第19話 「お…男って、超面白い!」
帰宅後、本当に、ネギの花部分を教授宛てに贈ってあげた。
それから、3日後。
彼のいたアパートの部屋に、教授から、また何かの花が贈られてきた。
「何だろう、これ…」
ネットで調べると、それは、ツクシの花だと、わかった。
「え?ツクシの花だって?」
手紙などは、一切、そこに添えられていなかった。
「あれ?」
ツクシの花だけが、贈られてきたのだ。
そこで彼は、退社後に、セシルの花屋へと向かった。店のカウンターには、予想通り、セシルが立っていた。
「えっと。ある人から、これを贈られたんです。えっと。これって、どういう意味なんですかねえ?」
セシルは、彼に、丁寧に教えた。
「そうですねえ…。ツクシ、ですか。ツクシの花には、驚きや意外といった意味が、ありますけれど…」
それを聞いた彼は、驚いた。
「何だって?教授は、花を贈る俺に驚きだとでも、言いたかったのか?それとも、社会に出てくじけていない俺が意外だとでも、言いたかったのか?」
少し、頭にきてしまった。
「あの、教授め…」
完全に、頭にきてしまった。
…そのとき、だった。
ふと、ある気付きに悶えてしまったのだった。
「あれ?もしかして俺、花経由で、馬鹿にされているんじゃないのか?」
怒りが、上昇した。
が、その怒りも、とりあえずは抑えて、1ヶ月を置いてみた。それから、例のセシルの花屋に、寄ってみることにした。
夏も近付き、夜の道も、比較的明るくなっていた。
「参ったな。会社帰りの新しいノルマが、できてしまった」
自虐的に、笑えてしまった。
「あれ…?」
その日の帰り道、劇的な変化が、起きていた。
いつもは見られたはずの、店長セシルの姿が、見えなくなっていたのだ。彼が店を覗いたときに顔を出してきたのは、セシルとは、明らかに、別の女性だった。
それが、どうやら、以前にセシルの言っていた、リンドという名の女性のようだった。
「いないの?」
思わず、店内を、見回してしまっていた。
「お客様、いかがなさいましたか?」
店内をキョロキョロ見ていたスーツ姿の怪しい男が、リンドに声をかけられるのも、当然だったか。
「いや、その…」
「はい?」
「あの。えっと。店長さんはいないかなあと、思って…」
彼は、多少、うろたえていた。
リンドもまた、比例して、うろたえ気味だった。
「店長で、らっしゃいますか?店長でしたら、その…」
ずいぶんと、曇り声。彼は、また、うろたえてしまっていた。
「え?ど、どうか、したの?」
「その…」
「店長に、何か、あったの?」
彼には、これと言って思い当たる節は、なかった。あるとすれば、このことくらいだった。
「セシルに、ある花を贈ったこと」
数日前に、彼は、セシルに、花のプレゼントをしていた。
「これ、俺の学生時代に、皆でお祭り騒ぎをして食べた物の花部分です」
そんな戯れ言で、パセリの花をプレゼントしたことがあったのだ。
いわゆる、食卓に上がる、あの、パセリではない。
その、花段階の、パセリだった。
彼が最後にセシルと関わったのは、そのときのはずだった。それから、なぜか、セシルとは会えなくなってしまったことになるのだが…?
「でも、どうしてなんだろうなあ?」
結局、わからないままだった。
リンドが、口を開いた。
「お客様。店長ですよね?」
「うむ」
「店長なら、店の奥におりますが…」
リンドのその言葉だけが、救いだった。店長のセシルは、健在だったのだ。
「良かった」
そこでリンドは、こんなことも、教えてくれた。
「でも、ですよ?店長は、ちょっと…。病気がちになってしまっていて、外には、顔を出せないんですよ。この、昨今の新型ウイルス騒ぎで、活動を自粛しているということでも、あるのですけれどね」
ずいぶんと不都合な知らせ、だった。
「でも、これって、内緒ですよ?良く知っているお客様だから、特別に、こういうことまで教えてあげられたのです」
彼女のその付け加えは、付け合わせのパセリのようなさわやかで、神秘的な言葉に感じられた。
「うい」
彼は、感心させられっ放しだった。
店長のセシルは、やはり、立派な女性だった。
新型ウイルスの流行による外出自粛でも、店長は、張り切っていたようだ。
外出を控える代わりに、今は、店の奥で、近所に住む子どもたちの面倒を見ていたと、いうのだ。
「あの子たちは、将来を担う、大切な存在ですものね」
店長セシルはそう言い、使命感をもって、店の奥にいるとのことだった。彼は、セシルのそんなしっかりした性格に、ますます、惹かれていくのだった。
「セシルさん…。素敵だなあ。俺たち新卒のように、輝いているよ」
彼がアパートに帰宅すると、教授から、今度は、数本のアスパラガスが贈られてきた。
