第11話

 オリスはベルトを外しダルマニオに合図して艦橋をでた。

 慣れない無重力では、まっすぐ進むのがとても難しい。左の兵にぶつかり、上の兵にぶつかり、その度に謝りながらやっとのことで艦橋をでた。

「ねぇ、なんか勉強できるとこないですか? 話についていけなくて……概要だけでいんです」

 艦橋からでるとオリスはダルマニオに手をあわせてそうお願いした。

「ああ、すぐそこに軍の図書室がある。まってな、許可をとってくる」

 ダルマニオは艦橋に戻った。

 ダルマニオは、きっと概要だけでは済まないんだろうなぁと頬をかいた。

 ダルが戻ってくると、オリスは膝を抱えて眠っていた。

 こういう時間に眠ってるのか。ダルマニオは手品のタネを見たような気になった。

 オリスを起こして図書室へ入る。図書室と云ってもほんの小さな部屋だった。情報がデータ化されている為、保管場所がいらない。閲覧するための席がいくつか並んだブゥスがあるだけだった。

 オリスが掛けた隣の席で、ダルマニオは眠った。しばらく終わらないのを知っていたし、こういう時間を有効に使うことを主から学んだ。

 オリスは、どうすればダァクソォオツを増加させることが出来るか、それを検証したかった。

 そこがわかれば、ベエタの侵略をとめることができる。オリスは地球なんて見たこともないし、知りもしなかったが、プレオミスの王として祖星にできなかったことを、今せずにはいられなかった。星が滅ぶ姿を見たものなら、「なにか自分にできることはないか」誰もがそう思うだろう。それほど、オリスの見た光景は恐ろしいものだった。

 オリスは勉強のできる生徒ではなかった。どちらかというと、学問より身体を動かす方が好きだったし、絵を描いたりものを作るのが好きだった。

 勉強を楽しいと感じたのははじめてだった。

 目的があり、実用性があると、こんなにも勉強に対する感覚がかわるのかと驚いた。

 そういえば、昔、何かを聞いたときマイオルクが云っていた。

「なにが真実かはわかりません。じぃがいうから、先生がいうから、大人がいうから、本に書いてあるから、それが真実だとは限らないのです。だからこそ学びなさい。自分で真実を見極める力を持つのです」

 幼いオリスには、そんな言葉を聞く耳はなかったが、今ならよくわかる。

「カンダレルとカンダハル? 」

 学びを進めていく中で、ある記述に行き着いた。

 宇宙の中心にあるという惑星リアルク。しかし、誰もその存在を確かめたものはいない。惑星などはなく、リアルクという概念だけが存在するという学者もいて、どちらかと云えばそれが定説ではある。

 そのリアルクから、全宇宙に向けて、エンライトメントパワァを発し続けている意志がある。それが過去に存在したエンライトメントパワァもこれから存在するであろうものも担っているというエンライトメントパワァの根源、カンダレルだ。しばしばカンダレルとリアルクは同一視されることがある。

 そして、全宇宙のあちこちでダァクソォオツを発している根源をカンダハルという。

 宇宙が広がっていく過程で、互いにぶつかって停滞、あるいは衰退を起こす現象からはじまったと云われ、必然だと唱える学者も多い。

 これは則ち、宇宙の中心から進歩と調和を目指して限りなく広がっていく力と、その力に不調和を起こして停滞あるいは衰退させる力とを顕した言葉と云える。

 記述は続く。

『これら宇宙に遍満したエネルギィを一点に集中させることができるのが、のちに異次間航行に転用されることになったエンライトメントパワァ増幅装置である』

 オリスは宙に映し出されたモニタの文字を指で追い、声にだして呼んだ。

「この増幅装置はダァクソォオツを集中することも可能なため、兵器としての転用が恐れられ、長らく公表されることはなかった。その原理は、同じ性質のモノ同士が集まる原理を応用されていて、エンライトメントパワァを増幅させるには相応のもととなるエンライトメントパワァが必要となる。ダァクソォオツについても同様のことが云える……か……」

 オリスは、ふぅと背もたれにもたれてここに重力がないことを思い出した。ベルトをしているので助かったが、してなければ天井まで浮いたかもしれない。

「エンライトメントパワァ増幅装置と……」

オリスは今度は装置について調べてみた。

 勉強らしく、入力しては文字を読んでしていたが、いい加減面倒になってきたのでAIを立ち上げた。

「ハロー。異次間航行艦ベオラグナのナミザです。あなたのデェタは参照済みです。オリシア王」

 机の上に立体映像が現れ、CGの上半身だけの女性が話をしだした。

「王はやめてください。オリスでいいです」

 オリシアは人工知能にまで王と呼ばれて困った笑みを浮かべた。

「そうはいきません。敬称をつけるようにインプットされています。王様」

 ナミザは満面の笑顔でそう云った。

「いや、プレオミスでは偉い人を略称で呼ぶんです! 」

 オリシアは、ダルマニオに云ったことと同じことを話した。

「そんな法律及び民間伝承はプレオミスにはありません。王様」

 間髪開けず返事がかえる。やはり笑顔だ。

 オリシアも意地になってきた。

「プレオミスの法律で王様が勝手に変えられる条項はないですか? 」

「それなら戦時特例法第五十七条に、有事においてやむを得ない場合、王の判断で一時的に特別条項を加えることができるとあります」

 オリシアはまさにそれだと思った。

「それを使います。プレオミスでは、王様を略称で呼ばなくてはいけないって」

 ナミザはすぐに回答した。

「了解しました。それでは全宇宙にあるプレオミスの法律を書き換え更新します。オリス」

 オリシアは、そんなことしてる場合じゃないなと思った。これではAIを立ち上げた方がよほど面倒だ。

「それより、増幅装置について教えてください」

 オリスは少し苛々しながら聞いた。

「はい。オリス。増幅装置には四二六種がありますが、どれを参照なさいますか?」

 オリスは少し考えた。

「ナミザ、あのねそういうことじゃないの。私たちがベガベタの艦隊を追っているのは知ってるでしょう? 奴らがリアルクの協定を無効にするには、地球? って星をダァクソォオツでいっぱいにしてくるはず。それを阻止する方法が知りたいの」

