第10話

 オリシアとダルマニオはガルアランに連れられて、船の中枢へ入った。

 入口は重力のある居住区域にある。軍の施設が集まる区域の奥に瓢箪型の灰色の建物があり、てっぺんが船の中心につながっている。自動昇降機であがると、中心の無重力帯につく。

 無重力帯では、身体を思うように動かすのが大変だ。

 ガルアランとダルマニオは姿勢を保つことが出来たが、慣れないオリシアはどうしてもお尻が浮いてしまう。

 ガルアランはそんなことにはかまいなく、昇降機を降りた。長くて暗い四辺同じ長さの廊下が正面に続く。天井も壁も床も濃い灰色をしている。四方が同じ形に作られていてクルッと向きをかえてしまうと、壁も床もわからなくなる。左手に正方形の自動扉があり、中へ入ると更衣室になっていた。

 狭いロッカァルウムで、片側の壁にたくさんの宇宙服と軍の制服がつないである。

 ガルアランはオリシアに宇宙服を渡した。

「おまえは自分のを持ってるんだろう? まさか、こんな立場で一緒に行動することになるとは思わなかったがな」

 ガルアランは、早速宇宙服に着替えながらダルマニオに云った。

 ダルマニオは自分のロッカァから専用のものを取り出して頷いた。

「もうつくのか? 」

 ダルマニオはガルアランに聞いた。

 ガルアランは二人が着替えたのをみて「こっちだ」とだけ云って廊下へ出た。

 ベガルファの宇宙服は、地球人が想像するような大きなものではない。どちらかといえばウェットスゥツのように薄くて頑丈だ。オリシアなんかは女性らしい曲線がより目立っていたし、ダルマニオはちびでがに股なのが目立っていた。

