第19話

 真っ黒なフェルトの上に置いた青い宝石に光をあてても、きっとこんな風には見えないだろう。

 アヤスサは、地球を眺めながらそんなことを考えていた。

 アヤスサの星ベガルファ(ベガα)と、敵の星ベエタことベガベタ(ベガβ)は隣同士の惑星だ。

 両星ともに宇宙きっての科学先進星でその進歩を競ってきた。両星の科学技術は、全宇宙の進歩に大きく貢献してきたのだ。それは、どちらか一方では成り立たなかったかも知れない。お互いが、ライバルとして切磋琢磨してきたが故に、めざましい発展があったことは否めない。また、ライバルに勝とうと一致団結することが、星の平和を維持し、調和を保ってきたともいえる。

 両星は、リアルク、或いはカンダレルが定義した善としての「進歩と調和」において、進歩を優先させてきたのは間違いないことだが、確かに不調和ではなかったのだ。

 翻ってプレオミスに視点を移す。

 プレオミスは芸術の星だ。科学技術はある程度の発展をみて、やや停滞の感があった。

 人々は裕福な暮らしに胡座をかいて、芸術、美術に明け暮れ、己を守ることさえ放棄しはじめていた。限りない調和は、進歩を妨げ、停滞から衰退を生もうとしていたのだ。

 アヤスサは、その青い星を見ながら、リアルク協定そのものの真の意味を考えていた。協定とは名ばかりで、本当はリアルクの意志なのだと。プレオミスは、滅ぶべくして滅んだのだと。

 自分の思考が迷路に入る手前で意図的に吾に返る。

 ハルタミナを追って、戦闘艦が後から攻撃をはじめる。アヤスサは、操舵不能を装ってハルタミナと戦闘艦の間に割って入るように命令した。


「さすがにベオラグナを撃ってはきませんな」

 ガルアランは、アヤスサの左後方にある副長の席にかけていた。

「それはそうだろう。ベエタが宇宙でもっとも恐れているのはベガルファだからな」

 アヤスサは、うわの空でそう返答した。

『ベオラグナに告ぐ! 直ちに我らの進路から立ち退け! 』

 ベエタの戦闘艦からベガルファ語に翻訳された通信が入る。

 アヤスサは自ら返答した。

「こちらベオラグナ艦長アヤスサ。ここは磁気嵐が酷いらしい。磁気嵐にやられて操舵不能だ。救援を求む」

 アヤスサは、ジィラが操舵不能になったという理由をそのまま使った。もちろん磁気嵐などないし、ジィラもベオラグナも磁気嵐程度で操舵不能になどならない。

「ガルアラン、オリシアにも乗船条件を徹底したそうだな」

 アヤスサは、まっすぐにジィラとハルタミナを見たまま話した。

「例外はありません。ベガルファの船に乗る者は、倉庫整理、食堂勤務、武器携帯をこなすのが義務です」

 ガルアランも、姿勢よく不動のまま答えた。

「しかし、あそこまでやり遂げた方は一人しかみたことがありませんがね」と独り言のように付け足した。

 しばらく艦橋は凍り付いたように静かだった。誰も作戦が成功したことを喜ぶものはなかった。


「オリシア! 実相世界で会おう! 」

 アヤスサは、ハルタミナが地球に落下していくのを見て叫んだ。

「ガルアラン、任せる。本隊と合流だ。私は法廷へ出向く」

 アヤスサはそういうと艦橋を出た。

 ベエタのプレオミス侵略が、リアルク協定に抵触していたのか否か。

 その判決次第では、アヤスサの、リアルクの意志によってプレオミスは葬られたという途方もない憶測が現実味を帯びてくる。

 法廷には月が選ばれた。当時から月の裏側には、たくさんの宇宙人が集まる交易の基地があり、ハブ空港のようになっていた。

 法廷を成立させるには、少なくとも三十種類以上の星の人間の出席が必要となる。

 月にはすでに数種が住んでいたし、義勇軍にも三十種ほどの宇宙人が集まっていた。


 アヤスサは誰もが止めるのも聞かず、一人戦闘機で飛び出した。

 すぐに護衛が数機追う。

 戦闘機ORT‐0A

 ダルマニオが整備を手掛けたベガルファの最新式戦闘機だ。単独で異次間飛行も可能な優れた戦闘機であり、これはアヤスサ用にカスタマイズされたものだ。搭載されているAIは、ベオラグナのナミザだった。