 オリスは、この娘に回りくどいことを聞くのは遠回りだと察し、率直に知りたいことを聞いた。

「なるほど。オリスの質問を受け付けました。現在検索及び思考中です」

 オリスの前に、まるでそこにいるかのように移るナミザの顔が、いかにも考えていますという難しい表情をした。

「考えられることは三点です。一点目は、ウォオクインにより政治、教育、情報を操作して星民を堕落させる方法です。これには地球時間で五十から百年以上の歳月が必要です」

 オリスは、さっき艦橋で聞いた話と同じだと頷く。

「二点目は、実相四次にできはじめている澱みに溜まる退化霊の自然憑依による悪循環の確立です。これはさらに年月を要します。実際には、一点目と二点目が既に同時に進行しています」

 この話は、オリスには理解できなかったが、重要性を感じなかったのであえて詳しく聞かなかった。

「三点目は、増幅装置を兵器として転用した場合です。増幅装置には、大きく分けて二つの種類があります。一つは、同質エネルギィ集中型です。ある程度のエンライトメントパワァを用意して、それと同質かつ活用されていないエネルギィを引き寄せる方法ですが、これには、もとのエンライトメントパワァの量が大きく影響します。この方法は、ほぼすべての異次間航行艦で使用されています」

 オリスが思いついたイメェジでは、もとになるエンライトメントパワァが磁石で、集まる砂鉄が同質エネルギィだ。もとになる磁石が強ければ集まる砂鉄も多い。

「二つ目は、その名のとおり増幅型です。エンライトメントパワァはすべての存在が生産していますが、もっとも効率よく生産するのは人類です。人類の魂からは、理論的には無限のエンライトメントパワァを抽出出来ると云われています。そのことから、一定以上のパワァをもつ人の魂に負荷をかけ、エンライトメントパワァを抽出するわけです。この方法は、現在、ハルタミナとベエタのジィラの二艦でのみ使用されています。この増幅装置でカンダハルをもとにしてダァクソォオツを抽出すれば、地球時間の三分程度で地球をいっぱいにする量が抽出できます」

 オリスは驚いた。エンライトメントパワァが人間から抽出されていたことにまず驚いた。そして、たった三分でリアルク協定が無効になることに驚いた。

「あの! なんとかする方法は? 」

 オリスは興奮して身を乗り出し、ベルトからするりと抜け出て天井に尻をぶつけた。

「無重力帯です。気をつけてください」

 ナミザは相変わらず笑顔だ。

「遅いよ~」

 オリスはバタバタと手足を振ってなんとか座席にたどり着いた。

「まず、ベエタのジィラを破壊することです。次に、ハルタミナの増幅装置で増幅したエンライトメントパワァで地球を覆えば、地球時間で約一億年くらいはもつはずです」

 ナミザは、オリスが椅子に掛けたのを確認して話を続けた。

「その増幅のもとは私にもできる?」

 オリスは力を込めて聞いた。また少し身体が浮いた。

「少々お待ちください……できます。オリス。なかなかのパワァの持ち主です。私が過去に計測した八万五千六百七十四人の中で断トツの一位です」

「よっし! 」

 オリスは拳をあげた。また身体が浮く。

「ただ、下手をすると物質生命を失うことになるかも知れません。よくても、エネルギィに近い存在になるため、多少人間らしさを失う可能性があります」

 オリスは余り気にならなかったがナミザは続けて説明した。

「ようするに、エンライトメントパワァの性質である進歩と調和にしか興味を持たなくなります。よく云えば小さなことにこだわらなくなるということです」

 オリスはまったくこたえていなかった。もとから小さなことにはこだわらないのだ。

 それよりも、自分が役に立てるかも知れないことがうれしかった。

オリスはすぐにダルマニオを起こして艦橋へ戻った。

急げば急ぐほど、まっすぐ進まなかった。

艦橋へ戻るとオリスはアヤスサを呼んだ。

「艦長さん! 」

アヤスサはオリスを見た。

「そんなに慌ててどうしたんだい? 」

アヤスサの質問にオリスが答えようと口を開いたとき、艦内にアラァトが鳴り響いた。

「艦長! ベエタの艦隊に動きが! ジィラが動きます! 」

アヤスサは、その声を聞いて、あらかじめ判っていたかのようにすぐさま命令をくだした。

「第一戦闘配備! 居住ブロックの住人を直ちにシェルタァ船に非難させろ! これよりベオラグナは艦隊より独立して行動する! 」

アヤスサの悪い予感通り、ベエタはカンダハルでジィラの増幅装置を使うつもりだ。

わずか三分で、地球はダァクソォオツでいっぱいになり、リアルク協定の適用外として侵略されてしまう。

「概念でしかないカンダハルを、どうやって……」

アヤスサは呟いた。

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