第11話 「サボテンが、花をつけている…」
大学、いや、就職予備校での彼らは、就職課から渡されたマニュアルを必死に覚えさせられていた。
「こう聞かれたときは、こう」
「こう聞かれてしまったら、こう返す」
「面接官を殴っては、ならない」
日々、実践を重ねていった。
面接官を務めた就職課のおじさんは、厳しかった。
「しっかり、やってください!」
新卒学生らは、震えた。
「あ…」
「怒られた…」
「お母さんみたいに、優しくないんだ」
「あたし、幻滅」
「俺、点滅」
厳しさの嵐、だった。
「君たち!就職を、したくないのか?我々就職課が、出張講座を開くき、リモートであってもおこなうこの活動に、愛を感じなさい!君たちは、何のために、大学に入ったのかね?原点を、見つめなさい!君を、見つめて!大学は、就職をするための施設では、なかったのかね!」
トキオは、何回か、就職課のおじさんに殴られそうになった。
もちろん、就職課の人は、本当には、殴ってこなかった。そんなことをしたら、警察送りになってしまいかねなかったのだから。
上手く、力の調整がおこなわれていた。
「では、よろしいですか?私が面接官となって、みましょう」
「はい!」
「もっと、学生らしく、元気良く!」
「はい!」
「それでは、F教室、第91回、面接練習をはじめたいと思います」
おじさんが、静かに、宣言をした。
「…命令すんなよな」
「ホント、そうだよな」
「あたしたち、新卒なのよ?」
「だよなあ」
「就職課の、クセに」
「き、君たち。聞こえていますよ!しっかりやらなければ、就職できなくなってしまいますよ?それでも、良いんですか?」
おじさんは、うろたえていた。
「わかった、わかった」
「しっかりやれば、良いんだろう?」
「就職課の、クセに」
そう言われてしまうと、就職課のおじさんは、発憤。小さな子に言い聞かせるようにして、吠えていた。
「いくぞ、新卒!内定、ゲット!皆、がんばって練習して、就職してくださいね!皆さん、面接マニュアルは、スマホメールで受け取っていますよね?」
「もらった」
「しつこいなあ」
「以下、同文」
「わかってるわよう」
おじさんは、声を張って、宣言していた。
「念のため、もう一度、言います。皆さん、マニュアルは、渡っていますよね?がんばって、暗唱できるようになってください。面接では、いかに面接官を言いくるめるのかが、重要なのです。よろしい、ですよね?御社に入りたいあなたの情熱、いらない。御社で何ができるか、私の可能性、御社の将来、いらない。あなたの学生時代の思い出、いらない。とにかく、面接マニュアルの通りに発言できるよう、しっかりと、暗記してください。読めない字があったら、教えてあげますからね。我々就職課は、皆さんに、心の底から就職してほしいんです」
皆がそれを聞いて、懐疑的だった。
「だってよ」
「ああ」
「俺たち新卒の前で、調子に乗りやがって…」
「あたし、懐疑的」
その、心は…?
「だってさあ…。おかしくないか?努力なんか、いらないはずだったよな?」
「それな!」
「人材不足なんだから、どうせ、入社できるんだろう?」
「だよねー」
「何で、就職課は、努力しろだなんて、いうんだよなあ?
