第12話 「あなたに会いたかったから、この入社試験を受けたのかも!」
「良いぞ、ドロシー!」
「そうだ。僕も、言わない」
「ハバ、ナイスデイ!」
「キャー、ありがと!」
「…」
おじさんは、固まっていた。
「こちらが、間違っていたのかもな」
「ああ、そうかもしれない」
「うん…」
新卒面接練習生の皆が、悲しんだ。
すると、場が、穏やかになってきた。ようやく、おじさんは、自信を回復してきたようだ。
「君たち?いいかね?どうやら、君たちは、我々が、君たちに多大な借金を押し付けていると、思っているんじゃないのかね」
おじさんの目が、輝いていた。
完全に、元気を、取り戻せたのだ。
「だって、そうだろう?」
「そういうことなんだよね?」
「だから、そういうことなんでしょう?」
「ですから、君たちねえ」
「なあに?」
「言っていいぞ。就職課」
「…新卒の、皆さん?」
「早く、言え」
「皆さん?それは、実は、違うんですよ」
おじさんの話は、核心に迫ってきた感じだった。
「何が、違うの?」
「皆さんは…新卒入社の真相を、知りたいということなのですか?」
「そりゃあ、当然じゃないか」
「知ることは、我々学生の、権利だ」
「そうよ」
就職課のおじさんの口が、緩んだ。
「…じゃあ、教えてあげてもいいですよ?でも君たちは、我々就職課の人間が、大嫌いなんですよね?」
意地悪そうに、迫られていた。
「俺たち、そんなことは、ないぞ!」
「僕も、そうだ」
「あたしだって、そうよ」
「…」
就職課のおじさんが黙るたびに、わびた。
学生たちの唇が、震え出した。
「違う、違うんだ!本当は、俺たち…俺たち新卒は、あんた方就職課が、大好きなんだ!」
「そうだ。本当は、大好きなんだ!」
「あたしも、就職課が大好きなんです!」
「…君たち?本当かね?」
「本当よ。愛しているわ!会社も、大好きなんですから!私たちは、絶対に、御社に入ります!私たち、御社で働きたいんじゃなくって、御社に入ることが、目的なんです!適度に金をもらえたら、そのころには飽きて、退社します。約束します。そしてあたし、違う会社を、受けます!そうしたら、あたし。違う場所で、あなたに会えるような気がするんです!あたし、あなたを、どこまでもどこまでも、追っていきます!本当は、本当は、あたし…。あなたに会いたかったから、この入社試験を受けたのかも!」
「…君たち…。そ、そうだったのかね?」
就職課のおじさんが、声を詰まらせた。
「そうだ。これが、俺たち新卒の、愛なんですよ!」
「そうだ!」
「そうよ!」
「…君たち。ああ…。そうだったのかね」
就職課のおじさんの目が、潤み出した。
「俺たちは、こんなバカな面接を受けさせてくださる就職課様を、愛しているんです!」
「…そうか。わかれば、よろしい」
おじさんは、静かに言って、目を閉じた。
「じゃあ」
「それじゃあ」
「そういうことなら!」
「ああ。良いでしょう。…わかってくれたのだ。まず、君たちは、我々が金を使いすぎて、借金を増大させて、君たちを苦しめていると、考えている。しかしそれは、違ったんだよね」
「そうか。違ったのか」
「…良いですか?借金が増えたように感じているのかもしれませんが、それが、勘違いなのです」
「うむ」
「そうだったなんて…」
「皆さん、よろしいですか?借金が増えたのではなく、借金返済の義務が、増えただけなのですよ」
「はあ?」
「何言ってるんだ、こいつ」
「超、意味、わかんない」
「サイド6」
「よろしいですか?新卒の、皆さん!借金が増えたと感じているのなら、税金を、うんと、増やせば良いんです!」
「うわ。屁理屈」
「きたな、ライバル!」
「あたし、意味不明。これが、就職課の、言うことなのかしら?」
「黙りなさい!あなた方は、新卒だ。良いではないですか、どうせ、就職できるでしょうに」