「何で?」
ネットで、すぐに、アスパラガスを検索。
特に検索すべきは、その花部分について、だった。
結果、夏に咲くアスパラガスの花には、いくつかの花言葉があるとわかった。
「我が勝利」
「無敵」
「無変化」
彼は、それを知って、嫌な気になった。
「俺は、教授に、変化のない学生って言われているわけか?これが、あの人のことが気がかりっていうオダマキの花の気持ちに、どう、通じているっていうんだ?」
アンガーマネジメントができなかった彼には、怒りを、止められなくなった。
「何だって!俺は、教授に、からかわれているんじゃないのか?」
その翌日。
彼は、会社で、リー社員に、そのことを報告。
リー社員に声をかけると、こう嫌みったらしく、言われてしまう有様だった。
「あら。しっかりと、報告できるようになったんですか。社会人を、張り切って、演じているじゃないですか」
「あのう…」
「何ですか?」
「あのう…」
「今日は、何ですか?いつもは、突然のメールで、無礼な連絡ばかりですけれど。今日は、一体、何の報告なんですか?」
「アスパラガスが、やってきた」
「また、タメ口!」
彼は、久しぶりに、リー社員に、蹴りをもらってしまった。
「アスパラガスが、こんにちは」
「それで?それで、どうしたんですか?」
「大学の教授から」
「大学の教授から、アスパラガスが贈られてきたんですか?」
「うい」
「まあ、いいです」
「どうすれば、良いの?」
「…」
「ねえ?」
「…」
「俺、新卒なんですけど?」
「それが、何か?」
「俺、新卒だよ?」
「知っています」
「ねえ、聞いてよう!」
「…」
「こっちは、何贈ればいいの?」
「タメ口…。私は、あなたの友達じゃあないんですけれど。それで、何ですか?それを贈って頂いた教授に、何を贈り返せば良いのか、知りたいわけなんですね?」
「うん」
「…」
「何、贈れば良いの?」
「わかりました。わかりました」
「そういうキツイ言い方、しないでよ!大学の就職だって、お母さんだって、もっと、ずっと、優しかったのに!」
「わかりましたよ」
「良し、勝った!」
「それでは、夏を代表して…、トマトの花でも、贈ってあげてください」
「うい」
そんなやりとりで、彼は、なんとか納得することができた。
退社後、例の花屋に寄って、リンドから、トマトの花を分けてもらった。そしてすぐにその花屋から、何となく言われるがままに、教授にあてて、トマトの花を贈ったのだった。
トマトの花言葉は、これだ。
「完成美」
「感謝」
それは、教授に馬鹿にされたと感じていた彼にとっては、最大限の、嫌み返しのつもりだった。
だが…。
「うわ!マジか!」
次に教授から贈られてきたのは、やせ細ったナス、だった。
彼の手は、何かに操られたかのようになって、ネット検索を、開始していた。
「これは、どういうことだ?」
手が、止まった。
「ナスの花の花言葉は、真実、だって?」
手の震えが、復活した。
「あの、教授め…!まさか、俺は、アスパラガスの花が象徴するように、変化のない人間で、ナスの花が象徴するように、それが俺の真実だとでも、言いたいんじゃないだろうな!ラックス教授めー!」
そう言いながら、部屋の中を、探った。
「あの、イモ教授めー!」
何かに、気付いた。
「そうか、イモだ。イモを、贈ってやれ」
彼は、食料保存庫の底から、サトイモとサツマイモ、シイタケを、探し当てた。
「どれも皆、保存しておいて良かった」
以前、仕送りで、実家から送ってもらっていたものだった。
「あれ?」
ただ、保存状態に問題でもあったのか、どのイモからも、花が咲いていた。
「イモから、花が出ている…!」
果てしなく、風流だった。
「これは、願ったり、叶ったりだ。花を探す手間が、省けたぞ!こいつは、なんて、素敵なことなんだ」
そうして、それらを箱に詰めて、そのまま、教授に贈ってあげたのだった。
「イモ教授め!驚いたか!」
翌日、彼は、会社で、こんな報告をしていた。
「敵に、サトイモとサツマイモを、花付きで送り付けてやったぞ!」
報告した相手は、もう言うまでもなく、リー社員だった。
彼の報告相手には、リー社員しか、考えられなかった。
「彼女にしか、この行為の意味がわからないんじゃないか」
病的に、そう思えていたのだから。
戦況の報告は、戦いの義務だった。
リー社員は、必死に、笑いをこらえていた様子だった。
「笑える…超、笑える」
彼女は、腹を抱えて、苦しんだ。
「きょ、教授に、教授に、愛の告白をしちゃってるし」
サトイモの花の花言葉は、これ。
「愛のきらめき」
サツマイモの花は、これ。
「乙女の純情」
