第14話 花の新卒就活ゲーム。どうなる?
AI就活は、世界に1つだけの、明確な答えが求められる点で、特徴的だった。
さすがは、単純明快なAI。
「内定をもらえるか、もらえないのか?」
〇×ゲームが、深まっていった。
AIにとっては、結果しか、重要ではなかった。
内定さえもらえればそれで良く、働く重要性までは感じにくかった新卒たちの、ように…。
どうなる、ことやら。
「その学生は、どんな意思で、その会社に入ろうと思ったのか?その学生は、何を、勉強してきたのか?その力が、入社後、どう生かせるのか?何ができ、会社の発展に、貢献してくれそうか?」
そんなこと、AIには、わからなかった。
というより、わかろうと努力するだけ、無駄だったか。
「内定とれれば、それで、良くね?」
新卒社会は、ゆるく、変わっていった。
そもそも、学生が就社できたとして、その会社が、学生にとって本当に最適な存在だったのか、誰が、判断できた?
AIで、判断できたことなのか?
会社は、新卒という名の大きな子どもを雇い続け、くたびれていくしかなかった。
これが、AI就活ゲームの真相だとは、たどり着けずに…。
「ああ…。なかなか、リア充には、ならないなあ。俺たち新卒も、辛いもんだな。AIなら、話し合う必要もなく、楽になれたはずなのに。…内定、欲しいなあ。それで、適当なところで、会社、辞めちゃえばいいし。いつまでも同じところにしがみつく生き方は、古い。俺たちオンリーワンは、美しんだ。野に咲く花の、ようにな。AI就活って、何なんだろうな?」
学生にとっての擬似的な気持ち良さは、どこまでもふんわかと、多様だった。
それでも、AIは、もてはやされた。AIは、学生たちに、実に、優しかった。
小さな子にもわかる丁寧な言葉で、接してくれたものだった。
「あの大学なら、うるさいことを言われない。注意されない。怒られない。何でもありで、気持ち良いぜ」
優しいAIを抱えられた大学には、学生たちが、多く集まってきた。
AIに慣れた学生は、優秀。
そんな優秀な学生たちによって、大学構内には、こう題したマニュアルが、出回った。
「AI就職との正しい暮らし方理論」
そしてすぐに、優秀な学生たちは、その理論を改称した。
「AIの飼い殺し理論」
その改称理論が応用されるごとに、その他の学生たちの志気も、高まっていった。
優秀な、考え方だった。
「優しく接してもらいたいのなら、AIに診断されても、完治したように応じてはならない」
その理論の理屈は、こうだった。
「AIは、新卒学生たちに、優しく接してくれる。人材不足社会と大学運営の存亡に関わるのだから、それも、当然だ。AIは、学生の心を完治させようと、動いてくる。が、ここで、本当に完治したと思わせてはならない。そう思わせてしまったなら、もう、優しくしてくれなくなってしまうからだ」
頭の痛くなるような理論、だった。
「AIに、もっと優しくしてもらえるよう、働きかけるんだ!」
悪いセールストークに、なっていた。
「騙せ!俺たち世代の優秀さを、生かすんだよ!完治したと、AIの奴に知られたら、知らない人に注意されるような日々が、続くだろう。知らないものに注意されるなんて、嫌。殴るなんて、もっての他だ。ああ!親父にも、殴られたことがないのに!」
トキオも、学生当時、この理論をネットで見つけ、感心していた1人だった。
「完治したと思われては、就職ロボットにそれ以上優しくしてもらうことが、できなくなってしまう」
その理論は、学生の間では、大ウケとなった。
「AIの飼い殺し理論」
荘厳、かつ宗教的なマニュアルにも、なろうとしていた。
「大学側が、就職に力を入れすぎるのなら…。おお!それを、逆手にとってやれば、良いんだ!」
「それな!」
「大学は、すでに、学問を追究する場ではあり得ない」
「それな!」
「俺たちは、優秀な就職予備校をこそ、制覇していくのだ!」
「マジ、まんじゅう!」
新卒世代は、就職もそうだが、進学にも、楽なコースを選択できた。