「じゃあ、こういう練習、させんなよ」
「俺たちを、誰だと思っていたんだ?」
「あたしたち、新卒よ?」
「疲れるよなあ」
「…良いでしょう!学生、諸君!我々おじ様は、神であります!借金を作ることもできましたが、一方で、借金を消すこともできるのですから!」
就職課のおじさんは、さらに、強く出た。
「?」
「??」
「あたし、わかんない」
「ってか、何、この展開?」
「我々就職課は、何だかんだ言っても、君たち学生を、愛していたわけですよ!特に、新卒世代は、最高だ。勤勉で努力家だった就職氷河期世代とは、大変な違いですよ!」
就職課のおじさんは、まぶしかった。
「そういう、計算か!」
「さすが、就職課!」
「あたし、大好き!でも、氷河がなんとかって、本当のところは、何?」
「そうだ、そうだ」
場が、いよいよ、なごんできた。
「これで、本日の面接練習を、お開きとします。新卒の皆さん、わかっていただけましたか?」
就職課のおじさんは、眼鏡を外してきれいに拭いて…また、付けた。
「これで、老後も、安心だ」
「うん。そうみたいだね」
「あたし、就職するわ」
「俺も」
学生たちは、うれしそうだった。
「…」
就職課のおじさんの目は、夜露に濡れたように見えていた。眼鏡越しに、キラキラとした残像が、漂っていた。
「俺だって、就職だ。絶対に、就職するんだ」
「就職しなくっちゃ、ならない」
「そうよ!何のために大学に入ったのか、考えなくっちゃよね?」
「就職課の人は、優秀だったんだな」
「就職課様あ!就職の面接練習、もっともっと、やってください」
「負けないわよ」
「…そうか。君たちは、はっきりと、わかってくれたんだな。ありがとう」
新卒の大学生活は、いつも、楽しかった。
皆が、友達だった。
教授も就職課も、親も親戚も、皆が、友達だった。
とはいえ、すべてが幸せで終われたわけでは、なかった。
「我々大学職員も、見習わなければ、ならんかもな?」
優秀な新卒世代は、おじさんの吐いたその言葉を、聞き逃さなかった。
「俺たち新卒の強さを、発動させるぞ!」
サムが、強がった。
「ちょっと、君たち!話が、脱線ですよ?まだ、就職講座は、終わっていません!」
そんな就職課のおじさんの啖呵など、荷物にすぎなかった。
「それなら、話を、戻そうか」
「…そ、そうですよ、君たち。学生は、我々就職課に、従うべきです」
「じゃあ、聞こう。あんたは、なぜ、大学の職員として働くことを、志望したんだ?」
「志望動機を、聞かせてください」
「ほら、答えろよ。就職課!」
「そうよ。どうぞ、おじ様?」
「く…。安定…しているから…だ…」
「安定しているから?」
「そうですよ」
「やだ。ちっとも、安定していないじゃない。学校の若い世代の先生と同じで、心が、病気。安定、していないって。心が、安定していないじゃないの」
「ぶ…侮辱だ。これは…、こ…公務執行妨害だ!」
「何、言っているんだ?お前は、大学の職員だぞ?警察官のようなことを、言うんじゃねえよ」
「…き、君たち!学生の身分で…。うるさい、うるさい」
「じゃあ、お前は、大学職員の身分」
「大学職員の身分が、そんなにも、良いのか?」
「あたしたち新卒と、どっちが、身分上?」
「黙っちゃあ、わからないじゃないか。就職さんよー」
「…」
おじさんは、くたびれ、声も出なかった。
「こんなの、学問の自由が、許さないわ。あたしたち新卒学生を愛すべき就職課への思い、そして、新卒の偉大さが、大学職員の有する学生愛と、憲法が保障する基本的人権の考え方を、どう考査できるっていうのかしら?…あたし、自分で言ってて、意味、わかんなくなってきちゃった。どうなの?ねえ、どうなのよ?就職課!教えなさいよ」
「…こいつら…」
