第18話 「ウソなら、死んでも良い!」
カウンターに、近付いた。
「あれ?いつもの人とは、違うんですね」
節操も何も感じられないようなことを、言ってしまっていた。
彼が、ぶっきらぼうにもそう言うと、彼女の方も、ぶっきらぼうに、返してきた。
「ええ」
そうしてから、彼の顔を、真剣に見はじめた。
「あなたが、トキオさんなんですね?」
「うわ。俺、有名人」
「いつもとは、違う?ああ、リンドのことですね。いつもは、このカウンターで、リンドが対応しておりますからね。でも今日は、彼女、お休みなんです」
「俺のこと、良く、わかりましたね」
「ええ。背広姿でこの時間にきてくださるのは、お客様だけですからね。それで、わかりました」
「そうっすか」
「私は、セシルと申します。この店の店長を、やっております。いつも、ありがとうございます。リンドから、伺っておりました」
上品そうに、軽く、頭を下げた。
「そうそう、リンドが、あなたに、何かを贈ったようですよ?」
これには、驚かされた。
「あれ?俺、住所を教えてたっけ?」
「さあ?私には、詳しいことは、わかりかねます。今日あたりには、着くと言っていたのですが…」
「うん。わかった」
「…」
「帰って、確認する」
ラフレシア公園を見ることなく、走った。
アパートに帰ると、玄関先に、小包が、届いていた。
「これかな?」
その小包を、手にとってみた。
「俺は不在だったのに、届くんだ。っていうか、このサイズのものが、どこから入れられたっていうんだろう?マジ、意味わかんないね。まあ、いいか。俺は、どうやっても、新卒の身分なんだし」
「ちょっと…また!今度は、何ですか?これは、何ですか?」
リー社員に、小包の中身を写した画像を、贈った。
「また、緊急メールなの…?」
「これ、何?これも、もらった」
「そうですか」
「これは、小包で届いた」
「何です?誰からですか?」
「わからない」
「そうですか」
「わからないから、聞いている!」
「いたずらじゃ、ないんですか?」
「そうではないと、言っている!」
「何で、私が…」
「こっちは、新卒だぞ!俺は、お前に、聞いている!」
「はい、はい…」
「良し、勝った!」
「そういう話し方は、やめてください」
「いいじゃないか。リア充なんだよ!」
「…」
「それで、何?」
「あ。これ…」
「何?だから、この花は、何?」
「これですか」
「うん」
「あれ?これ、教えましたよね?」
「そうだっけ?」
「リンドウの花、です」
「そうか。リンドウ」
「また、この解説か…」
しっかり教えてしまうところが、就職氷河期で苦労した彼女なりの優しさであり、強さだった。
「リンドウ…、古くは、疫病って書いて、えやみ草とも、言ったらしいですよ?意味深な花、ですよね?湿った野山に、自生する花です。秋に、咲く花ですよ。釣鐘型のきれいな青紫色で、茎の先に上向きになって、いくつも花を咲かせるんです。リンドウですかあ…。こんな季節が丁度良いのかも、しれませんね?」
「ウイっす」
「本当に、わかってくれたのですか?」
「わかったと、言っている!我々新卒は、リア充なんだよ!」
「…」
「それで?」
「かつては、水田なんかのまわりの草地とか、ため池の堤防なんかに、たくさん自生してみたいですけれどね。農業で定期的に草刈りがおこなわれてしまって、草丈が低い状態で保たれていたから、生育には、良かったんでしょうね」
「ウイ」
「でも、最近は、そうした手入れで入れる場所も、限定されてきてしまいましたからねえ。人もそうですけれど、環境的な要因が加わって、見られることも、少なくなってきたみたいですよ?」
「ウイ…」
「新卒の身分も、そんなふうに限定され、見られなくなってしまえば消えて良いのですけれどね…」
「ふざけんなよ!」
「…そういうところは、聞いているんですねえ」
「だって、新卒だもん」
「…」
「面白いよなあ」
「面白いのは、リンドウのほうですよ」
「何で?」
「この前、言いましたよね?だって…リンドウは、死の言葉ももっているんです!」
「マニュアル通りじゃあ、ないんだなあ」
「社会は、そういうものなんです」
「複雑」
「新卒の生き方のほうが、複雑骨折です」
「複雑骨折って、ボキボキと、骨が複雑に折れたっていう意味じゃ、ないんすよ?」
「知っていますよ」
「ああ。知ってたんだ。さすがは、努力して、泣いた人だな」
「…」
「面倒」
「新卒って、一体、どんな、学生生活だったんですか?」
「楽しい楽しい、学生生活でした」
「花や社会の気持ちを、もっと、勉強してください」
「オーケー」
リー社員が通話を終了させたそのとき、彼の心臓のどこかが、変に鼓動した。
「トキオ君…?」
懐かしい誰かの、刺さるような言葉が、彼を貫いたような気がした。
「君」
「ええ?」
「君」
「誰だ?」
「…トキオ君。私だよ」
「何か、この声。聞いたことがある。俺の友達の声、かな?」
「トキオ君」
「な、何だよ」
「社会で、まわりの人に、迷惑かけっぱなしじゃあ、ないのかね?心配だよ」
「な、な」
「会社の、同僚とかさ」
「ああ。リー社員とかのことだな」
「リー社員。そうだったね」
「あいつ、腹立つ。がんばってもがんばっても、満足に就職もできなかった、かわいそうな世代のクセしてさ」
「かわいそう?トキオ君。君は、リー社員に、そんなことを言ったのかね」
「ええ。言いましたけど」
「かわいそう、だって?」
「ええ。かわいそうだったから、そう言ってあげたまで」
「何だって?」
「だから、かわいそうだねって」
「トキオ君。君は、リー社員に、怒られただろう?」
「そう。正解。見破られちゃったか」
「わかるよ」
「そう」
「当たり前だよ!」