受験模様も、ずいぶんと変わってきた。
中学受験をして進学する子が、激増していった。
それも、そのはず。
良い中学校には入れれば、そのまま何にもしなくても、良い高校に上がり、天のエスカレーターに乗って、最高の就職予備校に、いけるのだから。
大学受験をして就職予備校に入る生徒よりも、それは、格段に良い選択だった。中学受験で進学できていた子は、大学受験のために勉強していた子のそばで、就職試験の勉強に時間をかけることができたためだった。
それに、中学受験組は、中学校から先まで長らく、同じ顔合わせの中で暮らすことができるようになれた。
そこでは、皆が、友達だった。
学校の教員も、皆が、友達だった。
楽しかった。
そんな暮らしができた子は、社会に出て、
「会社に入って、友達だと信じていた部長の頭を触って遊んだりして、怒られた。サプライズ気分で、アルバイトの高校生に思い切り蹴りを入れたら、肋骨が折れたなどということで、怒られた」
「あ、俺も!」
「S NSで、殺人の仲間を募ってさ…」
「ああ。遊び感覚で、あの先生を殺そうとしたよな?」
「それな!」
「そうしたら、怒られた」
「何で?」
「わからない」
「俺たちの世代は、世界に1つだけの存在なんだ。なのに、何で、他人に小言を言われなければ、ならなかったんだろうなあ?」
「…意味不明」
今どきの学生たちは、頭を抱えずには、いられなかった。
「小学校に職場紹介イベントでいって、その学校の子どもに蹴り入れたら、これもどこかの骨を損傷させたとかで、怒られた。警察までが、やってきた。その警察を、バカ地方公務員と呼べば、怒られた。皆が、友達のはずなのに。なぜ、友達に注意されるのかが、理解できなかったもんだ」
学生時代は、皆が友達気分。
大学にいくのも、楽となった。
入試という競争がなくなって、楽しい日々が、続いていった。
あとは、就職するだけ。
面接マニュアルをしっかり暗唱できれば、勝ち。
結局、大学の就職課には、学生が集まっていくことになったのだった。
就職課は、AI化を進めた。
AI就職は、新卒学生たちにとっては、本当に、都合が良かった。
AIとも、友達気分。
人間と違って、学生たちを注意してくることもなく、どこまでも、優しくなれた。
「AIなら、怒られない。いいね」
「うん。大学の講義も、人間相手じゃなければ、いいのにね」
「あたし、今まで怒られたことなんて、なかったのに」
「どうした、ドロシー?」
「実はさ」
「何?何か、知ってたのか?」
「ドロシーが、この前、ラックス講義で、怒られたんだってさ」
「何を怒られたっていうんだ、トキオ?」
「あのさ、サム?」
「ああ」
「先週のラックス講義の途中でさあ、ジュースを飲みたくなって、勝手に外に出たんだよな」
「ふーん」
「そこまでは、良かった」
「ああ。問題、ないよなあ?」
「でも、怒られたらしい」
「マジで?」
友達同士の習慣が、不穏な空気に、押されていた。
「講義の途中に勝手に外に出ちゃあ、ダメなんだってさ。それで、ラックス教授に、怒られたらしいぜ」
「え、マジで?」
「何で?」
「俺も、良くわからないんだけれどさ…」
「何が?」
「わからなかったよ…。授業の途中でトイレにいってきたりするのは、小学生でも、当たり前じゃないか。みんな、そうだよな?」
「ああ。小学生のときは、そうだった」
「中学生のときも、普通だった」
「だよなあ?」
「授業中に、水分補給とかスマホいじるのなんて、普通だったろう?」
「ああ」
「それなのに、教授に注意されたらしい」
彼は、まだ、わけがわからないと、混乱の様子だった。
「トキオ?それ、本当なのか?」
「ああ。本当、みたいだ」
「社会って、意味不明なんだな」
「だよな」
「社会って、俺たち新卒を、何だと思っていたんだろうな?」
「わからないよなあ…。ドロシーの気持ちは、わかるけれどな」
新卒世代にとっての社会は、とにかく、難しいものだったのだ。
ラックス教授は、やはり、彼らのそんな姿を、危険視していたのだろうか?
