第14話

 フリィライタァってのは本当に命懸けだ。


 浩二は和製の手ぬぐいをバンダナのように頭に被せてうしろで縛った。白地に薄い赤の太陽が山々から昇る「日の出」が描かれていて、日輪の部分が浩二の頭の左の側面に少しだけ見えていた。

 もう何日もほったらかしの不精髭が酷くて、そちらに眼を奪われるので誰も手ぬぐいの柄まで気付かない。

 黒いタンクトップは、目立ちはしないが汚れが凄い。また、日にやけた肌が逆に際立った。

 肩から提げたカメラや、その風貌をよく見れば、浩二がカメラマンか何かで、あちこちを渡り歩いて来たのだろうとわかった。

 だからと云って、今度こそ記事と写真を売らないと、帰りの旅費もでないとまでは誰も知るまい。

 浩二はどちらかというと活気のない港から、ボォトを一艘借りると、現場を目指して出発した。

「あんた正気か? 」

 こっちへ来てからもう何度も聞いた言葉だった。

 万一の時はボォトは弁償、運転手もガイドもつかないという条件で、やっと借りることができた。よく公園にあるような小さな器にエンジンが積まれただけのお粗末なモノだ。

「万一俺が帰れたら、いくらでも払ってやるよ」

 浩二は日本語でそう呟いた。

 ここへ来るまで、いろんな所を見てまわった。途中で辞める訳にはいかなかった。このまま終われば、人類に絶望して終わることになる。

 最後まで調べても、その絶望がひっくり返る保証はなかったが。

 浩二が日本を出てあちこち渡り歩いてはや四年の歳月が流れた。


 真実を知りたい。

 たったそれだけの理由が、浩二を突き動かしていた。

 学校で教わったことも、報道されていることも、真実かどうかなんてわからない。

 政治にしたって、真実より利権に基づいている。科学的に証明されているなんて言葉ほど信用できないモノはない。浩二からすれば、世界は虚構の上に成り立っていた。

 自分で現場に足を運び、五感で感じた真実を記事にする。それにしたって、ひとところに何ヶ月も滞在して見極める。ドライアイスに触れただけでは、それが熱いか冷たいかがわからないからだ。

 少し触れただけで真実と捉えるなら、ドライアイスは熱いものだと成り兼ねない。世間では揚々に行われていることだった。

 だから浩二は、最初に熱いと感じたものでも、本当に熱いのか、それとも冷たいのか、検証してから記事にするのだ。

 こうして書かれた浩二の記事は、売れない雑誌の片隅や誰も見ないネットニュゥスに掲載される。

 真実ほど、人目を憚るのかもしれない。

 浩二が世の中に絶望していたのは、真実を知れば知るほど、真実を隠蔽する体質にぶつかるからだろう。

 世の中は、真実が邪魔らしい。

 そして、この太平洋の大海原にも、存在してはならない真実が眠っていた。


 それはほんの三日前のことだった。

「日本人! そんなに飲んで大丈夫なのか? 」

 見るからにふくよかという言葉を三回り程はみ出した褐色のママさんが、自分の脇の肉でまっすぐ下りない団子のような腕を振り回した。

「心配ねーよ」

 切り出しただけの板が敷かれたカウンタァに両肘をついた浩二は、大きな声でわめき立てる。

「バカヤロウ! ママはおまえの心配なんかしてゃしねーよ! 支払いの心配をしてんだよ! 」

 浩二のうしろの小さな丸テェブルで飲む三人の中の、これまた骸骨のように痩せたハゲ頭のチョビヒゲ親父が怒鳴る。ほっぺただけが、チィクを塗ったように赤い。親父の声に店中が沸きに沸いた。

「いつまでも売れない記事なんか書いてないで、いい加減真実なんか誰も求めてないって気付いたらどうだい? 」

 ハゲの前にすわるモジャ頭の親父が、振り返って吐き捨てた。

 また店内は笑い声でいっぱいになった。

「およしよ! 」

 ママはカウンタァを拭いていたフキンを投げた。普段なら、この後で浩二と親父どもの乱闘が始まる。それを面倒に思ってのことだ。

 ところが、浩二の背中は丸く、いつものように反論もしない。

 モジャ頭は、ジョッキを片手に浩二の座るカウンタァに歩み寄る。

「どうした日本人! おまえらしくねぇ! 俺たちゃあおまえの真実を楽しみにしてんだぜ! 」

 そう云って馴れ馴れしく肩を組んで隣に座った。

 うしろでハゲが賛同した。

「そうともよ! 二酸化炭素で温暖化しないなんちゃあ、おらぁ感動したぜ! 」

 また大きな笑いが店を包む。

「真実っちゃあよ……」

 ハゲの隣のサングラスの男が、ぽつりと云った。

「俺達漁師仲間に昔から伝わるあれなんかどうだ?このジャップに突き止めてもらうってのは」

 それは、ハゲにしか聞こえないくらい小さな声だった。それでも、浩二の身体がピクリと動いた。

 突然言葉もなく立ち上がると、もの凄い形相で、さっきまでモジャ頭が座っていた椅子に座る。

「聞かせてもらおうじゃねーか」

 浩二はそう云って、たいして飲めもしないテキィラを一息に飲んだ。

「こっから百五十キロほど北東へあがったところだ。あの辺りは魚がよくとれんだ。そこに宇宙船が沈んでるって話しがある」

 サングラスの男は、割と無口な性格なのかぼそぼそと簡潔に小さく話す。

 それでは物足りないのだろう。ハゲが大きな声で身振り手振りを交えて話した。

「なんでも一億年も前に墜落した宇宙船だって話しでよ! 特殊な細工で発見されないってこった! 」

 浩二は、「じゃあなんで知ってんだよ」と冷たく聞き返したが、店中の漁師が口々にハゲを擁護した。

 中には「俺はこの眼で見た!」なんて奴も名乗りをあげて、また店内は大いに盛り上がった。

「だから、特殊な細工がしてんならなんで見れんだよ」

 浩二はそう云いながら丸テェブルに突っ伏して眠った。

「弱いんだから飲まなきゃいいのにねぇ」

 カウンタァの向こうからママがモジャ頭に云った。

「こいつなら、本当に暴くかも知れねぇ」

 モジャ頭はそう云って残りを飲み干すと、ジョッキをママに渡して「おかわり」と云った。

「あそこはついこないだまでは本当にいい漁場だったのになぁ」

 おとなしく眠りこける浩二に、語りかけるようにチョビヒゲの男が呟いた。

「あらぁどう考えても宇宙船の祟りだ。なんか触れちゃいけねぇとこに触れちまったんだ」

 サングラスの男が一点を見つめ、浩二と同じテキィラの小さなグラスを傾けながら答えた。

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