 長い廊下の先には、この船の艦橋があった。ハルタミナに比べるとずいぶん小さかった。学校の教室程の広さだ。

 前方には、例の超強化ガラスで出来た大きな窓があり、それは美しい星々の渦巻きを捉えていた。

 床にも壁にも天井にも椅子が並び、乗組員がせわしなく働いている。

 オリシアは、真ん中に背を向けて立つ指揮官をみた。 


「この船の艦長をしている」

 オリシアの頭に、月夜の湖のほとりでユニコォンに乗ったアヤスサの姿が、鮮明に思い出される。それとともに、鼓動が早くなっていくのがわかる。


「さぁ入れ」

 ガルアランは、入口で躊躇うオリシアの背中を押した。慣れないオリシアは、勢いよく前に投げ出された。

「ッア」

 オリシアの奇声に気付いて振り返った指揮官に、そのまま抱き留められた。

「やぁ久しぶり。元気だったかい? 」

 アヤスサは、特になんの違和感もなくそう云った。

「……」

 オリシアは、身体がおかしくなっていくのを感じた。

 心臓を大きな洗濯バサミで挟まれたように、苦しくてうまく鼓動がうてない。

 空腹のように胃が収縮して、吐き気さえするのに、顔だけはやたらと熱かった。

「ごめんなさいっ! 」

 オリシアはアヤスサの手を振り払った。またあらぬ方向へ飛んだが、今度はダルマニオが受け止めた。

「おや。これは既に面識がおありですか? 」

 ガルアランは、艦長であるアヤスサに聞いた。

「ガルアラン! 私はこの船の艦長だ。父の命を受けているのだろうが、私に黙って行動するのはやめてもらいたい」

 アヤスサは腕を組んで正面を見たまま強い口調で話した。

「お言葉ごもっともでございます」

 ガルアランは頭をさげてから、オリシアとダルマニオを艦長席の左に用意された簡易な席に座らせてオリシアにはベルトをさせた。

「すまないね。戦闘になるかも知れない。少しの間、そこで我慢してください」

 アヤスサは、いろいろな計器類やコンピュゥタに囲まれた艦長席にたって、オリシアに云った。

 オリシアは、もうボゥとして、頷くのがやっとだった。

 ダルマニオは、オリシアの顔の前で手を振って反応のないのをみて「ダメだなこりゃ」とこれから起こる別のことに頭を切り換えた。

「ん? 戦闘? 戦闘がはじまるんですか? 」

 オリシアは、やっとアヤスサの言葉を飲み込めたように騒ぎ出した。

「ああそうだ。ミルキィウェイにハルタミナを追うはずだったベエタの連中は、目的をミルキィウェイに変更している。奴らの目標は惑星テラ。地球だ! 」

 アヤスサの視線は前方彼方に小さく見えはじめた青く美しい星を確かに捉えていた。

「リアルクの協定があり、これだけの数の義勇軍が監視している以上、手を出すのは不可能では? 」

 ダルマニオは、アヤスサに聞いた。

 義勇軍はプレアデスを出てからさらに合流してくるものを加えて、万の艦隊に膨れあがっていた。

「うむ。君は確か兵器管理長をしていた……なるほど、ガンマニオの者はみな軍事オタクだと聞いていたが、あながち嘘ではなさそうだな」

 アヤスサは腕を組み正面を見たまま答えた。

 次に、ダルマニオを見て聞き返した。

「君がベガベタの指揮官ならどうする? 」

 ダルマニオは間髪空けずに答えた。

「リアルクの協定が及ばない状態にすればいい」

 アヤスサも、ガルアランも、みな同じことを考えていた。

「問題は、どうやってそれをするかだな」

 アヤスサはまた正面をみた。

「俺なら、兵隊を大量にウォオクインさせて星の調和を乱すな。ただ、時間がかかる」

 ダルマニオはまたすぐに答えた。

「うむ。恐らくそれはもうはじまっているだろう」

 しばらく沈黙があってからアヤスサがまた呟くように云った。

「もし、この件にカンダハルが関わっているなら、もっと他のことを想定しておかなければ……」

 オリシアは隣に座っているダルマニオの肩をつついて小声ではなした。

「わかるように話してくれませんか? 」

 ダルマニオは、今の会話の何がわからないのかがわからなかった。

 眼を丸くして、「オリス、なにを知りたい? 」と聞いた。遠慮して小声で問うたが、みんなにつつぬけだった。

 オリシアは顔を真っ赤にしながら俯き加減で、「リアルクの協定ってなんですか? 」と聞いた。

 ダルマニオは吹き出した。

「学校で習ったろ? 」

 オリシアは苦笑いをして舌をだす。

「協定が結ばれたのは宇宙歴八百億年前後だと云われてる。あまりに古い話なので実は正式な記録は残っていない。宇宙の中心と伝えられている惑星リアルクで、全宇宙に適用される協定が結ばれた。それは、進歩を目指し調和して生きている星を侵略することはできないという宇宙協定だ」

 ダルマニオはほぼ教科書通りに説明した。

 オリスははじめて聞いたという顔をしている。

「ちょっと声が大きいですよ! それとウォオクインっていうのと何が関係あるんですか? それに、プレオミスは進歩を目指して調和してましたよ! 」

 ダルマニオの耳元でやや声に力が篭る。

「全部聞こえているよ」

 アヤスサは腕を組んで、だんだんと大きくなっていく青い星を見ながら云った。

 オリシアは真っ赤な顔をして俯いた。

「ついこの前まで普通の少女だったのだから仕方もあるまい。歴史は普通より苦手なようだが。その調子ならデルタマイナスというところかな? 」

 アヤスサはオリスを見て微笑んだ。

 宙史の成績をズバリあてられて、オリスはますます顔を赤くした。

「星が進歩を目指し調和していると云うことは、簡単に云えば星全体のエンライトメントパワァが、ダァクソォオツを上回っているってことだ」

 アヤスサの説明に、オリスは眼を丸くしていた。

「実相物理もイプシロンかな? 」

 アヤスサの呆れた様子に、オリスは俯きながらほんの小さな声で答えた。

「ぷ、プレオミスは、げ、芸術の星なので……芸術、美術なら間違いなくアルファプラスです! 」

 語尾には力を篭めてアヤスサをみた。

「根性もね」

 アヤスサは笑った。

「食料庫や食堂での話は聞いているよ」

 オリスはまた顔を真っ赤にして俯いた。穴があったら入りたいという心境だろう。

「エンライトメントパワァはわかるかい? 」

 アヤスサの問いに、それならわかるという風で顔あげて答える。

「世の中をよくする力です! 」

 今度はアヤスサが苦笑いをした。そういえば、子供向けの辞典にはそう書いてあったなと思い出した。

「そう。世の中には、結果として善悪がある。リアルクの協定では、進歩と調和の方向を善と定義し、停滞あるいは衰退と不調和を悪と定義した」

 アヤスサはまた正面を向いて、今度は何かに焦点をあわさずに遠くを見ていた。

「進歩や調和は、けして偶然齎されるものではなく、そこにはなんらかの力が働いている。その進歩と調和を齎す力をエンライトメントパワァという」  

 ダルマニオは両手を頭の後ろで組んで、座席の前のモニタに足を乗せて口を挟んだ。

「宇宙歴八百億年前後、リアルク協定より前に、エンライト博士によって発見されたと云われている」

 アヤスサにいい恰好をさせるのが嫌なようだ。

 アヤスサは気にせずに続きを話した。

「その逆に、停滞、衰退、不調和を齎す力をダァクソォオツと云う」

 わかるかい? という風にオリスをみる。オリスが頷くのを確認してまた話を続けた。

「侵略するため、リアルクの協定を適用させないためには、星全体のエンライトメントパワァより大幅にダァクソォオツを増やす必要がある。そこで、大量の兵隊を星民にウォオクインさせて、ダァクソォオツを生産するのだ」

 アヤスサは、次はダルマニオを見て続きを促した。ダルマニオは座り直して話し出した。

「この方法には時間がかかる。政治、教育、情報を操作して、星民自体がダァクソォオツを生産するように育て上げなければならないからな」

 オリスは、ダルマニオとアヤスサを見て、私はベルトをしてても宙に浮きそうになるのに、どうしてみんな大丈夫なんだろうと、辺りを見回した。

「聞いてるか? 」

 ダルマニオは身を乗り出してオリスを見た。

「き、聞いてますよぉ」

 オリスは冷や汗をかいた。それから云いにくそうに小声で「う、ウォオクインてなんですか」と聞いた。

 さっきからうしろで聞いていたガルアランも、さすがに吹き出した。

 ガルアランが吹き出したのを見て、艦橋内は一気に和んだ。

 アヤスサは、根気よくウォオクインについても、なぜプレオミスが侵略されてしまったかも説明した。

 リアルクの協定といえど、軍事力なしにはなんの効力もないのだ。

「第一種警戒体制解除」

 艦橋の前方の兵士が指揮艦よりの命令を読み上げた。

「解除か……」

 アヤスサは、ベエタの出方を考える。カンダハルが関わっているか否か。これが重要だった。

「しばらく動きはなさそうだな……」

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