第16話 「それでも俺たちは、新卒」
鼻高々の旅、だった。
持ち場に戻っていった2人の係員は、こんなことを、言い合っていた。
「彼らが、うらやましいよ」
「あら、先輩?それは、どうしてです?」
「だって、そうじゃないか。俺たちとは違って、受験戦争も、就職氷河期もなし。努力なんかしなくたって、生きてこられたんだからな」
「ああ、そういうことでしたか」
「彼らは、これからも、楽しい気分で、生きていけることだろうなあ」
「でも、会社の説明会にいくんですよね?彼は、がんばっているんじゃ、ないでしょうか?」
「君は、優しいんだね」
「いえ、そんな…」
「まあ、優しくしたくなるのも、わからなくはない。今どきの子は、優しく接してあげないと、泣いてしまうらしいからな?」
「先輩?」
「何だ?」
「彼らは、社会に出ても、知らない人に優しく接してもらえなと、泣いてしまうのでしょうか?」
「ああ。入社先でも、そうらしいじゃないか」
「彼らに入社された会社は、どうやって、彼らと接すれば良いのでしょうか?」
「泣かないように、あやすんだ。それが、彼らを入社させてしまった会社の、責任なんだからな…」
「大変な社会に、なりましたね」
「この国で最も優秀な就職氷河期世代が、気の毒でならない」
「そうですね…」
「説明会、か。懐かしい、響きだな。俺たちのときは、説明会場に入るだけでも、人数が多くて、制限がかけられたもんだった」
「ええ」
「今や、テーマパーク気分だ。良いよな」
「ええ…」
「お父さんやお母さんは~、だってさ。他人にたいして、使う言葉かね」
「あの学生さん、そんなことを、言っていたのですか?」
「ああ、そうだ」
「そういう言葉使いが許されるのは、小学生くらいまでじゃ、ないんですか?学校教育法なんかでも、そういう指導になっていたような気がするんですが」
「かもな」
「恥ずかしいですね。芸能人でも、そういう話し方をしている人が、いましたよね?」
「ああ…」
「かわいい子たち、ですよね?」
「話は変わって、会社の説明会なんか、いかなくったって、良いのにな」
「どうしてですか?」
「なぜって…。もう、努力と涙の就職氷河期が、終わったからさ」
男の方が、歩みを停めた。
女の方も、立ち止まった。
「えーっと、ここから先のことは、乗客に聞かれちゃあ、まずいな。君、続きは、車掌室で話そうか」
「ええ。でも、変なことはしないで、くださいね」
「ばかなこと、言うなよ」
「えへへ」
2人は、車掌室に入っていった。
「さっきの続きなんだが…」
「はい」
「あの子は、新卒なんだろうなあ?かわいいかわいい、赤ちゃんだ」
「本当ですね」
「会社の説明会にいくって、言うがな…」
「はい」
「会社の説明会なんか、どうだって、良いんだよ。どうせ、人手が足りなくて、内定がホイホイとれるんだからさ。良いよなあ、引く手あまただ。不公平だよなあ」
「ですよね?」
「俺の親父なんか、ここが国鉄と呼ばれた時代に、ここに、入った。そのときは、ここに入るために、ずいぶんと、努力をさせられたものらしいが。俺だって、親父ほどじゃなかったが、努力した」
「あら?先輩は、バブル入社じゃなかったんですか?」
「違うよ。あれと、一緒にしないでくれ」
「そうでしたっけ」
「新卒一括採用世代、か…そして今、危機感もなく、再チャレンジの時代に、入った」
「あら。再チャレンジは、危機感がないことの裏返しだっていうんですか?」
「…そうじゃないよ」
「ああ、驚きました。私、再チャレンジ試験をパスできた人を、応援したいものです」
「そりゃあ…、俺だって、応援したいよ。危機感のなかった人たちにやられたのは、俺も、同じなのだろうしな」
「え?どういうことですか?」
男性係員は、女性に、体験したという嫌な思い出を語り出した。
男性係員の少年期、その係員の父親が、街頭演説にきた政治家に向かって、こう言ったという。
「これから数十年の後に、国は、人口減少社会を経験し、生産年齢人口は、やせ細ると思います。今の詰め込み教育の反省から、緩やかな教育策も、とられることでしょう。そのビジョンは、見えていますか?あなた方政治家には、何が必要と思いますか?」
聞けば、政治家は、こう言ったそうだ。
「そんなことは、ないさ。何も、心配することはない。だから、我々政治家が何かをすることは、あり得ない」
男性係員の父親は、歯牙にもかけてもらえない子猫のようになっただろう。
危機感をもてなかった公的な演説家に、絶句したという。
「今どき世代の学生が、そうだよな…。危同じなんだ。機感が、ないんだよ」
「…そうですね」
「当時、俺の親父の受けた驚がくは、推測するに、余りある」
「ですよね」
「その危機感のなさが、復活しようとしている」
「…」
「あの新卒世代が、社会の前線に立つようになったとき、大変なことが起こされるような気がしてならない」
「…」
人間とは、残酷なものだった。
生きるか死ぬかの危機感を感じた人がいた一方で、関係ないねという素振りを装えた人も、いたのだから。
何と裕福で、心の貧しかった人か!
