第8話

 オリシアは、山間部を抜けて船の中央部にやってきた。さすがにベガルファの科学技術は宇宙一と云われるのがわかる。

 立ち並ぶ施設の数に、これが宇宙船の中なのかともう一度疑った。そのうちの真っ黒な建物の一つに、厳重なセキュリティを抜けて入る。中にはたくさんの武器が格納されていた。

「さぁ、自分の生命を護るものだ。好きなのを二つ選べ」

 ガルアランは、ガラスの向こうに格納されている膨大な数の兵器の中から二つを選ぶように云った。オリシアは武器には興味はなかった。しかし、ガルアランの言葉は、母星を侵略によって失った者には心に染みる重みがあった。

 オリシアは、よく勉強してから選びたいと、その期限を区切って申し出た。

「よかろう。ではこいつから学ぶがいい」

 兵器担当兵のダルマニオは、背が低く顔が丸い。ベガルファ人ではなかった。

「ついてこい」

 ダルマニオは顎でオリシアを呼んだ。オリシアは黙ってついていった。ガラス張りの格納庫の中に入る。大きなものから小さいものまで様々だったが、携帯するには必然的に小さいものになる。

「ナニから学ぶ? 」

 ダルマニオはぶっきらぼうに話す。オリシアの目線の先にたまたまあった銃を手に取る。

「これか? 眼が高いな。これはベガルファ製の最新式レィザァリボルバァ、VG286だ。連続六発までは充填時間なしで撃てるんだ。リボルバァの名前の由来はそこから来ている。最長射程は二万五千キロ。到達速度は光速とほぼ同じだ。まぁ肉眼で見える範囲は問題なく撃てるし、こいつの弾が飛び出したのを正面で見てる奴はその時点で死んでるって訳さ」

 ダルマニオはホルダァから取り出して撃つ真似をしながら一気に話し出した。

「こっちか? これはベガベタのレィザァバズVBBだ。捕獲したのを整備して使っている。確かに強力ではあるが、我々の装甲がこれで破られた例は聞いたことがない」

 オリシアが視線を動かすたびにダルマニオは説明をはじめる。

「ちょ、ちょっと待って! 」

 オリシアは両手を出してダルマニオを制した。

「一つずつ順番に、ゆっくり説明してくれる? 」

「これがなんだっけ? 」

「こっちはなんだっけ? 」

 それからはオリシアのペースだった。オリシアは掃除の例でもわかるようにはじめ出すと止まらない。ダルマニオは、飯も食わず、眠りもしないオリシアに心から驚いた。

「プ、プレオミスの人間は眠らなくても食わなくても死なないのか? 」

 後からこっそり同僚の兵士にこう聞いたらしい。

 ガルアランと約束した時間までに、ほぼ三千種類の兵器を一通り学んだ。中からオリシアが選んだのは、護身用の小型レイザァ銃ナデシコと、鉄でできた小刀だった。

「これでいいんだな? 」

 ガルアランは念を押して確認した。

 ダルマニオの説明によると、ナデシコは小型だが、ベエタの重兵士の鎧も撃ち抜くパワァを持ち合わせているし、普段はそのパワァを調整できるという。また、小刀はよく焼入れされていて、硬過ぎず柔過ぎず、非常にいい出来だといった。何でもミルキィウェイから渡ってきた掘り出し物らしい。まぁ、そんな原始的な武器を使うものはベガルファにはいなかったが。

「はい」

 オリシアは満足気に云った。

「よし。では、早速これをばらして仕組みを理解しておけ。刀もよく研いでおけよ」

 ガルアランはそう云って、またどこかへ行ってしまった。

「これをばらすの? 」

 ナデシコを手にとってオリシアは溜息をついた。

「自分の武器の手入れは自分でする。それが兵士だ」

 ダルマニオは自分の武器をばらしはじめた。

 プレオミスは、ベガルファには劣るとはいえども、屈指の科学先進星だ。ものを記録するにも筆記用具などまず使わない。学校で習う程度だ。ましてや武器を整備する道具など、オリシアは見たこともなかった。

