ドナウの青

旭 東麻

ドナウの青

 静かに、静かに。川が流れている。


 私はここを、「ドナウ川」と呼ぶ。本来の名前ではないけれど。ワルツにも書かれた、美しき、青き「ドナウ」。なんだか、幻想的な気がするから。


 今日も、この河川敷を一人で歩く。


 学校が終わって家に帰る前に、ここを歩こうと決めたのは、つい二、三日前のこと。遠回りだけど、違う道を通って帰るのも、なかなか楽しい。


「ああ、今日も会えなかった。」


 これは趣味であり一つの淡い期待でもある。たとえ楽しくとも、期待が外れれば沈んだ気持ちになるのは当たり前。軽い溜息をついて、家に帰る日がほとんど。


 私は友達に会おうと、ここを通っている。違うクラスだけど、昔から知ってる男友達に。なんでも気を許せる仲で、休みの日は共通の友達を誘って遊んだりする。


 彼はべつに、特段モテたりとか、目立ったりとかしているわけじゃないけど、彼といると楽で。彼の人となりが好きで。一緒に帰ったり、たまーにするととても楽しい。


 最近は、学校の中でもなかなか会えていない。話すらもしていない。寂しい。しばらく会えないと胸がモヤモヤして、「わーっ!」と叫びたくなる。


 会いたいな。


 会いたいな。


 彼の家は私の家よりも学校から遠いし、いろんな帰り道を彼は知ってるから、他の男子たちと私がいくと不自然な方向で帰ったりする。


 女友達の誘いを断ってついていこうとした日に、そういうことがあって、なんだか裏切られた気がした。その日から、私はこの「ドナウ川」の河川敷を、彼に会うために帰り始めたんだ。もしかしたら、偶然会えるかもしれないから。


 彼は私と同じ道を帰ることが多いんだから、偶然なんて物に頼って別な道を行くより、普通に帰った方が確率は上がるかもしれない。「一緒に帰ろう」と誘ったら、ほとんど確実だろう。


 でも、誘う事なんてできない。変な噂を立てられたらたまったもんじゃない。普通に帰れば、邪魔が入る。それに、私はこの遠回りに魅力を感じているから、たとえ確率が低くなっても、私はこれを続ける。会えないからこそ、久しぶりに会って話したとき、より幸せに感じるのかもしれないし。


 ただ、会いたい。話したい。姿を見て安心したい。誰かと仲良くしてるのは見たくない。恋人になんて、なれなくていい。友達のままでいい。すぐ隣にいて、いろんな話を私に聞かせてほしい。彼の話が、声が、とても好きだから。


「明日は、会えるかな。」


話や声を。聞けるかな。

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ドナウの青 旭 東麻 @touko64022

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