「俺が死ぬくらい先のことなんだから、どうでも良い。現実味を、感じない。リア充には、なれない。関係ないね」
想像力の欠如が、いかに危険なことか?
新卒のヒヨコちゃんと呼ばれた世代が、そうだった。
危機感が、なさすぎた。
「あいつを、S NSで、公開処刑だ。いたずらで、殺すって、書き込んでやれ。なあに、本当に殺すわけじゃないから、平気さ」
そう考えてしまう世代が、急激に、増えたいた。
「そういういたずら心が、何を引き起こすのか?新卒のヒヨコちゃんっていうのには、危機感なく、それがわからないんだよ」
「しかし、会社は…。新卒一括採用の病的ゲームを続けてしまう」
「そして、今の社会になったわけだ…」
男性係員は、退職し、今頃実家でのんびりと茶を飲んでいるであろう父親を、案じていた。
「君は、新卒の子たちを見て、どう思うのかい?」
「先輩?申し訳、ありません…。私には、言えません」
「そうか」
「申し訳、ありません」
「君は、大学院を出て、契約社員からの、スタートだったよね?」
「…」
「大学を出れば、正社員デビューで豪遊の先輩たちが、憎くなかったのかい?」
「…」
「…すまない。聞きすぎた」
「先輩?身分差社会、ですよね」
「そうかもしれんな…」
「新卒は、良いですよね」
「ああ」
「会社に入ってから、字の読み書き、ペンの持ち方から、新人教育で教えてもらえるんですよね…」
「ああ。優しく、優しくな」
「彼らを入社させた会社は、どういう気持ちなんでしょうね?」
「…何とも、思っていないさ。だから、新卒一括採用なんて、やっちゃうんだよ」
「…」
「再チャレンジで、採用された人…。是非とも、生き抜いてほしい!」
「私たちの、希望となってほしい…!」
「そうだな」
「応援するわ!」
「だが、なあ…」
「何ですか、先輩?」
「平和は、こない。誰だったか忘れたが、就職氷河期組のことを、人生再設計世代とかなんとかと呼んだ人たちも、いたからな…」
男性係員は、震えていた。
「俺たちがあんたらの人生を再設計して、立て直してやるよ。っていう、完全、上から目線。人生再設計世代という花言葉をもつ花があったら、その花を、散らしたいもんだ」
「…」
「花は、優しい言葉より、ときには、メンヘラな言葉ももてなければならないんだ!」
そのころ…。
「疲れたあ。今日は、大学にいかないで、早く家に帰ろう」
彼は、会社の説明会が無事終わった後で、タクシーを、呼んでいた。
タクシーの利用で、交通費は、電車代の10倍以上もかかった。
が、問題は、なかった。
「どうせ、就職課が、立て替えてくれるだろう」
そう考えれば、気楽なものだったのだ。
自販機でジュースを買って、飲んだ。
「それでも俺たちは、生きなくっちゃ。俺たちは、新卒なんだ…。偉いんだ」
彼は、空を見上げた。
「社会では、辛いこと、ばかりだ…」
電車が走っているのが、見えた。
「これからは、1人で電車に乗らなくっちゃいけないんだ。これからは、お父さんもお母さんに会社に送っていってもらえなくなっちゃうんだ。辛いなあ…。新卒、ルンバ!」
タクシーが、やってきた。
「大学まで、いって」
「お客さん、どこの大学までです?」
「俺のいっている大学までっすよ。決まってるじゃ、ないっすか」
「それじゃあ、わかりませんよ」
「わからない?俺だよ?新卒だよ?」
「しかし、お客様…?」
「じゃあ、もう、いいっす」
彼は、学生課に、電話をかけた。
「ねえ、学生課?俺、迎えにきてほしいんすけど」
暑くなってきた。
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