「どうだった? 」

 アヤスサはハルタミナの最後を確認する。

「はい。エンライトメントパワァは計算以上に増幅されました。オリスも立派に使命を果たされました。また、ガンマニオ人のダルマニオ大尉も、表彰されるべき人物です」

 アヤスサは黙ったままだった。その浮かない顔をみてナミザは話しを繋いだ。

「大丈夫ですよ。オリスは実相八次に、ダルマニオ大尉は六次に戻られているはずです」

 アヤスサは眼を閉じた。

「死んだ先のことは、実際はわからんさ」

 ベガルファの次期王の言葉とは思えなかった。

「死んだ人のエネルギィが異次へ行くことはもう五百億年も昔に解明されています」

 ナミザの答えにアヤスサは反論することもなかった。すぐに0Aは月の空港に着陸した。

 迎える関係者に取り囲まれる。法廷へ続く長い廊下は、天井が強化ガラスでできていて空が見渡せる。そこを足早に進む。関係者と報道陣が後ろからわんさと付いてきた。

「先ほどのハルタミナ墜落事故のせいでかなり遅れが出ているようです」

 アヤスサは名前も知らないその男を睨みつけた。

「事故ではない」

 他の男が声を掛ける。

「勝算はありますか? 」

 アヤスサは過去の裁判の結果をもちろん知っていた。ベエタが侵略に成功した星は、すべてリアルク協定に抵触してはいなかった。これが、アヤスサにあらぬ憶測をさせた一因だった。他にも報道陣からたくさんの質問を浴びせられたが、アヤスサは質問には答えずに法廷へ入った。

 

 裁判はすぐに終わり、アヤスサはベオラグナに戻った。やはりプレオミスは、自星を守る術を放棄し、進歩をあきらめたという結論だった。 

「ガルアラン、ベガルファの王は、父の望み通り弟に継がせるがいい」

 艦橋に入るなりアヤスサは云い捨てた。

「ベオラグナはこれより地球監視隊に編入される。もう故郷の土を踏むことはあるまい。異議あるものは除隊を申し出よ。義勇軍とともに帰ることを許可する」

 艦長席に座りながら、アヤスサは全艦内にアナウスした。

 四つのシェルタア船も戻ってきていた。

 義勇軍とともにベガルファに帰るものもいたが、大半はベオラグナを故郷にしているものだった。

「お父上は承知なのですか? 」

 ガルアランは、アヤスサに聞いた。

「あぁ、法廷をでるときに許可を得た。最初から俺が邪魔だったのだから心よく返事をしてくれたよ」

 アヤスサは、そう云ってしばらく間をあけてから「ガルアラン、戻っていいぞ」と父王のもとへ帰るよう促した。

「私はアヤスサ様に生涯御仕えいたします」

 ガルアランは立ち上がって頭をさげた。

「好きにしろ」

 アヤスサは、このままでは地球は必ずベエタに侵略されてしまうと確信していた。

 一億年の間、オリシアが放ったエンライトメントパワァの防護壁が地球を守ったとしても、地球自体が進歩と調和に基づいた星でないなら、それは間違いなく滅ぶだろう。

 そして、現時点からダァクソォオツを生産するために、ウォオクインによる扇動と、低級霊の憑依によって一億年後の侵略を目論むベエタのしたたかさを鑑みれば、たとえ一億年先の話といえども、結果は眼に見えるようだった。

 アヤスサにとって、特になんの義理もない星だった。それでも今では、愛するオリシアが命を賭けて守った星となってしまった。

 まだ、ゆっくり話をしたこともなかった。

 自分にできることは、ベガルファでの余計な後継者争いを避け、オリシアの守る地球を監視する程度のことだった。


「ガルアラン、船を任せる」

 アヤスサは地球に降りることを選択した。ダァクソォオツを生産させないために、地球に転生して導こうと考えたのだ。

「なりません! 」

 もちろんガルアランはとめた。

 しかし地球監視隊は、一億年も監視するだけの云わば左遷組。どう動こうとある程度自由だ。ましてや、アヤスサは進んで左遷組を選んだのだ。

 アヤスサは、地球で生活し、地球で生涯を全うし、地球にまた生まれ変わって何度も何度も転生を繰り返した。

 

 やがて一億年が過ぎた。

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