第18話

「エリトア! 戦闘艦に到達するまでに全部破壊できるか? 」

 さすがのダルマニオも、眼前に迫り来る戦闘艦の群れと、そのうしろのジィラをみて、額の汗が止まらなかった。

「この速度のままでは、ハルタミナの全戦力をもってしても、間に合わない計算です」

 エリトアは至極冷静だ。

「このまま突っ込んだとして、増幅装置に影響は? 」

 ダルマニオは、前方のモニタを凝視したまま、エリトアに聞いた。

「増幅装置に影響はありません。第一艦橋は大破の恐れがあります。また、私が正常に動かなくなることも考えられます。速やかに第二艦橋へ移動してください」

「……すまないな」

 ダルマニオは呟いた。

「自己修復装置がありますから、エンライトメントパワァが正常に抽出されれば二十年程度で回復します。心配ありません」

 エリトアの回答に安心してダルマニオは第二艦橋へ向かった。

 これから一億年もの間、地球を守らなければならないんだ。二十年なんて休憩にもならないな。

 ダルマニオはそう思った。

 程なくして、ハルタミナは戦闘艦群に激突した。

 とてつもない衝撃だったが、問題はその瞬間にハルタミナに張り付いたベエタの小型挺だった。

 ダルマニオは、すでにコンタクトできなくなったエリトアに代わり、ハルタミナに取り付いたベエタの小型挺を探した。

 ホログラムに浮かんだハルタミナの六ヶ所に小型挺を確認する。

 すぐさま対挺砲で破壊していく。

「くっ! 一機逃した! 」

 中から五名のベエタ人がハルタミナに穴を開け侵入してきた。

「くそやろう! 」

 ダルマニオは第二艦橋の出入口に並んだレィザァライフルを一丁ひったくると、侵入口へ急いだ。

 侵入者はハルタミナの内部を熟知していたようだ。大方スパイでもいたのだろう。         その建造さえ極秘裏にされた宇宙最新艦の内部を、敵が知るはずがないからだ。

