第13話 「AI就活?」(←今言うな)

 大問題が、起きた。

 すんなり会社に入れたとしても、なぜか、彼ら新卒学生たちは、すぐに、心の病にかかってしまうというのだった。

 大学側は、大いに、頭を抱えてしまった。

 「我々就職課は、何のために、面接の練習をさせたというのか!」

 就職できる学生が増えたことによって、就職課は、大勝ち。

 そこまでは、良かった。

 大学の運営本部等から、ねぎらいやさらなる健勝を祈るため、就職課には、より多くの補助金が出されることになった。

 大学の世間体も上がり、注目が集まり続けた。そうして、その大学の受験者も増え、大学の運営が、より良く進んでいけた。

 「あなたの大学は、優秀ですな」

 就職課は、鼻高々となった。

 が、どういうわけか、学生が入った会社からは、こんなことを言われていた。

 「あなたの大学では、我が社に就職した学生に、一体、どのような指導をされてきたのですか?」

 新卒社会は、不思議の園だった。

 「我が社に苦労して入ってがんばっていた社員が、あなた方の新卒の人材に、泣かされているのです。どういうことなのですか?」

 大学側には、理由が、つかめず。

 時間もなくどうにもならないので、財政的に余裕のあった大学は、AI、つまりは人工知能化を、推進したのだった。

 花言葉による進化は、偉大だった。

 就職課も、個別に、AI就職を進める機械を置いて、学生たちのケアに、乗り出した。学生の個人データが、活用された。

 それらのデータを、オンラインでまとめ、クラウドコンピュータ化で、大学の各部に配信。企業の人事課にも、個人情報保護に反しない程度で、情報を共有させた。そこで、AIが、個々の学生に最適な療法を導き出した。 

