第21話

「あんたら正気かぁ? 」

 この言葉を聞くのは、勇気たちが港へきてもう八度目だ。

「あそこは家族でバカンスにいくようなとこじゃねんだぞ? 」

 勇気と愛と大輝は、どうやら家族に見えるらしい。勇気には、大輝くらいの子供がいても何もおかしくはないが、愛は面白くなかった。

 それでも、家族として、勇気の妻として見られるのは悪い気はしなかった。

 それに、どの漁師も嫌がるようなところへ行こうとしているのも、もう諦めはついていた。ただ、用事がすんだら散々ばら遊ぶという条件付きだった。

 さすがに愛と大輝がいては船が借りられないので、勇気は一人で交渉することにした。

 例の割賦のいい白髪の白人だけは、金次第で船を貸すという。

 勇気は渋々話にのった。

 浩二が借りたより立派なクルゥザァが手に入った。

 その日は、これでもかというくらいよく晴れていた。愛と大輝はキャッキャとはしゃいだ。

「遊びに行くんじゃないんだぞ」

 勇気は運転しながら呆れて云った。

 何度も云うが、その日のホノカア沖は本当によく晴れていた。

 それでも世界は混沌としていた。

 ヨーロッパでは経済状態が落ち着かず失業者で溢れ、中東は不安定の代名詞を返上することができず人々が自らぶつかりあって血を流し、アジアでは台風や大雨であちこちが水につかり、地震、津波の恐怖、侵略の恐怖に怯え、アメリカでは竜巻で家を飛ばされ、アフリカでは干ばつでたくさんの人が飢えていた。

 なによりも問題なのは、これらの困難の原因を他に求め、責任を果たそうとしない人類の態度だった。

 浩二があちこちを歩いて肌で感じた絶望感も、すべてそこに起因していると云えた。

 ダァクソォオツという概念を知らずとも、なにかマイナスエネルギィのようなものが、地球を取り巻いていると思うのに違和感はなかった。

 そして、彼らにそのような意図はなかったにしても、不調和、停滞、衰退を嫌うリアルクの意志が、ベエタの軍を動かしているなら、もうこの星を放ってはおかないだろう。

 ロレットがハルタミナの沈む海域に到達したのと、ベエタの大軍隊が動きはじめたのはほぼ同じタイミングだった。

 結局、その正体を見極めることなくほったらかしにしていた、月と地球との合間に陣取った数千の大船団は、黒雲のように各地を覆う。

 人々は、何がはじまったのか理解できず、大パニックを起こした。

 道路は渋滞して車は一寸も動かず、荷物を抱えた人々は車の上を歩いたりした。

もちろん、鉄道も、今までどこにいたのか? というくらいの人々で溢れ、まったく機能していなかった。

 そのうち、動かない鉄道に愛想をつかして荷物を引きずって歩くもので線路は埋め尽くされた。

 行く宛など本当はなかったが、誰もがとにかく都市から離れようと考えていた。

その様子は、蟻の巣穴をほじくり返したときに似ていた。

 荒れていた海は、ロレットが近付くと、まるで主を待っていた忠犬のようにおとなしくなり、ハルタミナは、海面にその巨大な姿を表した。

「すんげぇ」

 大輝は唾を飲んだ。

 大輝は忙しい。なんせ自分を含めて、ロレット、ダルマニオと三人の意識を混在させている。

 心の中でも、なにか疑問に感じたら、それに対する返答が、ダルマニオ、或いはロレットから帰ってくる。

「すごいだろ? こいつは一億年前の全宇宙の最新型だからな。今でこそその性能は見劣りするが、エンライトメントパワァ増幅装置はこいつにしかないものを搭載してるからな! 」

 ダルマニオの意識が得意気に語る。

 愛にはちんぷんかんぷんだった。

 ハルタミナのハッチが開いてクルゥザァに渡り橋がかけられた。

 大輝を先頭に愛と勇気が続いて中に入った。

 愛は、身体を屈めて大輝の両肩を掴み、キョロキョロと怯えながら歩く。

「突然襲ってきたりしない? 」

 びくびくしながら大輝に聞いた。

「なにが? 」

 大輝はあっけらかんとしている。

「宇宙人に決まってるじゃない! 」

 愛は、牛や馬ほどある蜘蛛のような宇宙人を想像していた。

「この船に宇宙人は乗ってへんよ」

 大輝はまた少し馬鹿にしたように答えた。

 廊下は、壁が薄い青緑の光りを放っていて、先入観を無くせば本当に綺麗なものだったが、愛にはお化け屋敷の暗い通路となにも変わらなかった。

「なんで宇宙船なのに宇宙人がいないって云えんのよ」

 愛はやり場のない恐怖を大輝にぶつけるように云った。

「だから、これは一億年前に墜落したんやってば」

 大輝は、ワクワクしながら通路を歩いていた。

「一億も前のものがなんで動くのよ! 」

 愛の質問にも飽きてたころ、大輝たちは艦橋にたどり着いた。

「ひ、広い」

 愛は眼を丸くした。

「オリス! 」

 エリトアが出迎える。

「すぐに増幅装置にいく。使えるか? 」

 ロレットは大輝を通して聞いた。

「それが……」

 エリトアは言葉を詰まらせる。

「なにか問題が? 」

 ロレットは返事を待たずに聞いた。ロレットは、ダルマニオに絶大な信頼をおいている。多少の故障は問題にならないと思っていた。

「自己修復機能はエンライトメントパワァで成り立っています。そのエンライトメントパワァは増幅装置で増幅されます。ですから、増幅装置そのものを自己修復するまでには至らないようで……」

