第6話
かつて、プレオミスは平和だった。
芸術を愛し、調和を守り、誰もが美しく輝いていた。それは抽象的な表現だけでなく、具体的に、いつしかその体から心の美しさが光りとなって発するように進化していた。
星全体が美術館のように飾られ、建物も、乗り物も、すべてが作品であり、同じものは一つとしてなかった。
個性が豊かに発揮されていて、それでいて全体で調和を保っていた。
科学技術も最高度に発達し、何一つ不自由はなかった。
それでも、彼らは堕落することなく、熱心に芸術を極め、学問に励んだ。
ただ一つ、他星からの侵略に対して無防備だったのだ。
オリシアは、星の王であるクマネミの第三婦人の娘として生をうけた。第三婦人のオルネアは、王とは身分違いの比較的貧しい家系に生まれ、はやくに家族を失った孤独な女性だった。
クマネミ王にはたくさんの子があった。そのため、オルネアの要望通り、オリシアを普通の子として育てることを許された。
やがて、ベガ星雲の二番惑星ベガベタ、通称ベエタ星の侵略を受け、王族はことごとく滅んだ。ベエタの者は、プレオミス人が好物であるため、王族は生きたまま彼らに食された。残りの民は養殖場へ収容された。
かくて、オリシアはプレオミスの唯一の王族となった。
あぁ滅んだ惑星の王など、なんの意味があろう!
オリシアは、ハルタミナの講堂で王として、非難民達に釈明しなければならなかった。
控室の椅子に座り、小綺麗な衣装を着せられ、冠をつけられたオリシアは、お付きの兵士であるカラドアに原稿を渡された。
「王様、なにを云われても答えることなく、ここに書かれてあることだけを読んでくださればいいのです」
オリシアは、黙りこくってやや俯き加減になり、宙空をみつめていた。
心臓から胃の辺りが、何か有刺鉄線のようなものできつく縛られているようでもあり、また、鉛を提げられたように重くもあり、えぐり取られたようにからっぽにも感じるのだった。
ちょっと冷静にはなれなかった。いや、生まれてからもっとも冷静でもあった。
あの醜い蜥蜴に、母が頭から食いつかれる。まるでトマトのようだ。ビチャっと血や中身が辺りに跳ねる。その様子が、頭の中でリピイト再生されても、もう涙も出なかった。
ときおり、ガタガタと身体が震え、叫びたい衝動にかられ、実際に狂ったように泣き叫んでは、カラドア達に何やら薬を飲まされて、椅子の上で眠りこくった。
次に気付いたときは、すでに講堂の壇上に登壇していた。
オリシアは、当たり障りなく作られたシナリオを、淡々と読み上げていた。
大衆ほど恐ろしいものはない。
平和なときには、軍事に費やされる予算がないことを誇りのように思い『プレオミスは永久に戦争と軍事力を放棄する』と書かれた憲章を後生大事に守ってきたのは、王族ではなく大衆なのだ。
ハルタミナに収容されたのは僅かに一万足らずの難民だが、彼らは口々に王族を容赦なく批判した。プレオミスの悲惨な姿を見れば、誰にもそれを悪くは云えないであろう。
心ない罵声がオリシアにとび、大衆は、手にしたものをなんでもかんでもオリシアに投げつけた。
もう、身体が発光しているものは誰ひとりとしていなかった。
オリシアは、「あぁ、このまま死ねればいいのに」と、何が飛んで来てもよけることはしなかった。いや、そんなことも考えることはできなかったろう。
すぐに兵士に囲まれて控室へ連れ出された。
それから何日も、明かりも付けずに部屋に閉じこもり、なにも食べず、なにも話さなかった。
守役は大変だった。必要な栄養素を薬にして無理矢理飲ませたりした。わけもなくあっさり飲むこともあれば、暴れて噛み付いたりもした。
そんなオリシアが一変したのは、ベガルファの船からの申し出だった。気分転換にこちらでオリシアを預かろうと云うのだ。
艦長以下、賛成するものはなかった。
たとえ味方の船とはいえ、たった一人で送り出すのは怖かった。
だが、オリシアは、生き返ったように行くと主張した。
結局オリシアの固い決意に押し切られ、艦長はベガルファの申し出を受け入れた。
オリシアはカラドアに付き添われて、その日のうちにベガルファの船に入った。
「ようこそ」
船と船とを結ぶ簡易な連絡橋を渡り、ベガルファの船に移る。出迎えたのはガルアランという将校一人だった。
「我がプレオミスの王なるぞ! 」
カラドアは待遇に対する不満をぶつけた。だが、オリシアは違った。ハルタミナの艦内との違いに驚いていた。
ハルタミナの十倍以上ある大きな船だ。
ベガルファの船に入ったというより、森にでも迷い込んだようだった。辺りは美しい緑に囲まれて、鳥の囀りがする。空気もとても綺麗だ。
オリシアは、カラドアもガルアランも置いてフラフラと森に引き込まれた。
恐る恐る木に触れてみると、木は確かにそこにある。ホロスコオプではなかった。
ガルアランは、その様子をじっと見ている。
「仮にも我が王を迎えるに、将校一人とは何事か! 」
カラドアは「一番艦に行ってかけあう」とか「この話はなかったことに」とか騒いでいたが、オリシアの一言で大人しくなった。
「カラドアさん、もう帰っていいよ。一人で大丈夫」
「王様! 」
カラドアはオリシアを諭そうとまた大きな声を出したが、「滅んだ星の王が威張ってもしょうがないよ」とオリシアは木々を見たり、また枝を渡る猿を見たりしながら答えた。
カラドアはベガルファの兵士に促され連絡橋へ戻された。
「心配なさらぬよう」
ガルアランはそう云って、カラドアを連絡橋へ押し出すとハッチを閉めた。
ハッチの向こうでカラドアはまだ何か云っていたが、連絡橋側のハッチも閉じられてスルスルとハルタミナへ戻っていった。
「お嬢ちゃん」
ガルアランは、好奇心旺盛に森をあちこち見ているオリシアに言葉をかけた。
「さっそくだが働いてもらうぞ」
オリシアはガルアランを見て頷く。
ガルアランはじぃにそっくりだった。
オリシアがじぃと呼ぶマイオルクは、オリシアの祖父ではない。今思えばお目付け役だったのだろう。物心ついた時から世話をしてくれ、オリシアにとって父のような存在だった。プレオミスでも少ない種族の肉食狩猟型人類だった。普段は人の姿をしているが、狩りをするときはクマの様になる。それも、悠久の昔にそういう生活をしていただけで、今では退化して変身さえできるものは少ない。
ベガルファの人間は、相対する者の望む姿に自分を見せるという。その性質が、オリシアにガルアランをじぃに似ていると思わせたのかも知れない。
「まずは掃除からだ」
ガルアランに云われて、オリシアは後ろに続いた。
森をでて山道を歩くと、大きな倉庫が現れた。
「これに着替えろ」
オリシアは王らしくお姫様のような白いドレスを着せられて冠をつけていた。
ガルアランは兵士が普段着る簡易作業着のような制服をほうった。
オリシアは、「ここで? 」と目で訴えたがガルアランは「嫌なら船を降りろ」ときつく云って後ろを向いた。
オリシアはすぐに着替えをはじめた。
「ここは食料庫の一部だが手が回らず整理ができていない。綺麗にかたづけて目録をつくれ」
ガルアランはそれだけ云うと他にはなんの説明もせず、オリシアのドレスと冠を持ってどこかへ行ってしまった。
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