第22話 「あの人のことが、気がかり」「悲しんでいるあなたが好き」

 大学のゼミ時代の記憶、教授の声が、聞こえてきたような気がした。

 「君たち。もうすぐ、社会に出るんだよ?大丈夫なのかね?私は、君たちに、これからの社会生活に役に立つものを、贈ってあげるよ。社会を生きるための、言葉だ。花の言葉は、素晴らしい」

 「教授、ありがとう」

 「花の、言葉?」

 「やっぱり、ボケちゃったのかな?」

 「…聞こえるだろ」

 「教授、感謝でございまーす!」

 「ラッキー」

 「サンクス、ラックス」

 「…いいかね、君たち?」

 「はい、はい」

 「教授、何?」

 「君たち…。ニホンという国が、あるんだがね」

 「あ、知ってる」

 「知ってる、ラックス」

 「俺も、知ってる、ラックス」

 「キャッ、ニホン!あたし、ときめいちゃうー!」

 「…何、言いだすのかな?」

 「よし、聞いてみよう」

 「ドロシー、知ってるの?」

 「うん。有名だもん。おじさんとかにばっかり優遇しちゃったから、今になってそのツケが回って、働かないのに金もらえる妖精が生まれちゃって、残酷なメルヘン童話にはまって、バカを見た国、でしょ?自分で穴掘って、自分で落ちた。うだうだ言って、ディグダグやって、穴掘って、穴にはまって固められていくロードランナーって、良く考えたら、残虐殺人事件じゃない?時間が経つごとに、穴が固められていって身動き取れなくなって、死ぬのよ?超絶的な、時限装置。子どものころ、怖かったわ。いや、ほんと。…みたいな。その国も、穴にはまったわよね?一時期、優秀な人たちにシャドウスナップかけて、今になって、あれはやばかったよね、うちの会社どうするよって気付いて採用し直そうとしたら、良くわからないんだけれど、年齢制限で不採用になる、意味不明国。それでも、再チャレンジっていうことで、再雇用された人は、良いわ。がんばってほしい。応援したい。就職課なら、絶対に、そう言うよね。本音は、あたしたち新卒だけ助けられれば良いって、思っているくせにさ。けれど、実際には、そうは上手くいかないのよね?だって、会社には、新卒一括採用っていう謎の最凶カードを行使できるあたしたち新卒が、横入りしちゃうんだから。あたしたち新卒と、その、再チャレンジできた優秀な世代が、上手く、歩調を合わせられる?難しいよねー。…って、私が言うこと?あら、ごめんなさいね。定年退職世代のおじさんを追い出せて、あの国の会社なら、ホッとすることでしょう。でも、甘いんだって!あたしたちのような新卒が、いるんだもんね…。新卒は、強いのよ?中途で入ってきた優秀な人なんか、ムカついて、殴っちゃうし。面接練習では、就職課のおじさんが、殴ってなぜ悪いかとか、言ってたと思う。あの言葉って、愛の花言葉だったんじゃないのかしら?愛のサボテンも、あったわけだし。あの花言葉たちって、やっぱり、あたしたち新卒のためにあるような言葉、だったものね。あたしたち最高の花の新卒は、これからも…」

 「黙れ、ドロシー!」

 「…口、ふさぐの?」

 「いや。だからそれは、まずいって」

 「…これ!」

 「ほら。教授に、怒られちゃったじゃないか」

 「良いかな?その、ニホンという国では、歌を送り合ったりして、互いの気持ちを伝えるんだそうだ。面白いじゃ、ないかね。私も、君たちに言葉を贈ろう。素敵な、花の言葉をね」

 そうしてまわりは、そして冥界もまた、静かになっていった。

 そんなこんなを今になって思い出せた彼は、世界に1つだけの、非の打ちどころのない花だった。

 悲しいことだった。

 冥界の中で、リンドにこう教えてもらったことも、ようやく、ようやく、思い出すことができたのだった。

 「ねえ、知っていましたか?パセリには、死の前兆という意味の花言葉も、あるんですよ?」

 悲しいことだった。

 学生時代…。

 あのとき教授は、彼ら学生にパセリをふんだんに食べさせて、何を伝えたかったのだろうか?

 現実世界で冷たくなっていた彼の身体の横には、1輪のリンドウの花が、そっと、添えられていた。

 セシルの心の中に、神の言葉が、聞こえてきた。

 「こんな結末は、あまりに、悲しい。神の力で、トキオを、生き返らせようか?セシルよ。良いか、セシルよ。トキオを生き返らせたいと思うのなら、今日は、日没まで、店にいなさい。そこで、トキオの帰りを、待つのだ。今から日没まで、ずっと、店の入口を開けておくが良い。門を、開放しておくのだ。いつでも、トキオの魂を、招き入れられるようにするためにだ」

 それを聞いてすぐに、セシルと子どもたちは、店の中にあった扉を、すぐに締め切った。

 悲しいことだった。

 ラフレシア公園にあった公衆電話は、皮肉にも、彼が働いていた建設会社によって撤去されることとなった。

 悲しいことだった。

 彼が死んだ、その、翌週のことだった。

 リンドウのもつ、もう1つの花言葉は、これだ。

 「悲しんでいるあなたが好き」

 彼の亡骸の側には、何者かの手によって、かつて届けられたのと同じ色のオダマキの花も、添えられた。

 白のコロンバイン、オダマキの花言葉は、これだ。

 「勝利を手にする」

 彼は、それを手にすることが、できたのだろうか?

 彼が、手にできたのは…。

 白のコロンバイン、オダマキのもう1つの花言葉は、これだった…。

 「あの人のことが、気がかり」

 あの人とは、一体、誰のことだったのだろうか?

 彼には、最後まで、理解ができなかった。

 「ポケー」

 理解したいとも、思えなくなっていた。

 「ポケー」

 リンドは、いつまでたっても、帰ってはこなかった。





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あの人のことが、気がかり。そして…、悲しんでいるあなたが好き。ときには、そんな花言葉を! @maetaka @maetaka1998

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