 エリトアは俯いて顔を曇らせた。

「使えないのか? 」

 ロレットは、また先を待たずに聞き返した。

「使えます。使えますが……」

 ロレットは「使えるならそれでいい」と、艦橋をでようとした。

「お前がオリスか? 」

 ロレットを呼ぶ男の声がした。

 大輝はゆっくり振り返る。

 そこには、真っ黒に日焼けして、頭に手ぬぐいを巻いた黒いタンクトップの日本人がいた。ウェットスゥツを腰まで脱いでいる。

「そうだが? 」

 ロレットは不信な眼で浩二を見た。

「どんな美人がくるのかと思ったがな」

 浩二はぶっきらぼうにそう云った。

「オリスは三次の方ではありませんから、この男の子に乗り移ってるんです」

 エリトアは慌てて浩二を制した。

 ロレットは気になって、エリトアの方を向き直して聞いた。

「アヤスサ様か? 」

 エリトアは気まずそうに頷く。

「なぜ記憶を戻して差し上げない? 非常時だぞ」

 ロレットは厳しい口調で云った。

 エリトアは「す、すぐに」とだけ云った。

 ロレットには、もうあの頃の狂おしい恋心は残っていなかった。そういった人間らしさは、すべてエンライトメントパワァに変わり、エリトアがそれを受け継いだのだ。誰が謀った訳でもなかった。

「宇宙人だったときの記憶を戻せるのか? 」

 浩二は興奮してエリトアに聞いた。

 ロレットは、構わずに増幅装置に向かい、愛と勇気はあとに続いた。

「すぐに戻してくれ! 」

 浩二はエリトアの両腕をきつく掴んで強い言葉でそう云った。

 エリトアは躊躇っていた。

「俺は真実を知りたいんだ! 」

 浩二は、今度はエリトアの両肩を掴んで揺すった。

「……わかりました」

 エリトアは仕方なく観念した。

 アヤスサの記憶を戻す方法はいろいろあった。それでも、エリトアにはその後のことが細かく計算できた。

 だから、この方法を選んだ。

「じゃあ、眼を閉じて、屈んでください」

 浩二はエリトアの云う通りにした。

 エリトアは、浩二の唇に自分の唇を重ねた。

 浩二は驚いて眼を開けた。その時、一億年の記憶が一気に呼び覚まされた。

「オリシア! 」

 浩二は、エリトアの両肩を掴んで引き離すと、すぐに増幅装置に向かった。

 エリトアは、少し俯いて悲しい表情を浮かべた。

 増幅装置の中枢も一億年前と同じように、オレンジ色の光で照らされている。

 さすがにロレットも少し一億年前を思い出し、懐かしく感じた。

 ロレットは、大輝から抜け出して中枢に入る。愛にはその姿は見えなかったが、薄暗い部屋の明るさが増したような気がした。

 増幅装置の中枢は、少し肌寒いくらいで、また静寂で、そこにいるだけで心が安らぐような雰囲気が漂っている。神聖な礼拝堂のようだ。愛はそう思った。かつてオリシアが地球のために祈り、これからロレットが地球のために祈る。礼拝堂の例えもあながちはずれてはいない。

 その静寂を、エリトアの声が遮った。

『敵襲! ベエタの特殊部隊が来ます! 』

ベエタにしても、増福装置が生きているハルタミナは放っては置けない。このタイミングをずっと待っていたのだ。

 勇気は大輝になにか武器はないかと聞いた。

「いっぱいあるぜ! 」

 大輝の中のダルマニオは、廊下の壁の至る所に装備されている武器の入ったボックスを開けた。

 中からライフルをとると、愛にも渡した。

「重い~! こんなの使えないよ~」

 大輝は、小さな銃と取り替えてやった。

 勇気は、その中から刀の峰の部分しかないような剣をとった。

「これはどう使う? 」

 勇気が剣を構えて聞いた。

「レイザァソォドだ。柄の部分のボタンを押すと、峰からレイザァの刃がでる。昔、カタロイアの戦いで、剣士ウノゥが使った名刀ネムのレプリカモデルだ。繊細なレイザァ部分が他とは比べものにならん。レプリカとは云え性能は当時のものより……」

 説明を続ける大輝に構わずに、勇気は云われた通りボタンを押す。ブゥンと音がして白いレイザァの刃が現れた。レイザァの細かい繊維が刃を構成している。

「気をつけろよ? 刃に触れると焼き切れるぞ」

 大輝は、数珠繋ぎになった手榴弾を身体に巻き付けながら云った。

 ロレットは敵襲などお構いなしに中枢の扉を閉めようとした。

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