第9話 パセリの、他の花言葉は?
「ははは。それはそうと、アーサー?」
「どうしたんだよ、アーサー?」
「何だよ、アーサー。考え込んじゃって。頼むから、目を開けてくれよ!」
「ちょっと、サム。アーサーの目は、開いているじゃないの」
「ああ。そうだったな」
「ははは」
「やだあ」
「…だってよ。シーザーなんだぜ?」
サムが、念を押すように言って、締めた。
おかしなおかしな、ゼミ仲間だった。
皆が、笑っていた。
が、ドロシーだけは、真顔に戻っていた。
「そういえば、どうして、シーザーサラダって言うの?教授?シーザーサラダのシーザーは、かの有名な政治家、ユリウス・シーザーの名前からとられたんですよねえ?」
たまに、変わったことに気付く少女、だった。
「まだ、甘いな」
横で、教授が、ほくそ笑んでいた。
「カムリ君?皆に、説明してあげたまえ」
「かしこまりました、教授」
「何だ、何だ?」
「シーザーサラダの、シーザーだよな?あれなあ…。ユリウス・シーザーの名前からとられたってドヤ顔する人もいる。けれどね、あれは、俗説。ちょっと、違うんだよな」
「え、そうなんですか?カムリ先輩?」
「さすがは、ゼミ長だね」
「かもねー」
「皆、あれは、俗説に過ぎないんだよ!量産型には、気を付けろってことなのさ!」
「きたな、カムリ先輩!」
「良くわからないところが、すごいね!」
「そう思えるジョージも、すごいがな」
「良いかい、皆?ユリウス・シーザーの名前からとられたって自慢して話すおじさんを見たことがあるんだけれど、思わず、吹いた。あるレストランの、シーザーさんっていうオーナーの名前からとられて名付けられたっていう説のほうが、有力なんだよね」
「さすがは、カムリ先輩だ」
「で、先輩?続きは?」
「説明、カモーン!」
「ドロシーは、元気だなあ」
「ある、暑い夜のこと。メキシコにあったホテル、シーザーズ・プレイスが、舞台。そのホテルに、ハリウッドから、大勢の人が押し寄せてきたことがあった。ホテル側は、大勢の客に、喜びもしたことだろうな。けれども、その日は、それだけ多くの来客に応えられることは、できそうになかった。材料が、大量にはなかったからだ。冷蔵庫にもどこにも、ま余裕はなし。レストランの食材は、底を突いてしまったと、いたわけだ」
「ゴクリ…」
誰かが、つばを飲み込んだ。
「こいつは困ったな…。と、レストランのオーナーは、思った。それが、イタリア系移民のシーザーさんという人だった」
「ああ」
「ついに、登場」
「シーザーさん、素敵!」
「ドロシーは、はしゃぎすぎだろ」
「そこで、シーザーさんは、少し考えた。イタリアの郷土料理も思い出してか、レモンや卵、チーズなど、そのときに用意ができた材料を、手にとった。そして、それらを鮮やかな手つきで、組み合わせた。1つのサラダの、完成だった」
「お」
「きたな」
「ライバル!」
「そのサラダを、大勢の客に振る舞ったところ、意外にも、大盛況。シーザーさんによるその即席サラダは、開発者ともいうべきシーザーさんの名から、シーザーサラダと名付けられた、っていうわけ」
皆が、静かになった。
「いかがでしたか、教授?」
「うん。ご苦労。さすがは、我がゼミのリーダーだよ」
「いやあ」
カムリは、得意気になって、付け加えた。
「そんなシーザーさんが亡くなって、50年以上が、経つ。なあ、皆?今日は、シーザーさんを讃える意味でも、シーザーサラダを食べようか。…だってよ、シーザーなんだぜ?」
すると皆が、笑い続けた。
楽しい楽しい、ゼミだった。
そのシーザーサラダだったが、パセリが、いくつもいくつも、添えられていた。
「パセリかあ」
「これが添えられると、きれいなものね」
「そうだね」
「ああ」
「誰が、こんなにパセリを入れたんだ?」
「…私だよ」
「え?教授が?」
「いつの間に」
「さすがは、教授」
「やるう」
「…」
パセリは、料理に添えられると、より一層のお洒落を演出してくれたものだった。
パセリは、ラックスゼミ室の中で、モコモコとした緑の妖精のように生まれ変わって、穏やかに、香りを弾ませてくれていた。
パセリは、そもそも、栄養素の多い香草。
疲れた学生たちの心や体を、楽しく盛り上げてくれてもいた。ラックス教授は、ふんだんに盛られたシーザーサラダの上のパセリたちを見て、目を光らせていた。
「君たち。パセリには、お祭り気分という花言葉が、あるんだよ?」
「え?」
「そうなんですか?」
「初めて、知ったわ」
「へえ、へえ」
「ははは、知らなかったのかな?そもそもパセリは、花が咲く前に食べてしまうことが多いためか、花であるということも認識されていないことが多いようだがね。パセリは、花が、咲くんだよ?」
「そうだったとは」
「ふーん」
「君たちは、パセリに、無教養さを笑われないようにしなければいけないね」
教授は、笑い続けていたものだった。
良き、思い出だった…。
そのとき…。
その良き思い出が、破られた。
「何を、やっているんですか?」
会社で、リー社員の向かいにいた彼は、不満だった。
「パセリには、お祭り騒ぎっていう言葉があったわけで…。懐かしくて、ボーッと、していました。てへペろ」
「ぼーっとじゃなくて、ポケーっとしていたんじゃあ、ないんですか?」
「…どうだろうなあ?確信、もてるの?」
「…」
「あやとりも、できないくせに」
「はあ?何ですって?」
「あやとりもできないようじゃ、仕事なんて、できないっていうんだよ」
「だから、タメ口叩かないで、くださいよね」
「ふんだ」
「そちらは、新卒。だから、調子に、乗っているんですか?」
「…?」
おどけた格好を、見せつけていた。
「良いわねえ、新卒。私たち中途とは、身分が違うもの。新卒って、会社の人が、手取り足取り、教えてくれるんでしょう?」
「あんたも、会社の人」
「まあ…。そうですけれどね」
「勝ったね!」
「ちっとも、学習できないんですね」
いつものように、小言を言われていた。
「でも、変ねえ…」
リー社員には、不思議で、ならなかった。
「わざと、教えなかったのかしら?」
パセリのもつ花言葉には、他の意味もあったと知っていたからだ。
「大学の教授をやっているくらいだから、知っていても、おかしくなかったのに。どうして、パセリを大量に見せて、食べさせて、パセリのもつあの意味を、トキオたち新卒集団に、教えてあげなかったのかしら?新卒には理解できないし、疑問にも思うまいと、思っていたのかしら?大学教授なりの、新卒学生への嫌がらせだったのかしら?」
パセリの歴史は、古かった。
紀元前から、香料や薬草として栽培されてきたようだ。古代ギリシャ時代、全知全能の神であったゼウスや海神ポセイドンを祀る競技大会では、勝者に、パセリの冠が贈られたといわれていた。そのことで、パセリには、このような花言葉が生まれたものだった。
「祝祭、勝利」
「お祭り気分」
だが、パセリには、リー社員も疑問に思っていたように、他の意味での花言葉もあったようだ。
「教授なら、それを知っていたんじゃないのかなあ?」
リー社員は、いつまでも、不思議であり続けていた。
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