 ダルマニオは、ここでもマニアックな知識をひけらかしながら、一つひとつ丁寧に説明した。

「そこのネジをこのドライバで、そう。ほら、ここがレイザァ発生装置だ。ダメダメ、乱暴に扱ったら暴発するぞ。そう。女の尻を撫でるように慎重に」

 ダルマニオは、そう云ってからオリシアの顔を見て赤面して俯いた。

「す、すまん。ついいつもの調子が……」

 オリシアは、油を鼻の頭や頬につけながらクスクスと笑った。

「あぁ、そこはもっとしっかり押さえないとはまらない」

 ダルマニオが押さえると、反動でネジが飛び、ダルマニオの鼻にささった。

 アハハハと、オリシアは今度は腹を抱えて笑った。久しぶりに笑った。

 ダルマニオも笑った。なんだか、オリシアの笑顔に癒される気がした。

 

 ナデシコが組み上がると、次は射撃訓練のブースへ移動する。

 防弾ガラスで回りを囲まれた部屋に入った。

「このガラスは、レイザァから実弾、なにも通さない超強化ガラスだ。一万五千度に耐える耐熱だし、一切の音を通さない防音だ。確かハルタミナの艦橋にも同じものが使われている」

 ダルマニオは止めなければ説明を辞めない。

「的は形状記憶セラミックだ。粉々になっても水に通せばもとに戻る。下がベルトコンベアになっていて、そのまま下の水槽につかり復元されて再利用される。固定でも、動く的にも設定できる」

 オリシアはキリのいいところでダルマニオをとめて、試し撃ちにチャレンジした。

「右手で握ったら左手をこうグリップに固定して動かないように」

 ダルマニオは撃ち方も丁寧に教えてくれた。

「じゃあ、まずあれを狙って」

 一番簡単な大きめの固定の的を指差した。

「んっ」

 オリシアは、片目をすぼめて真剣に狙う。

 キュンと細い音がしてオリシアの身体から発するのと同じ青緑のレイザァが向こうに見えた。早過ぎて到達する過程が見えない。

 ただ、的から大きく外れているのは一目瞭然だった。

「どうせ暫くやるんだろ? 俺は一眠りしてくるよ」

 ダルマニオは、悔しそうな顔をしているオリシアを見て、そういって部屋を出た。

 オリシアは、黙々と練習を続けた。

 ダルマニオが十二分に眠ったのだから、プレオミス時間で八十時間は過ぎただろうか。

再び部屋に戻ったとき、オリシアは、最高難度の直径一センチの動く的にチャレンジしていた。

「どうしても上手くいかない」

 入ってきたダルマニオに愚痴った。

 ダルマニオは、カラカラと笑い「当たるわけがない。伝説の射撃の勇者、我がガンマニオ星のシャマニオでも、この距離なら直径三センチが限界だ」と馬鹿にした。

 オリシアは、直径三センチをセットして、ダルマニオの前で撃ち抜いた。

 オリシアは、少し得意げな表情でダルマニオを見たが、すぐに自分の浅はかさを後悔した。

 ダルマニオは血相を変えていた。

「なんてことだ! ガンマニオでは射撃の腕で身分が決まる! どうか俺を家来にしてください! 」

 ダルマニオは、そのまま土下座した。

 オリシアは困り果ててダルマニオの肩を揺すった。

「そんな、困りますよ~。兵器に関してはダルマニオさんが先生じゃないですか~」

「いいや、これだけは譲れねぇ! こんな名誉はガンマニオ始まって以来です! 家来にしてくれるまで、この頭はあげられません! 」

 ダルマニオは額を床に擦りつけた。

 オリシアは困り果てて根負けした。

「わかりましたから~」

 顔をあげたダルマニオは、涙を流して喜んでいた。

「王様! ありがとうございます! 」

 オリシアは眉をへの字にしながら、困った笑みを浮かべた。

「王様はやめてくださいよ」

 ダルマニオはオリシアを見た。

「ではなんと? 」

 オリシアは顎に人差し指を当てて少し上を向いて考えた。

「ん~。オリシアで」

 笑ってごまかした。

「ガンマニオでは、目上の方を呼び捨てると犯罪になります」

 ダルマニオは、さっきまでオリシアを「おい」とか「こら」とか「おまえ」とか呼んでいた。オリシアは可笑しくなった。

「じゃあ、オリスで」

 オリシアは、プレオミスで呼ばれていたあだ名を教えた。

「それは? 」

 ダルマニオが聞いた。

「プレオミスでは目上の方を略称で呼ぶのよ」

 オリシアは舌を出して笑った。

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