ラックス教授は、ずっと、このように考えていた。
「学生たち、特に、ゆるゆるな教育で育ってしまった彼らは、残酷な道しるべにしかならないのだろうな」
トキオらは、何の苦労も味わわないで社会に飛び立ってしまった。そんな彼らの目の前には、不気味にほの暗い道しか描けなかっただろう。
「だからこそ、今の彼らでは、まわりを理解することもままならない、残酷な道しるべにしかならないのだ。気付け。その先に、君たちの新たな道が開かれる」
それこそが、ラックス教授の言いたいことだったのかもしれないのに…。
新卒世代の進んできた安楽な道は、何の変哲もない、直線通路。
「道の幅は、その身体程度のものでしかなかったと仮定しなければなるまい。新卒の歩む道は、所詮は、新卒に合わせられた道でしか、あり得なかったのだ」
ラックス教授の思いは、的を射ていた。
「新卒の道など、オンリーワンの一本道にすぎんのだ…」
教授も、疲れていた。
「一本道だった…。もしくは、一本道だと錯覚していたと、言うべきだったのだろうか?」
新たな鉄が、生成された。
教授の鉄学が、深まったのだ。
「トキオ君。君たちは、目の前に立ちはだかる道を、オンリーワンの一本道だと錯覚して、進もうとしてしまうかもしれないね。でも、それでは、困る。まわりの気持ち、花の気持ちを考えられなければ、ならん」
そして、困った。
「世界に1つだけの鉄を作る権利をもてた、彼ら新卒学生は、本当の意味での鉄を、作れたのだろうか?社会に生きる中で、どの鉄を鍛え、何かを明らかにする力をもてたのだろうか?」
教授は、心配で、ならなかった。
「君たちは、道の先で、それまでは知り得なかった様々な現実に、突き当たっていく。新卒世代は、良い身分だ。新たな現実を、入社先の人が、丁寧に、教えてくれるんだからね。そう…。花を愛でる赤ちゃんに向けた、愛の教育のように」
教授は、心配で、ならなかった。
「気付かされることだろう。そうだね…。たとえば、君たちの進もうとしている一本道の前方に、見知らぬ人が立っているということに。道をいこうとしている君たちにとっては、その人は、君たちの行く手を阻む邪魔者にしか、見えてこないだろうね。だが、相手の人からしたら、どうだろうか。君たちは、その人の立場にまで頭をめぐらせて、考えられるのかね…」
教授は、静かだった。
「残念だよ…」
教授は、なおもさみしそうに、新卒学生らを見つめていたものだった。
「花の気持ちを考えようともできない勝ち組世代の君たちには、必ずや、ミスが発生してしまうだろう。それも、取り返しのつかないような、人為的なミスがね。悲しいことだ…」
教授による鉄学は、続いた。
「君たちの進もうとしている道を阻むように見えたのは、何者だったのか。それは、本当に、邪魔者だったのだろうか?それが、もしも、体調を崩して、よろよろになって、今にも倒れてしまいそうな花だったとしたら、どうするのかね?花にとってみれば、君たちのほうこそ、行く手を阻む邪魔者なんじゃないのかね?花言葉を読めないというのは、そういうことなんだよ」
だが、新卒世代の学生らは、聞く耳を、もてなかった。
「何か、教授が、いったっぽい」
「空耳、だろ?」
「高齢者の、たわごとだ」
「教授も、年だもんなあ…」
「私より、ずっと、年上だし」
「バカ。当たり前だ」
「教授の声は、幻想曲」
「悠久の、幻想曲」
「幻」
「私たち新卒への、ひがみかも」
「俺たち新卒は、強いもんなあ」
「勝った!」
「マジ、まんじゅう!」
すぐに、おしゃべりを再開してしまうのだった。
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