシアに瓜二つな自分に振り向いてくれるかもしれない。
自分を捨てて地球のために消えていくロレットと、芽生えた我欲に振り回されるエリトア。
ホログラムのエリトアの頬を、涙が伝う。
エリトアは、自分の流す涙に驚いた。涙を流すプログラムはなかったからだ。
「一億年もの間、ハルタミナを守ってくれてありがとう。私が消えてもあなたが残るわ」
ロレットの声がして、エリトアは泣き崩れた。
その光は凄まじかった。眩しくて辺りが何も見えなかった。
愛と浩二には、わからなかったが、ロレットは弾けて黄金の光となり、広がって地球を包んだのだ。
世界中の都市に現れたベエタの宇宙船は、ロレットの光に溶けるように消えていった。
『これで地球が救われたわけではありません。地球を救うのは、あなたがたの笑顔です』
大輝は、薄れゆく意識の中で、ロレットの声を聞いた。
大輝が気付いたとき、彼等は、穏やかな海上に浮かぶクルゥザァの上だった。
爽やかな風が吹き、ウミネコがキュウキュウと鳴いている。
勇気がゆっくりと立ち上がる。
「あの男の人は? 」
愛は、浩二がいないのに気付いた。
「エリトアを、一人にはできなかったんだろう……」
勇気の答えに、愛は勇気の腕を組んだ。
「もし人間が、遺伝子を残すだけの道具なら、なぜ、思い悩んで身を滅ぼすようなことを繰り返すのか。この世界に、悲しみや苦しみがあること自体が、人間が脳の支配する道具なんかじゃないことの証明だ」
勇気は遠い遠い空を見て云った。
「そして、人間が思い悩んで苦しむ理由は、きっと……」
愛にも、愛なりの答えが見つかったようだった。
「きっと、悲しみや苦しみを乗り越えれば越えるほど、最高の笑顔になれるからだ。たくさんの人を最高の笑顔にできるからだ……」
大輝は泣いた。
いろんなことがいっぺんに起きすぎた。
悲しくて、でもあたたかくて、泣けて泣けてしょうがなかった。
その涙は、やがて決意に変わるだろう。
自分たちの星を、笑顔に変えるという決意に……
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