第3話
そこは不思議な場所だった。
はじめに眼に飛び込んできたのは、満天の星空だった。時折長い尻尾をしいて流れていくものもあった。
次第に辺りが少し明るくなってきて、まわりの様子を知ることができた。
さっきまで、たくさんの星が瞬いていた天井も、まわりの壁も、薄茶色い土を塗り付けたようになっている。
窓には黒地に白の象が描かれたモノトンのカアテンが敷かれ、そのうえからバンブでできた蓮柄の簾がさがり、さっきから風を受けてカラキラと涼しげな音を奏でていた。
家具はバリのもので統一され、何れも黒く塗られた竹でできている。
観葉樹には菩提の木があてがわれ、ハアト型の葉が個性を主張していた。
室内の照明はきつくなく、落ち着いた様子を演出している。広さは六畳ほどだろうか。
「気がついたかい? 」
大輝が一通り室内を観察したころ、男の声が大輝を呼んだ。
「もう少しで救急車で運ばれるところだったよ」
壁と同じ色の作務衣を来た男は笑った。
「別にどこが悪い訳でもないだろう? 」
男は意味深く大輝の表情を伺った。
「なにも答えるな。奴は敵かもしれない」
ロレットが心の中でそう云った。大輝は口をぎゅっと結んで黙った。
扉を叩く音がして、女性がお茶を持ってきた。小さな焦げ茶のお盆に乗せられた湯呑みと御手拭きを、男はお盆ごと受け取ってベッドへ置いた。
「どうぞ。いいお茶だよ」
男は大輝に茶をすすめる。大輝はベッドに腰掛けて黙ったままだった。
「なにも話すなって云われた? 」
男は黒い竹で組まれた棚の上のものをゴソゴソといじりながら話す。
「君と同じように、さっきの幽霊を見られる者がいただけのことさ。むしろ、助けた御礼を云われてもいいんじゃないか?いや、けして御礼を云ってほしい訳ではないんだがね」
男は、用事が済んだのか、振り返って大輝をみた。棚からは細い煙がつぅぅとあがり、辺りは甘い茉莉華の香に包まれた。
男の話はもっともでもあった。それでも、大輝の人生で、自分と同じように幽霊が見える人になんか、一度だって会ったことがない。むしろそれが最大の悩みだった。あのタイミングで人生一人目に出会うなんて、出来過ぎている。
大輝がそう思うのにも無理はなかった。
「では、中の人に伺おう」
男は左手で右肘を抱えて右手を顎につけて、声のトォンをやや低く変えた。
レイルが大輝に乗り移ったのは、明らかにばれている。
レイルは用心深く男の次の言葉を待った。
「まぁ、まずは冷めないうちにどうぞ。本当にいいお茶なんだ」
男は右手を出してもう一度茶をすすめた。
レイルは、期待していた言葉を得られず、また、人間くさい社交辞令に辟易した。
大輝は違った。まだ中学三年生なのに、渋い緑茶が大好きで、なぜそれがわかったのだろう?と本気で不思議に思っていた。
大輝は湯呑みを手にとった。
いい香がする。一口飲む。熱すぎないし、渋すぎない。よく出ている。旨かった。
「さて、あなたが誰なのか、この時期に地上へ降りて来た理由はなんなのか。それを教えてもらいたい」
男の質問は直線的で、とくにまわりくどく飾ったところはなかった。それはロレットの好みにあった質問の仕方だった。
「あぁ、失礼、私は阿倍野勇気といいます」
男は礼をかいた質問だったと反省し、そう付け足して頭をさげた。
それでもロレットは慎重だった。なんせ地上ははじめてだ。生きた人間と話すのもはじめてなら、茶を飲むのもはじめてだった。
「僕、山本大輝。この人はレイル・ロレットさん」
大輝はロレットに断りなく口を開いた。
ロレットは大輝に余計なことを話すなと伝えた。
「大丈夫やって」
大輝は言葉に出した。それからまた茶を啜る。
「ありがとう。で、ロレットさんはどういう目的で降りてきたのかな?」
大輝は湯呑みを置いて勇気をみた。
「勇気さん? 」
勇気は、ん? と頭を軽く動かした。
「勇気さんはレプタリアンですか? 」
大輝も、ロレットがもっとも心配していることを隠さずに聞いた。
勇気は面食らったが、その一言で大概のことを理解した。
「君はレプタリアンが何なのか知っているのか? 」
勇気は、棚に置いてある蛙の彫刻を意味なく触ったり手に取って見たりしながら聞いた。知っているとすればそれはレイルの知識だ。
大輝はまたコクッと頷いた。
勇気は蛙の彫刻を戻すとやや目線をあげて、遠くを見るように話をはじめた。
「そうだなぁ、ずいぶん昔の話だよ? 今は、根っからの地球人。いや日本人だな」
勇気は目線を大輝に戻した。
「レプタリアンだけじゃないし、むしろその時期は短いといっていい。君が恐れているような者ではない」
勇気は繕うようにまた付け足した。
「証明できるか? 」
とうとうレイルは、大輝を通して言葉を放った。
「中に、入ってみるか? 」
勇気は両手を広げてそう云った。
ロレットは迷った。自分の過去をこれほど明確に悟っている人物は他にはいまい。できれば味方にしたかった。ただ、もし敵なら、手のうちを明かすことになる。
「失礼」
ロレットはそういって、大輝から勇気へ移った。
ロレットが放つ金色の光が辺りを照らしたがそれはつかの間のことだった。
勇気は、一時苦しそうな表情をしたが、すぐによくなった。
レイルは一分と待たず勇気からでて大輝に戻る。また部屋がパアッと明るくなった。
「なるほど、役割は違うが目的は同じか」
勇気が呟いた。
「大きな意志が私たちを動かしている」
大輝を通してレイルが云った。
「なんで僕を選んだん?」
同じ口から大輝が話す。
「さあな」
また、大輝の口が開いた。
「ことは急だな。すぐに行動に移らないと」
勇気は腕を組んでそう云った。
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