第5話
外へ出るとまず、湿気やら暑さやらで空気が普段の三倍くらい濃く感じた。
空は抜けるように青く、白い雲がまさに入道のようにムクムクと高い高い山脈を作っていて、ほとんど動きはなかった。
どこからかラヂオの音が聞こえる。暑さとは裏腹に軽快な話しぶりだ。
古いタイル張りの民家が並び、室外機が力無く回っていた。
最近はめっきり少なくなった蝉が、頼りな気に鳴き、どこか彼岸を思わせる。
ゆらゆらと遠くで揺れる陽炎も、まるで白昼夢でも見ている気にさせた。
確かに夢のような光景だった。
突如、真っ青な空を、銀色に陽光を反射する円筒の物体の大群が埋め尽くしたのだ。
『さあてここでビッグニュースが飛び込んで来ました! 今、関西上空にUFOの大群があらわれたとのメールが相次いで寄せられています! 暑さで夢でも見てんじゃないの? では次の曲……』
ラヂオのDJが、そんな話をしているのを小さく聞きながら、少年は、持っていたアイスバァを落とし、口を開けて空を見ていた。
同じころ、ニューヨークでも、摩天楼を覆い尽くすようにたくさんの「なにか」が空を埋めた。
上海でも、他、世界中で同じことが起こったが、それはほんの一瞬の出来事だった。
それらの物体は、大事になる前にすううと消えてしまった。やがて人々はこの出来事も忘れてしまうだろう。残ったとしてもせいぜい都市伝説かオカルト雑誌の記事か、ネットで流れる程度だ。
ロレットは、空を見上げる大輝の口を通して云った。
「……はじまる」
「なぜ地球人はなんの対策もとらないんだ! 」
勇気の鍼灸院に大輝の声が響いた。
勇気は顔色一つ変えず、黙々と仕事をこなす。
「このままじゃ……」
勇気の後ろをついてまわりながら、ロレットは懇々と同じ話を繰り返した。
「だ、大輝くん! 他の患者さんに迷惑だから! 」
助手の愛が恐縮してロレットをとめる。ロレットは構わずに勇気を追い回した。
「はい。今日はこれくらいにしときましょう」
勇気は患者の背中を軽く叩いた。
「ありがとう先生。また変な子に気に入られたな」
常連の山田は、慣れた様子でそう云ってレジの愛のところへ行った。
「いつものことですよ」
勇気は山田を見て笑った。
「お大事に~」
愛が山田を送り出すと、勇気は真剣な口調で話し出した。
「リアルク協定がすべての鍵となる」
ロレットはとたんに黙った。
「ベガとプレアデスの義勇軍が監視している中、リアルク協定を破って進軍してくることはまずない」
ロレットは、俯いた。
「協定は、この星が調和していることが前提だ」
たくさんの人が怨霊を憑依させて生きている姿を思い出した。この星が調和しているとは思えなかった。
勇気は、道具を手入れしながら大輝をみた。
「そうだ。調和していない星は、侵略されても文句は云えない決まりになっている」
大輝は、両拳を握り締めた。
「……放っておけと? 」
勇気は、視線を戻して綿の白い布で銀の鍉鍼を磨いた。
「おまえがまだオリシアと呼ばれていた頃のプレオミスとは違って、奴らはリアルク協定のためにこの星が調和している間は手が出せないってことだ」
大輝は力をこめて反論した。
「リアルクの協定は当時からあった! 」
勇気は磨いた銀鍼を光にあてて、傷がないかを確認した。
「しかし、それを止める力がなかった……」
大輝は悔しそうに俯いて両拳を握る力を強めた。
「そうだ。奴らは侵略してから、プレオミスが調和を欠いた悪星だったと法廷で語った。あの美しいプレオミスがだ! 」
悔しそうに拳を振るわせる大輝が一変してケロッと云った。
「よーするに、この星が平和なら宇宙人は侵略できんのやろ? 」
また、同じ大輝が別人のように高い声で話す。
「それは、見た目がそうならいいということではない。人々が心から幸福や安らぎを感じていなくてはいけない。今の地球はとてもそうは見えない」
大輝は力なく治療用のベッドに腰掛けた。
「てことは、侵略されても文句いえんってことやんな」
勇気は道具を棚の木箱にしまうと、考えながら云った。
「方法が、ないわけではない……」
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