 AI機器たちは、学生たちに、優しくあり続けた。

 こんな口うるさいことは、決して、言わなかった。

 「きちんと、座りなさい」

 「おしゃべりは、ダメです」

 「面接会場に入ったら、スマホゲームで遊ばないこと」

 「面接官とお友達になっては、ならない」

 「面接官を殴っては、ならない」

 それが、人間とは大きく違う優しい点であり、学生たちには、好評だったようだ。

 あまりに厳しく接しすぎてしまえば、新卒学生たちは、泣き出したり、学校にこなくなってしまうのだ。

 大学側は、学校にこなくなってしまった学生たちに、電話をかけた。

 「おはよう。大学だよ?今日の調子は、どう?学校に、きてくれないかな?」

 優しく言えなければ、ならなかった。

 「学校にいって、どうするんだよ!」

 「また、面接の練習を、しようよ」

 「そんなことして、何になるんだよう!どうせ、就職できるんでしょう?」

 そうした不満は出たが、就職課は、優しかった。

 「大学に、きてくださいよう。就職課に、ポイントが付くんだ。うちの大学に、補助金が多くまわってくるんだ。だから、きてよ」

 「えー…、疲れたあ」

 「休講した分の単位を、出してあげるよ」

その言葉は、最大のセールスポイントだった。

 「じゃあ、いこうかなあ」

 「きてください、きてください。我が大学に我が就職課が、認められるからね。就職課が、学生課に、単位認定をさせよう」

 「本当に?」

 「今日にでもね」

 「何だって?早い!」

 「3倍だよ、3倍!」

 学生にも、職員らにとっても、気持ちの良いコミュニケーションになっていた。

 しかし、中には、そのやりとりが気に入らなかった学生も、出た。そんなときにこそ、求められたのは、AIだった。

 「AIなら、便利だ。が…」

 もっとも、AI就活のあり方には、様々な見解が、寄せられた。

 新しい就活ゲームとなった、AI就活の賛否論が、押しも押されもせぬ勢いで、全社会を席巻し出した。

 「っつうかさあ、面接なんて、無駄」

 「今、人材不足なんでしょ?どうせ、就職できるんでしょう?」

 恐ろしい押しもあったが、冷静に分析ができた学生は、こう言ったものだった。

 「マッチングで相手を見つけることは、合理的。これって、AI婚活みたいだよね。せっかく発展した技術を使わない手は、ないね?こういう新しい就活ゲームも、ありでしょ」

 それはまた、興味深い意見だった。

 「そうそ。人間の、進歩だ!」

 「まさしく、ゲーム!裏ワザを使っても、クリアができれば良いんだ。それと、同じだよな」

 「効率的だよねー!」

 「この、今の社会の就職ゲームに落ちた人って、かわいそうだよねー」

 「それな!」

 AIの活用は、医療現場でも、盛んにおこなわれていたこともあり、学生たちの自信の根拠になっていた。

 今、医療現場では、AI技術が、率先して用いられた。

 医療では、個々の医師の判断も重要だったが、それよりも、AI技術の応用にこそ、信頼が置かれるきらいがあった。

 「大量のデータを、迅速に分析し、客観的に処理できるほうが、良い。正確な命の診断が、できるはずだからだ!」

 これには、学生たちも、賛同させられたものだった。

 「それって、AI婚活の考え方と、似ていたよね?」

 せっかく発展した技術を使わない手はないと言っていた学生が、追い打ちをかけた。

 「あ…言えてるかも?」

 「でしょう?」

 「そうかも、しれない」

 「あわよくば」

 「それって、ここで使う言葉かよ」

 「あざといなあ…」

 「どこまでも、AI婚活」

 「それな!」

 「新しい使い方、だなあ」

 「まさしく、AI婚活だ。新しい就活の形」

 「かもなあ」

 たとえば、社会に、新型ウイルスが広められたと仮定して、人々の外出が減り、出会いの場が減ったような状況を、考えてみた。このときに、人を簡単に出会わせる技術をもったAI婚活は、大きな意味をもった。

 もちろん、AI就活も、同じく。

 「面接も、婚活みたいなもんだよねー」

 「だよねー」

 「内定、もっともっと、とりたいよなあ」

 「だよなあ」

 「会社に入っちゃえば、いろんなことを、ただで教えてもらえる。字の読み書き教育、半端ないってよ?」

 「ああ。新人研修だろ?」

 「どこに、連れていってもらえるのかな」

 「テーマパーク」

 「またかあ」

 「それ、内定式で、いくだろ?フツー」

 「それな!」

 就社するだけという明確な目的意識があったのなら、AIを頼ってみることは、合理的な学生革命だったろう。

 「就社ができれば、それで、OK!」

 「それな!」

 社会は、変わった。

 定年退職世代のおじさんたちは、働かないのに、会社から、大金を得ていた。

 それを見た新卒世代も、おじさんたちの真似をすれば大金を得られると、夢を見られていた。

 「おじさんたちは、働かなくても、金を、もらえちゃうわけじゃん?」

 「しかも、えちえち」

 「それなら、俺たちだって、いけるよな」

 「だよねー」

 「俺たち、新卒なんだし」

 「そうしてくれないと、不公平」

 「でも、さ」

 「何?」

 「働いてる奴らが、いたよね?」

 「あれ、何?」

 「ああ。その人たちのことさあ、就職課が教えてくれたよ?」

 「で、何だって?」

 「…えっと」

 「それって、氷河期っていう人だって、教えてもらわなかった?」

 「それな!」

 「あの人たち、努力してきたんだろうな。しっかし、かわいそう。俺ら新卒とは違う身分で、結局は、ドボンだもんな」

 「それな!」

 「マジ、まんじゅう!」

 「…AIのほうが、効率的だよね」

 「面接のおじさんたち、いらないと」

 「非効率」

 「不経済」

 「リア充なんだよ!」

 学生たちは、賢かった。

 「けどさあ…」

 就活の現場でのAIの存在意義って、そもそも、何だった?

 「AI就活」

 そう聞くと、それだけで、精巧で、ハイレゾ、会社の望んだニュータイプの人材に出会えるんじゃないのかと、思われやすいものだった。

 その思い込みは、大いに、危険だった。

 「AIで就活のマッチングって、どういうこと?それって、理想の出会いになるの?理想の学生がとれて、会社は、喜べるの?」

 注意点。

 まず、AIというものは、企業のマーケッティングに用いられる用語であったということだ。

 もちろん、今どきの学生レベルでは、ここまで考えられないことは、会社もわかっていたかもしれない。

 「大学が、しっかりと、面倒を見てやれ。新卒は、世界に1つだけの存在なんだろう?」

 会社からは、文句の一つも、出ただろう。

 社会では、どのようなサービスであれ、商品であれ、AIという言葉が付けば、売れる傾向があったようだ。

 「だから、社会では、AIスイッチが押されたんですよ」

 新卒世代を入れてしまった会社は、そこを、入社後になって、教えられただろうか?