「お前らおじさんが若いときだって、何もしなくても、就職できたわけじゃん。俺ら新卒と、同じような条件だったわけだろ?それを、忘れちゃったのかな?」
「物忘れ、やばみ」
「年とると、大変なんだな…」
就職課のおじさんは、上手く、聞かなかったふりをしていた。
「さあ、いきますよ!君たち新卒を就職させなければ、我々就職課の職員には、存在意義が出ません。大学本部から、補助金が、もらえなくなってしまいます。頼みますよ!」
「頼みますって、さ」
「頼まれたぜ」
「どうするの?」
「うーん。でもさあ…」
「何だ?」
「やっぱり、おかしくないか?」
「ちょっと、何、何?」
「俺らの先輩の中には、変わった花もいたっていう、あの伝説。新卒で、就職できなかった人たちがいたらしいよな?」
「努力して、ドボン。最悪の、花伝説」
「それならあたしも、聞いたことある!じゃあ、それになるなっていうこと、なのかしら?」
学生のこそこそ話は、変な方向に、飛んでいた。
「…」
就職課のおじさんは、心苦しかった。
「なあ、皆?そのとき、この就職課の職員たちは、その伝説の花たちを救えなかったわけだよなあ?」
「それなのに、おかしなことを、言っているぜ」
「おかしなこと?」
「うん。言ってたよな?学生課は、学生たちに心の底から就職してほしい、みたいな」
「ああ。存在意義が出ないとかってな」
「言った、言った」
「そうだよなあ」
「キャー、じゃあ、何?そのときの就職課は存在意義がなかったって、白状しちゃっているわけなの?」
「だよなあ」
「あながち、間違っていない」
「同意」
「何なのかしら?あの、おじさん」
「そのとき、学生を満足に就職させられなかった就職課って、何なんだろうな?存在意義、なし」
「何だ?何の存在意義もないその人たちが、この新卒様たちを、送り出そうとしているわけなのか?」
「あたし、信じらんない。何様だって、思っているのかな?意味、わかんない。就職課のクセに」
そのこそこそ話は、就職課のおじさんに、しっかりと、聞かれていた。
「君たち…はじまっていますよ?」
戦いは、もう、進められていたのだ。
「おい。はじまっているってよ!」
「こんな練習しなくたって、就職できるだろうに」
「人材不足、なんだから」
「それな!」
「あたしたち、新卒なのよ?このおじさん、わかっているのかな?」
「面倒だなあ。帰って、ゲームしたい」
恐怖の面接練習は、続いていった。
「何で、こんなこと、やるんだよう」
サムが、そう言ったときだった。
ドロシーが、目を、異様に輝かせた。
「やだ、知らなかったの?」
就職課のおじさんは、くたびれてきて、黙るしかなかった。
「…」
学生たちは、戦い続けた。
「それで、ドロシー?何だ?面接練習する本当の意味を、知っていたとでもいうのか?」
「何、それ?教えてくれよう」
「俺も、俺も」
「やだあ、知らなかったの?こういう練習をやらなくっちゃ、就職課が仕事をしていることに、ならないじゃないの。だから、仕事をしてますよーっていうために、就職課が出向いて練習させているわけ。アリバイ工作」
「そういうことか」
「さすがは、就職課だ」
「おじさんも、やるじゃないか」
「うん。そんな感じだね」
「でもそれなら、面接練習じゃなくても、良いじゃないか。文学をやっても、ラックス教授のように、鉄学をやってもさ」
「就職課が、何の文学を教えるんだよ」
「就職文学、だろ?」
「それな!」
「ほら、君たち!静かに、しなさい」
だが、就職課のおじさんの言葉も、瞬殺。
「うるせえなあ」
「…」
黙った、おじさん。
「俺たち、新卒だぜ?こんな苦労しなくたって、人生、楽勝じゃないか」
「そうよ。新卒手当とかも、出るかも」
「就職課のクセに」
「付き合ってあげましょうよ」
おじさんも、負けるわけにいかなかった。
「…あのですね。良いですか、君たち。練習とは言ってもですねえ。丁寧に、やってくださいね」
「…おい、聞いたか?」
「聞いた、聞いた」
「俺ら、新卒だよな?」
「このおじさん、わかっていないんじゃないの?」
「気を付けよう。新卒が、変な花になっちゃわないようにさ」
「そうよねー。あの、何とか世代の先輩たちって、変な花だったでしょ?そういう花にならないように、すべきなのよねー?何かさあ…。大学院出ても、内定1つとれなかったって」
「…君たち!いいかげんに、しなさい!」
「何だよ」
「うるせえなあ」