「そうっすかね」
「リー社員は、泣いただろう!」
「てか、俺、リー社員に、蹴り入れられました。意味わかんないっす」
「そうか…」
「まあ、泣いてもいたみたいですけど」
「やはり…」
「俺、意味、わかんなかったっすよ」
「君は、まだ、わからないかったか」
「だって、おかしいじゃないか」
「何が、かね?」
「人手不足の、世の中なんですよ?それなのに、何で、就職できないんですか?もう、訳がわからなくて…」
「それで君は、それからリー社員に、何と言ったの」
「大学を出て、大学院まで出て、すんなり就職できないなんて、だらしない。バカなんじゃないのって、言ってやりました」
「そうか…」
「がんばれよって、励ましてやりました」
「やっぱり君は、わかっていないんだ…」
「で、蹴られた。ひどい奴だ」
「私は、君のほうが、ひどいと思うがね。君は、人の気持ちが、わからないんだね。悲しいね。本当に、悲しいね」
「俺も、悲しかったです」
「そういうのは、新卒世代の、汚点だよ」
「そうっすか?」
「学生時代にも、君は、ひどいことをしてくれたね」
「え?ああ!教授だったんすか?」
「何を、今さら、言っているのかね」
「ああ。驚いた」
「トキオ君。君たちには、困ったものだ」
「そうっすかね」
「人の気持ちが、わからなくなっちゃうんだね。悲しいことだ」
「人の気持ちっすか…」
「大学時代も、君は、まだまだだった。心が、わからないんだ」
「心?心理学のこと、ですか?」
「そういうことを言っているんじゃ、ないんだよ!」
「大学時代っすか。人の心。人の心。そういえば、コスッカラ教授にも、注意された」
「そうだ。コスッカラ先生は、心理学の専門。君の心なんて、お見通しだったんだよ。コスッカラ先生も、若いころ、苦労されたようだからね…」
「でも、大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃあ、ない!」
「あの教授は、違うゼミです。関係なし」
「もう、そういうところからして、ダメなんだよ。君は」
「…」
「社会の荷物に、ならないようにな」
…プツ。
ツーツーツー。
そこで、通話が途切れた。
「あーあ」
破局だった。
翌日、むしゃくしゃする気持ちを傍らに置いて、例の花屋にいってみることにした。
店長のセシルが、出てきてくれた。
「ごめんなさい。リンドは、今日も、休みを取っているんですよ」
店長のセシルという女性は、上品に笑み、上品な振る舞いをしてくれる人だった。彼よりも若く、リー社員と同じくらいの年齢の女性に、見えた。
見るからに、優しそうな人だった。
「リー社員なんかとは、大違いだな」
すぐにでも、魅了されそうだった。
「きれいな、人だなあ」
セシルには、花の種など、いろいろな物をもらっていた。
さすがは、花屋のプロだった。
「もうすぐ夏になりそうですけれど、当店では、春の物なども、たくさん保存しているんですよ」
そう言われ、感心しきりとなった。
「さすがは、プロだなあ。あの…」
すぐに、聞いていた。
「何でしょうか?」
「大学時代の男の教授から、花を贈って頂いたんです。どうしたら、良いんですか?」
「何の花でしたか?」
「えっと、白い花で…」
それだけを言うと、セシルが、にこっと、ほほ笑んだ。
「白い花ですか?」
「そうっす」
「白い花なら、たくさんたくさん、ありますけれど」
なるほど。
それは、彼女の、言う通りだった。
社会には、白い花は、いくつもあった。新卒の花知識だけが、全社会の中心では、なかったのだ!
「俺、試されているのか?でも、何のために?新卒をうらやましがって苦しんでしまうような組織が、あるってことなのか?そして俺は、うらやましがられて、殺されるのか?って、おいおい!」
彼は、記憶をたどった。
「あ、思い出した」
「はい」
「白い花の…。そう。名前は、ダンバインじゃなかったな。あれは、怒られたものな。えっと…、オダマキだったと思う」
彼がそう伝えると、セシルは、プロらしく、返してきた。
「なるほど、オダマキ。コロンバインでしたか。贈ってくださった方は、どなたかのことが、気がかりなのでしょうか?」
不思議な不思議な返答、だった。
「あれ?俺、見透かされているのか?」
「…お客様?」
「俺、どうしたらいいんすかね?」
「それでは、ネギの花でも贈って差し上げたら、いかがでしょうか?」
何とも解釈のしようがないアドバイスを、してくれた。
「え?ネギの花?何で?」
「それはですね」
「何?」
「ネギの花には、くじけない心という花言葉が、あるからなんですよ」
「へえ、へえ」
セシルは、丁寧に、対応し続けた。
「私、ネギの花を贈ってあげれば、良いアピールにもなるんじゃないかと、思ったのです。いかがでしょう?」
「うーん…」
「ネギの花で、くじけずにしっかりとやっていることを、伝えてあげるんですよ。そうすれば、きっと、花を贈ってくださったというその方も、安心されるんじゃないでしょうか?」
彼女は、本当に、優しかった。
彼は、何としてでも、彼女に答えたくなっていた。
「そうっすかねえ。俺は、あなたにこそ、差し上げたいものですけれどねえ。あなたにこそ、感謝したいものですよ。ウソじゃあ、ありませんよ?」
「本当ですか?」
「センキュウって、もんですよ」
「センキュウ…」
「あなたのアドバイスに、センキュウ。あなたの美しさに、センキュウだ。俺、あなたに、センキュウを、捧げます。ウソじゃ、ありません。ウソなら、俺、死んでも良いですよ!」
そう言って疑似満足をし、アパートに帰っていった。
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