就職課のおじさんは、汗ばんでいた。
「さとりやがって…」
絶望するしか、なかった。
「ほら。もう一度だ。あんたが、就職課で働くことになった経緯を、聞かせてくれよ」
「ほら、聞かせろよ」
「ねえ、聞かせて」
「…それは」
「何だよ、こいつ」
「何も、言えなくなったぞ」
「就職課の、くせに」
「…」
「何だ。何だ」
「こいつ、黙っちまったぜ」
「やだ。泣いているんじゃないの?」
「…」
「こいつに、罰でも与えようか」
「そんな…」
おじさんの足が、がくがくと、してきた。
「おい?このおじさん、やばいぜ?」
「くそ…」
「ほら、就職課?経緯の話は、どうした」
「また、泣いているぜ。早く、聞かせろ」
「きゃはははは。なんか言いなさいよ、就職課のおじ様!」
新卒優位の就職状況とは、こういうものだった。
「しかし、きれいなもんだな」
「ああ」
「サボテンが、花をつけているわ…」
サボテンの花の花言葉は、これだった。
「燃える心」
サボテンは、厳しい環境の中であっても、成長していくもの。そんな姿から生まれた言葉だったのだろう。
サボテンの花には、他にも、このような意味があった。
「偉大」
「あたたかい心」
「枯れない愛」
サボテンの花の登場によって、面接練習を受けていた皆が、新たな悟りを得ていた。
「就職課のおじさんは、偉大で、あたたかい心をもった人たちだったのだ」
それは、偉大な発見だった。
「君たち?今日は、面接練習にきてくれてありがとう、きっと、内定をもらえると思います。大学職員も学生も、サボテンの花のように、大いなる愛であふれていますからね。ありがとう」
「…はい…わかりました」
「今まで、すみませんでした」
「あたし…、謝ります」
「ごめんなさい」
「…良いんだよ。内定は、必ず、とれますよ!君たちは、燃える心に大いなる愛をまとった、新卒じゃあ、ないですか」
「はい!」
学生たちの声が、ハモった。
就職課の人が、サボテンの花を、愛でた。
「我々就職課は、素敵なのだ。この、サボテンの花のように。おじさんたちも、これまで以上に素敵に思われるようにしてみよう」
「勝った」
「やったな」
「あたし、うれしい…」
「ドロシー、泣くな。化粧が、落ちる」
「そうだよ」
「だって…あたし…」
「なんて、素晴らしい日だ。就職課の人たちは、最高だったんですねえ」
「その感想、いいね!さすが、ジョージ」
「…ははは。君たち、やめたまえ。おじさんも、学生時代を、思い出すよ。就職氷河期のときの学生が、かわいそうでならない」
おじさんの顔が、ほんのりと、赤くなっていた。
「僕たち…就職課が、大好きです!」
「そうかね!」
お互いに、感動の中だった。
これが、サボテンの花が伝えてくれた、この言葉の真意だったのだ!
「枯れない愛」
皆が、涙ながらに、納得していた。
「なあ、いいか?就職課のおじさん!」
「…何かね、君たち?」
「単位、出してくれる?」
「ああ。出すとも。出すとも」
「素敵!あたし、愛しているわ!サボテンの花言葉の、ように!」
新卒世代は、強すぎた。
面接練習に飽き飽きし、大学を休みたくなったら、こう伝えれば、良かったのだから。
「あのう…。会社の説明会に、出かけてきますんでえ」
すると、事務室の職員が、言った。
「では、振り替えですね?」
「うん、お願い」
こうして、講義への仮出席が、認められるようになった。
学生らが編み出した、大学の講義を休む、良い裏技となった。
「楽しかったなあ…」
トキオは、何とも言えない気分だった。い楽しい、学生生活となった。
新卒学生は、愛の花だった。
新卒なら、面接マニュアルを暗唱できれば、就社できた。
だが、少し、甘かった!
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