「就職課の、クセに」
「…君たち?そういう態度は、警察官を殴るようなものですよ?」
就職課のおじさんは、変なたとえを、もちだしていた。学生らは、興味津々だった。
「この面接官、警察官を殴っちゃいけないって、言っているのかな?」
「こいつ、気は、たしかか?」
「就職課の、クセに」
「ですから、君たち…例えですよ、例え」
「警察官を殴っちゃいけないって、少し、おかしいんじゃないの?」
「公務執行妨害だからいけないって、いうのか?」
話が、変な方向で、花を咲かせてきてしまった。
「ねえ?どうなのよ、就職課?」
「それはですね、君たち…」
「公務をしていない警察官も、いるだろ」
「俺なんか、警察官に、金を出せって、言われたぜ」
「そういうのも、公務になるのかしら?」
「…」
「おい、おい。就職課のおっさん?黙っていちゃあ、わからないだろ。なあ、どうなんだ?」
「就職課の、黙秘か?ははは」
「何か、言いなさいよ」
「…」
「おいおい、就職課。何年、この大学で働いているんだ?」
「新卒には、怖くてしゃべれないのか?」
「ははははは」
「何も言えないくせに、学生には、言え、言えって、言うのかよ。大学職員の闇だ」
「ふふふ」
「…」
就職課のおじさんは、非情な辛さだった。
「あ、思い出したぞ!こういうのを、バブル脳って、言うんだってさ」
「湯水のように他人の金を使ったっていう感じの、あの、伝説バブル様たちか?」
「あ。それ、聞いたことあるわ!金を使いまくって、借金を増やしまくって、自分たちは時効逃げとかしちゃって、次世代の人に、借金を払わせるっていう…あの…あの…」
「…」
おじさん拷問に、等しかった。
「そうそ。皆の大切な金を、最大限に無駄遣いしちゃった、バブル様。俺たち新卒のように、偉かったんだろうぜ?」
「社会的な、リバウンド」
「それな!」
「マジ、まんじゅう!」
「ドっキューン!」
「仕方がないよ。何しても、もう、時効」
「ねえ、ジョージ?それって、罪が問えなくなったって、ことだよね?」
「そうらしい。他人が必死に稼いだ金を、好きに使えて過去、隠蔽。新卒も、そうなれたら良いよね?」
「なれるんじゃないのか?」
「他人の金は、蜜の味」
「…」
就職課のおじさんは、どうやっても、何も言えそうになくなっていた。
「なあ?コイツラ就職課も、そんなことしていた分際で、新卒様を面接してるのかな?」
「…やめろ。聞こえちゃうじゃないか」
「…君たち」
就職課のおじさんには、確実に、聞かれていた。
「…よし。ボリューム、落とすぞ?」
「…で、何?」
「いや、だからあ。こいつら就職課に、模擬とはいえ、面接して人を選別する資格が、あるのかな?」
「意味、わからないよね」
「まったくよね」
「…」
「いやだねえ。そういえば、さっきの、警察官の話じゃないけれどさ」
「何?議論のすり替えかい?」
「やーだ、やだ」
「…」
「警察官にも、気を付けよう。民間人に拳銃を奪われる、痛いことをやっちゃったっていう…」
「それな!その人も、バブル様仲間?」
「…君たち!」
「お、何だよ」
「就職課が、怒ったみたいだ」
「何?私たち、新卒なのよ?」
「学生の皆さん、よろしいですか?そういうことは、この面接では、関係ないと思われますよ?マニュアルを、暗唱してください」
「おい。就職課様が、黙れだってよ」
「いやだねえ」
「就職課の、クセに」
「…」
就職課のおじさんが、天井を、仰ぎ見た。
「就職課は、悪魔だな」
「うん。拳銃を奪われちゃう警察官に、近し」
「市民の安全を守る立場が、あやふや」
「…」
「こいつ、殴っちゃいけないなんて、言っていたよなあ?俺たちは、新卒だぜ?生意気な注意は、やめてもらいたいもんだ」
「殴るのも、蹴るのも、ダメなのかな?」
「ける、なぐーる」
「殴られることを知らないって、どうなのかしらね?情けない」
「…」
「どうなんだ?」
「答えてよ、就職課!」
「ほら。答えなさいよ!」
「…」
「俺ら、最凶の新卒相手に、びびっていたんじゃないのか?」
「黙り…黙りなさい!君たち!君たちは、就職したくないのかね?」
就職課のおじさんが、吠えた。
「出た!就職課の、必殺技!業務命令っぽい、香り!」
「就職したくないのか、だってさ」
「就職課の、クセに」
「ちょっと、生意気なのよね?」
「…君たちは、就職したくはないのかね」
「きたぞ!」
「また、出た!」