 新卒学生たちに、理解できるレベルだったか?

 また、AIといえば、何かが、マジックにかかったかのように劇的に変わるかもしれないと、思われやすかった。

 それもまた、危険。

AI就活は、本当に、効率的だったのか?

 「AIという言葉が付けば、格好が良い」

 それは、つまりはこのことと、似ていた。

 「いわゆる、フツーの人でも、新卒という言葉が付けば、格好良く見え、採用されちゃうんだよね」

 …新卒が付かなければ、お払い箱。

 ほら。

 似ていた。

 「トキオ君?AIという言葉が付くかどうかだけで、変わる社会って、どう思うかね?」

 教授なら、そう言ったところだろうか?

 AI就活といっても、何かが劇的に、変わるものだったろうか?

 AI就活の基本は、推薦システムだ。

 「この学生は、いいね。うちの学校の、新卒ですよ」

 その花言葉に惑わされると、しっぺ返し。

 「…しまった!我が社の、ミスだ!最高の花を誇ったあの子たちを、入社させるんじゃなかったよ。AIが良いっていうから、採用したのに。あの子たちは、ペンだって、まともに握れないじゃないか」

 気付くのが、遅かったか。

 これが、AI就活の落とし穴なのだ。

 就活では、本来、働いてくれる人、働かせてくれる場所の、双方向の気持ちが歩み寄れなければならなかったはずだ。

 AI就活では、これが、どこまでできたろうか?

 会社にとって都合の良い人にきてもらえれば、それで上手くいくだろうという考えも、甘かった?

 これが、就活という疑似恋愛ゲームのハードルを、さらに、上げただろう。

 「今考えると…、AI就活の正体って、何だったんだろうなあ?」

 ポケーッとしていたトキオにとっても、会社にとっても、哲学だった。

 哲学、…いや、鉄学のラックス教授なら、この問いに、どのような考え方を示してくれただろうか?

 努力らしきことができなかったままで、社会に放り出されてしまった学生も気の毒だったろうが、彼らをすんなり入社させてしまった会社は、それ以上に、気の毒だったろう。定年退職世代のおじさんたちがいなくなったと思ったら、また、時限装置を増やしてしまったのだから。

 AI就活のいきすぎは、恐怖だ。

 AIが本当に上手く活用できるのは、学生と会社が出会った後に、しっかりと、教育して学習がさせられた場合だ。

 それも、字の書き方や読み方、ペンのもち方などを学習させるということでは、なく。

 「AI就活が意義を出すのは、学生を楽に獲得したときではなくて、獲得できた学生を会社に適応させ、双方を成長させられるようにしたときだ」

 面接官は、心のどこかでは震え、身もだえながら、その日も、楽しい学生トークの相手をしてあげるのだった。

 新卒世代は、何も感じられなかった。

 就職氷河期世代の子たちのように努力をしなくても就社ができるという、うらやましい社会に生まれた学生たちだったからだ。危機感もなく、ずっと、最凶メンバーを気取っていたのだった。

 「AI就活って、マジ、楽!」

 「手軽!」

 「僕たちに、やさしいよね!」

 「お母さん、みたい!」

 「それな!」

 「じゃあ、私、お父さん!」

 「就活、ドライブスルー!」

 「する、するー!」

 「人間としゃべらなくっても、良くね?」

 「だよねー!」

 「俺らの世代には、ぴったりだ!」

 「知らない人とは、怖くて、話せないし」

 「お前が、言うなって!」

 「あはは」

 「マジ、まんじゅう!」

 結局は、新卒売り手市場だ。

 新卒という、国で最凶の肩書を誇れた今どき世代の学生にかかれば、就活は、気楽なイベントでしかなかった。

 真面目に努力をしても泣いちゃった世代の生きた社会とは、ずいぶんと、かけ離れていたものだった。

 AI就活は、常に、恐ろしきシステムだった。









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