 ダルマニオが侵入口にたり着いたときには、侵入者はすでに増幅装置の中枢部、オリシアのいる部屋の前に来ていた。

 オリシアは、外で何が起こっているのか手に取るように感じていた。

 その部屋では、みんなの心、エンライトメントパワァとダァクソォツの意思がはっきりと感じられたのだ。

 そっとナデシコに手をかける。

 戦闘が似合わない部屋だと思った。

 下手に破壊されるのを恐れ、オリシアは自ら部屋の扉をあけた。

 その瞬間に、ベエタの兵が放つレイザァの光が室内を無数に舞う。

 オリシアは、躊躇いなくナデシコを放つ。正確な射撃で、一発の無駄弾を撃つことなくベエタの兵は力無く宙に浮いた。

 そこへ駆け付けたダルマニオがヒュウと口笛を吹いた。

「遅いですよ! 」

 オリシアはむくれた。

「それより修理だ」

 ダルマニオは中に入ると、ベエタ兵が放った弾痕を点検した。

「ありゃあ! こりゃまずいな。ど真ん中に当たってら」

 ダルマニオはさして大問題ではないようにそう云った。

「使えるんでしょ? 」

 オリシアは、宙を泳ぎながら聞いた。

 ダルマニオは、オリシアの方を向いて首をふった。

「ダメだ。増幅に必要な中枢がやられてる」

 やっとダルマニオの側にきたオリシアは笑った。

「またぁ。冗談云ってる暇ないんですよ? 」

 ダルマニオは、ゴソゴソと中枢部を弄りながら答えた。

「こりゃあ鉄だなぁ。プレアデス星系にはない金属だ」

 オリシアは本当にダメらしいと知ってやや取り乱した。

「本当にダメなんですか? なんとかしてください! 」

 ダルマニオは頭をあげて鼻をかいた。

「なんとかったって……ん? 」

 そして、オリシアの腰に刺さった小刀を見つけた。

「あんたやっぱりすげぇ! 」

 ダルマニオは、早速オリシアから小刀を受け取ると、鞘から抜いて目釘を取り、柄から刀身だけを器用にはずした。

 その妖しい輝きに惚れぼれしながら、鏡のように周りを映す刀身を見る。

「本当に綺麗ですね」

 今度は、オリシアがさしてどうでもいいようにそう云った。

「馬鹿、綺麗なんてもんじゃない、見ろこの絶妙な刃紋を……」

 オリシアは、またダルマニオの説明が長くなるのを察知して遮った。

「ほら、はやく」

「う、うむ」

 ダルマニオは中枢部でレイザァに焼き切られた鉄部品を取り出し、代わりに小刀を差し込んだ。

「うほっ! ピッタリだぜ! 」

 あまりに寸法通りなのに感激した。

「急がないと、もうジィラにぶつかりますよ! 」

 オリシアは急かした。

「よし。あとは任してくれ。オリスの祈りがあの星を救うよ」

「ありがとう」

 オリシアは頷いた。

「あ、その人たち、外に出しといてください。運が良ければ助かると思うんです」

 オリシアは、宙に浮くベエタ兵を指した。レイザァを調節しておいたのだ。

 部屋をでるとき、ダルマニオはオリシアに敬礼した。

「オリス。シャマニオ以来の射撃の名手に御仕えし、宇宙の歴史に名を残す戦いに参加できたこと、このダルマニオ、心より感謝します! 」

 オリスは「また会えるよ」と心からの笑顔で見送った。


「拾われるといいな」

 ダルマニオは、ベエタ兵をエアロックから船の外へ放り出すと急いで第二艦橋へ戻る。

 この宇宙で、ハルタミナと唯一並ぶ最新艦のジィラも、ハルタミナの全砲の集中を中腹に受けて、さすがに大きな穴を開けていた。あの穴へぶち当たれば、ジィラは真っ二つに折れ、ジィラの増幅装置は使えなくなる計算だ。

 戦闘艦にぶつかった衝撃よりもきつい振動があって、ジィラは二つに割れた。ハルタミナの船首ももう潰れて原型を留めていない。

 ダルマニオは、次にするべきことを頭の中で整理する。

「あとは、エンライトメントパワァを放出するだけだ」

 そう思ってから問題に気付く。エンライトメントパワァを唯一放出することができるエリトアの意識が、もう既にないことだった。

「しまった。しまったぞ」

ダルマニオは、またそれほど大問題ではないように呟いた。


 ダルマニオは、武器の星ガンマニオの優秀な武器職人の父のもとで育った。

 ガンマニオは、あらゆる武器を生産し、全宇宙に輸出していた。

 自ずと戦争をしている星では儲かる。そのため、他星の戦争を願う風潮がガンマニオにはあった。死の惑星と謂れる所以だ。

 だからこそ、ダルマニオの父は「大きな心をもて。他星の戦争を願うような人間にはなるな。絶望の前でも平静でいられる男になれ」と口うるさく教えた。

 調和を欠いたガンマニオは、リアルク協定の適応外であり、ベエタの侵略を許した。

 まだ幼いダルマニオと家族を、シェルタア船で逃がすと、ベエタ兵に命を奪われる瞬間まで笑って武器を作っていたという。

 父のように、死ぬまで自分にできることを全うしたい。

 ダルマニオはそう思った。そして、ベオラグナの小型挺を思い出した。

 直ぐさま格納庫へ急ぐ。第二艦橋では、大気圏に入ってから、高度を示す目盛りがすごい速さで落ちているのを表していた。艦内はどこも警報でやかましい。

 格納庫にたどり着いたダルマニオは、床板を引っぺがし、非常用のケェブルを取り出して小型挺に接続した。

「ハロー! 」

 ナミザが挨拶する。

「話はあとだ! エンライトメントパワァを放出してくれ! 」

 ダルマニオは、小型挺のコックピットに外から張り付いて中を覗く。

「了解。あなたはベオラグナの資料閲覧室内でオリスの隣にいた人ですね」

 ダルマニオは時間を気にして笑顔を引き攣らせた。

「次にお会いできるのは随分あとになりそうですね」

 ナミザはことの次第をよく理解していた。

「あぁ、楽しみにしてるよ。どうだい? 」

 ダルマニオは、エンライトメントパワァの放出がうまくいったかどうかを確認する。

「はい。どうやらエリトアがタイマァ設定をしていたようですね。成功です」

 ダルマニオはそれを聞いて脱力し、呟いた。

「そうか……ん……悪くない人生だった」

 ダルマニオはナミザとのその会話を最後に、ガンマニオ人としての転生に幕を閉じた。

 最後まで、できることをした。

 オリシアの「地球を守りたい」という祈りの気持ち、それは地球とプレオミスを重ねてのことだったが、純粋な祈りはエンライトメントパワァとなり、増幅されて地球を包んだ。


 大輝は、今あった出来事のようにそれを思い出した。

 知らないうちに涙が頬を伝っていた。

「思い出したな? 」

 ロレットが、めずらしくとてもあたたかい心でそう云った。

 大輝は身体を小刻みに震わせて、しばらく返事もできなかった。

「あぁ、オリス! 一億年ぶりだ! 」

 やっとのことで大輝はそう云って、飛行機の座席で号泣した。


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