「それしか言えないのの、必殺技よね!」
「良く、生えるよなあ。タケノコかよ?」
「…」
うなだれた、おじさん。
「で、どうなんだ?就職課」
「何か、言ってよ」
「就職課のクセに」
「そうだ」
「…君たち!いい加減にしないと、殴るぞ!」
怒った、おじさん。
「何だ、何だ?」
「このおじさん、怒っているのか?」
「何?殴るって、いうわけなの?」
「くる…」
ひるんだ、学生たち。
「…殴って、なぜ悪いか!」
怒鳴った、就職課。
「…殴ってなぜ悪いかと、言っている」
「え?何、言っているんだ?」
「そうよう。私たち、新卒なのよ?」
「…殴ってなぜ悪いか!学生はいい!そうしてわめいていれば、気分も晴れるんだからな!」
就職課と学生の戦いが、深まっていった。
「つか、何で、殴るの?」
「それって、疲れるだけだよな」
「それな!」
「意味、ないよなー」
「…学生たち!それが、甘ったれなんだ。殴られもせずに1人前になった奴が、どこにいるものか!」
「はあ?」
「意味、わかんないし」
「なんか、こわーい。就職の人って、お父さんやお母さんみたいに、優しく言えないの?」
「あいつら、ダメな大人だよなあ」
「…何ですか?その言い方は!君たちは、自分の両親を、人前で、お父さんやお母さんと呼ぶのかね?」
「何だ、こいつ…」
「就職課の、クセに…」
「お父さんやお母さんで、何が、おかしいの?わかんなーい」
「…君たちねえ。テレビの、見すぎです。そんなのは、子ども言葉。人前では、父や母など、言い方があるでしょうに!」
就職課のおじさんは、残念そうだった。
だが、学生たちは、無邪気だった。
「あー、…それ。たしか、教科書に書いてあったなあ。お兄ちゃんのことは、姉とかって、言うんだよな?」
「兄じゃなかったか?」
「そうよ。兄よ」
「そうだったっけ?」
「あれ、ジョージは、中学受験組じゃなかったのか?」
「そうよ」
「うん。でも、受験終われば関係ないし。普段、兄とか姉なんて言葉は、使わないし。だから、そういう言い方は、幻だって」
「たしかにな」
「マジ、マシーン」
「…」
おじさんは、どんどん辛くなっていった。
「殴ったって、疲れるだけ」
「だよな。ける、なぐーる」
「そんなことをしても、何も、変わらないのに。ホント、意味わかんない」
おじさんに反比例して、学生たちは、盛り上がり続けていった。
「あ!見ろよ」
「本当だ!後ろ、後ろ…」
「何、何?」
「…何ですか?君たち。私の後ろが、どうしたっていうんだね?」
学生たちは、教室の背後を指差してた。
「ほら」
「ドロシーも、見ろよ!」
「あら!サボテンが、花をつけている…」
「…君たち!」
おじさんが、驚がくの声をあげた。
「…おお!君たちは、この就職課のもつサボテンの花の気持ちが理解できるとでも、いうのかね?」
「ほら。サボテンの花で、間違いなかったじゃないか」
「新卒の、勝ち!」
「やっぱ、そうなのね…。サボテンの花だったのね…」
「泣いちゃ、ダメだよな?」
「そんなの、あたし的にも、常識大陸」
「僕たちが、間違っていました」
「サボテンの花、か。やられたわね…」
「あたし、あたし…。就職課様、ごめんなさい」
「以下、同文」
「…君たち?わかれば、よろしい」
おじさんの目が、さわやかになってきた。
ドロシーが、目をまっすぐに据えた。
「もう、あたし…就職課のバブル世代は金食い虫のゴミだよね、とか。そういうことは、言わないわ。学生を就職させれば良いとだけ考えている、くず。だとか、就職できずに苦しんだ先輩学生にたいして、何の手も差し延べられなかった、無能職員のたまり場。だとか、大学を就職予備校にしちゃっている、えせ学問の荷物世代。だとか、開かれた学問の場を、何だと思っているんだよ、あほ。だとか、民間人に拳銃を奪われる、危機感の薄い警察官と、同じレベルだ。ばか。だとか、警察は、そんなことされて、恥ずかしくないのか。無能公務員。事件をでっち上げて、犯人を捕まえたようにすれば、ポイント獲得。学生を就職させれば、ポイント獲得。大学本部から、補助金がもらえます。平和に生きていれば、良いや。って、そういうところが、危機感なしって、言っているんだよ。ボケ。だとか、そういうことは、言いません!あたし…、あたしは、絶対に、言わないわ!」
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