リー社員は、苦しみ、涙を堪えながら、彼を見ていた。
「でも、パセリの花じゃなくって、良かったと思いますよ。やっぱり、私…。教授は、それを知っていて、パセリ入りのピザを、学生に食べさせたかったんだと思うんですけれどねえ?何て、違った?いや…わはは。合ってると思う」
彼は、気持ちが落ち着かなくなった。
「それって、何で?」
「秘密です」
「ねえ、何で?」
「秘密―!」
「何で、笑っているの?」
「秘密―!」
リー社員に突き放され、彼は、突っ立ていただけだった。
花言葉戦争は、終わらなかった。
それは、もはや誰にも止められないようなよどみに、はまっていったのだった。
彼のもとに、今度は、何と、大根が贈られてきた。
「大根?教授から?」
彼は、注意深く、それを見つめた。
「うわ!花付きか」
大根の花なんかをこうも易々と贈ってこられる大学教授というものに、尋常ではない不審感をもった。
「大学の教授って、普段、何をやっているんだろう?」
花付きの大根とは、また、マニアックだった。
「あの教授…。バックに、花屋がついているんじゃないのか?誰かが、教授を操っているんじゃないのか?」
戦いを続ける意志を、もった。
セシルとリンドの経営する花屋が閉店でもしないことを祈り、いつでも教授と戦える体勢を、保とうとしていた。
今度は、教授から、何と、ヘチマが贈られてきた。
「げ。また、花付きだ」
こうなればまた、花屋のリンドに、聞いてみるしかなかった。
「これ…」
「何ですか?」
「こんなのが、きた」
「はい。はい」
「これ、何?」
「ヘチマですね」
「それは、わかった」
「…」
「これ、何?」
「そうですねえ。問題は、この、花部分ですか。ヘチマの花には、軽率や軽はずみといった言葉がありましたね」
彼女にそう教えられ、彼は、発憤した。
「俺、完全にバカにされているよな!」
彼はネットで検索し、教授に、タンポポの花を贈ってやることにした。タンポポの花には、こんな花言葉があった。
「真実の愛」
「愛の信託」
ただそれは、フェイクか?
彼が教授に最も伝えたかったタンポポの花の言葉は、これだった。
「別離」
それは、彼なりの、明らかな宣戦布告のつもりだった。
教授から、変なものが、送られてきた。
「花付きのトウモロコシ」
またも、ネットを頼っていた。
トウモロコシは、秋の花らしかった。
「そういうことか!今度は、秋の戦いなんだな!」
なんだかもう、異次元の戦いに、なってきた。トウモロコシの花には、こんな花言葉が付けられていた。
「同意」
彼は、震えた。
「何だと?同意、だって?」
汗が、出そうで、出なかった。
「そういうことか!教授は、この戦いに、同意したというんだな!」
おバカな戦いが、続いていった。
「あの教授に、今度は、何を贈ってやろうか」
会社の一角で、個人的な妄想作戦会議が、続いていった。
会社のデスクに、もたれかかって…。
いろいろと、考えていた。
つん、つん…。
じわー…。
彼の左ほほに、季節外れに鋭い陽の光が、当たった。
「左舷、カーテン、薄いよ!何、やってんの!」
「うるせえ!」
同僚に、怒られた。
彼はまた、帰宅後、ネットを見た。
そして、そこからの情報をもとに、今度は教授へ、シイタケを、花付きで贈ることにしたのだった。
シイタケの花は、リンドから、もらった。
さすがは、花屋。いろいろな物を、保存していたものだった。
彼は、それをうれしそうに、アパートに持ち帰った。そしてその花を、以前探し当てていたシイタケと、組み合わせた。
シイタケの花言葉は、これだった。
「疑い」
またも、嫌みのつもりだった。
「俺は、教授を、疑っているんすけど」
彼はまた、それにエリンギの花を添えるのも、忘れなかった。そのマニアックな花も、リンドから、分けてもらっていた。エリンギの花言葉は、これ。
「宇宙」
嫌みが、拡張された。
「どうだ!ラックス教授!俺は、教授を、宇宙大で、疑っていますからね!これ以上、バカにしないでくれよ!俺たち新卒を、何だと思っていたんだ!」
花屋に何度も足を運んでくれる彼の姿を、リンドが、悲しそうに見つめていた。
「なんだ、これ?」
教授から、花付きのゴボウが、届いた。
ゴボウの花言葉は、これ。
「いじめないで」
会社で、そのことをリー社員に話すと、またも、笑い転げだした。
「停戦のお誘いが、きました」
彼は、勝ち誇った顔を、していた。
「ねえ、聞いてるの?」
「聞いています、聞いています」
「停戦の、お誘いです」
「お…お…男って、超面白い!」
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